表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/33

第8話 実花、顧問にレシピ精度を褒められる

放課後の料理部部室は、珍しく静かだった。

窓の外では、桜の花びらがわずかに風に舞い、春の終わりを告げている。やわらかな光が調理台を照らし、心地よい空気が漂っていた。


実花はその光の中で、真剣な表情でノートを開いていた。

ページには「桜餅(道明寺・長命寺)」とタイトルがあり、分量はg単位、加熱時間、塩抜きの目安、注意点まできっちり書き込まれている。


「えーっと……道明寺粉は二十分浸水、長命寺の生地は弱火で薄く……」

ひとりごとをつぶやきながらペンを走らせる実花の横で、杏子はスマホを片手ににやけていた。

「うわ、このケーキめっちゃ映える! 次はこれ作ろうよ、ハート型で二段重ね!」

「そんなの、作る前から崩れる未来が見えるな……」

翔子はため息をつきつつ、調理器具を一つひとつ点検している。包丁の刃先を光にかざし、磨き残しがないかまで確認する姿はまるで職人だ。


そんなとき——

「おや、今日はずいぶん静かだね」

部室のドアが開き、家庭科の宮原先生が顔をのぞかせた。

柔らかな笑顔と、いつものエプロン姿。

「何やってるの?」

実花は顔を上げ、少し照れながら答える。

「あ、あの……前回の桜餅のレシピをまとめてて……」


宮原先生は、実花の手元からそっとノートを受け取った。

ページをめくりながら、眉をわずかに上げて感心したように目を細める。


「……分量がきちんとグラム単位で揃ってるし、加熱時間も現実的だ。工程の順番も無駄がないし、初心者でもこれなら再現できそうだね」


褒められた瞬間、実花の頬がぽっと赤くなる。

「ほ、本当ですか? まだ改良できると思うんですけど……」

「いや、これは立派な完成形だよ」

宮原先生の穏やかな声に、実花は小さくガッツポーズを作った。


そのとき、隣から杏子がにゅっとスマホを差し出す。

「え、そんなに? じゃあ先生、私の“インスタ映えノート”も見てみます?」

宮原先生はスマホ画面を一瞥し、少し間を置いてから微笑んだ。

「……うん、写真集としてはいいね」


「ぶっ……!」

耐えきれず、翔子が吹き出した。

「杏子、それ料理レシピじゃなくてスイーツ写真展だな」

「えー、味も見た目も大事でしょ!」

ぷくっと頬をふくらませる杏子に、宮原先生も思わず苦笑した。


「せっかくだから、このレシピの精度を実地で確かめてみようか」

宮原先生の提案に、部室の空気が少しだけ引き締まった。

材料棚から薄力粉やアーモンドパウダー、バターを取り出し、

実花のノートを開いたまま、3人と先生でフィナンシェ作りが始まる。


「じゃあバターは焦がしバターにしますね」

翔子が小鍋を慎重に火にかけ、香ばしい香りが立ち上る。

「卵白は泡立てすぎないでねって書いてある」

実花が指差すと、杏子が「はいはい、優しく混ぜますよー」とボウルを抱える。


計量も混ぜ方も、ノートの手順通り。

オーブンに入れて待つこと十数分——

焼き上がったフィナンシェはふっくらきつね色、ほんのり甘い香りが部室に広がった。


「……本当に、レシピ通りだと失敗しないね」

宮原先生が一口かじり、満足げにうなずく。


その瞬間、杏子が顔を輝かせた。

「じゃあ次は苺ジャム入りバージョンを——」

「またか」

翔子が即座に制止し、実花がくすっと笑った。


オーブンの余熱と甘い香りの中、部室はまたいつものあたたかい空気に包まれていった。

「……うん、決めた」

フィナンシェを口に運びながら、宮原先生がぽつりと言った。


「これからも、部の公式レシピ担当は実花に任せたいな」


「えっ……私ですか?」

思わず手が止まる。

褒められることに慣れていない実花は、耳まで赤くしながらも——

「はいっ!」と、少し大きめの声で返事をした。


「じゃあ私は、公式“盛り付け写真”担当で」

杏子が胸を張ると、翔子がすかさず苦笑する。


「私は公式“現実的判断”担当で」


「……肩書き長っ!」

実花が吹き出し、宮原先生も笑う。


春の終わりのやわらかな日差しの中、

部室には、甘い香りと小さな笑い声が溶けていった。


放課後、三人は並んで下校していた。

夕焼けが街をオレンジ色に染め、遠くからカラスの声が聞こえる。


「でもさー」杏子が前を見たまま口を開く。

「ジャム入りレシピも公式に載せようよ。ほら、彩りアップ間違いなし!」


「却下」

「却下」


実花と翔子が、息ぴったりに即答した。


杏子は一瞬むっとした顔をしたが、すぐに両手を腰に当てて空を見上げる。

「ふん、いつか認めさせてやるー!」


その声は、茜色の空に吸い込まれていき、

三人の笑い声が、ゆっくりと帰り道に広がっていった。



レシピ:基本のフィナンシェ(実花の公式レシピ)

※()内は会話パート


材料(6個分)


卵白 2個分(実花「黄身はプリンに回すと無駄なし!」)


砂糖 60g(翔子「甘さ控えめ派は50gでも」)


無塩バター 60g(杏子「有塩でやるとどうなるの?」 → 実花「塩気が強くなるから今回は却下」)


薄力粉 30g


アーモンドプードル 40g


ベーキングパウダー 小さじ1/4


下準備


オーブンを180℃に予熱する(翔子「予熱忘れると焼き色ムラになるぞ」)。


バターは鍋で溶かして焦がしバターにし、粗熱を取る(杏子「焦がしすぎると苦いから注意!」)。


型にバターを塗り、粉をはたいておく(宮原先生「この一手間で型離れが全然違うよ」)。


作り方


卵白を軽くほぐし、砂糖を加えて混ぜる(実花「泡立てないで、さっくりね」)。


薄力粉・アーモンドプードル・ベーキングパウダーをふるい入れ、ゴムベラで混ぜる(翔子「粉をふるうのはダマ防止」)。


焦がしバターを少しずつ加え、滑らかになるまで混ぜる(杏子「ここでジャム入れたら—」→翔子&実花「却下!」)。


型に流し入れ、180℃のオーブンで15分ほど焼く(宮原先生「焼き色は縁がきつね色になったらOK」)。


粗熱が取れたら型から外し、完成(実花「ほんのりバターの香りが最高!」)。


試食タイム

杏子「ふわふわ!でも外カリッ!」

翔子「これは部公式レシピに文句なし」

宮原先生「これからも精度の高いレシピ、期待してるよ」

実花「はいっ!」










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ