76. 材料大量発注で混乱
放課後の部室は、いつになく熱気に包まれていた。
長机の上にはメモ用紙と筆記具が散乱し、ホワイトボードには大きく「文化祭メニュー決定!」と書かれている。
「唐揚げ!」
「カレー!」
「和風BBQ丼!」
誰かが声を上げるたびに、部員たちの拍手と歓声がわき起こる。
まるでサッカー日本代表が勝利を収めた瞬間のような盛り上がりっぷりだ。
「これなら絶対行列できるよ!」
「食べ応えもバリエーションもばっちりだね!」
期待と自信で胸を張る後輩たちを、翔子は腕を組んで満足げに見渡した。
だが、すぐに厳しい現実を突きつける。
「……で、問題は“材料の仕入れ”。計画的にしないと、大惨事になるわよ」
部室の空気が、一瞬でピシッと張り詰める。
部員たちは顔を見合わせ、こくりと真剣にうなずいた。
「仕入れ係は後輩チームに任せるわ。責任重大よ」
「えっ、いきなり俺たちが!?」
「プレッシャーがすごいんだけど!」
驚きと戸惑いの声があがるが、翔子はにやりと笑う。
「安心しなさい。失敗したら――部員全員でフォローしてあげるわ」
その言葉に、後輩たちは安堵したような、逆に不安を煽られたような複雑な顔を浮かべた。
こうして、文化祭準備の新たな戦いが始まったのだった。
部室の机いっぱいにノートと計算機、スーパーのチラシが広げられていた。
そこに陣取るのは二つの派閥――“Aチーム=真面目組”と“Bチーム=勢い組”。
「来客数は去年の記録を参考にして……えっと、一日あたり二百五十人くらい?」
「一人前の唐揚げが五個として、二百五十人×五個=千二百五十個……」
真面目組は、ノートに几帳面な字で数字を並べていく。計算式がノートいっぱいに書き込まれ、机の上はすでに数学の補習授業みたいな雰囲気だ。
一方、勢い組は――。
「いやいや、それじゃ足りないって! 祭りだよ祭り! おかわり続出だろ!」
「唐揚げなんか、倍はいける! 二千個! カレーもご飯五十キロは必要!」
「和風BBQ丼? それはもう……“無限”って書いとけ!」
無茶な数字が次々と飛び出し、ホワイトボードの数字はどんどん膨れ上がっていく。
「……え、米百キロって書いてあるんだけど」
「鶏肉五十キロ……って業者レベルじゃない?」
蓮は冷や汗をかきながらホワイトボードを見上げた。
彼は一応ブレーキをかけようとする。
「なあ、ちょっと多すぎないか? 余ったらどうするんだよ」
しかし勢い組の熱は止まらない。
「足りないよりマシだって! 売り切れたら悔しいじゃん!」
「行列できるってことは、大量に仕込むってことだ!」
真面目組も「確かに……」と押され気味になり、最終的に蓮だけが取り残されたように弱々しくつぶやく。
「……これ、本当に注文するのか?」
彼の声は、盛り上がる部員たちの喧騒にあっさりかき消されていった。
その日、部室の前に――まるで小さな市場が出現していた。
トラックの荷台から次々と降ろされるダンボール、米袋、野菜の山。
「……つ、次はこちら、鶏もも肉二十キロ入りの箱、合計五箱でーす!」
運送業者の声に、部員たちは固まった。
ずしん、と床を揺らす音を立てて並んだ段ボール。開ければ鶏肉がぎっしり詰まっている。
「ひぃぃっ! これ、何人分!?」
杏子が青ざめて叫ぶ。
その横では、玉ねぎの袋が次々と積み上げられ、やがて部室の壁を覆うような“玉ねぎの壁”ができあがった。
「……あの、これ……体育館規模ですね」
実花が呆然とつぶやく。メガネの奥の目が完全に現実逃避モードに入っている。
さらに追い打ちをかけるように、米袋がドサリと運び込まれる。
「米、三十キロ袋を三つで合計九十キロになりまーす!」
床の耐久性を誰もが心配し始めるレベルだ。
「ちょ、ちょっと! 部室、倉庫じゃないんだから!」
翔子が頭を抱えるも、時すでに遅し。部屋の半分はすでに食材の山に占拠されていた。
そこへ顧問の先生がやって来る。
「……ふむ。これはまた……豪快にやらかしたわね」
苦笑を浮かべながらも、先生は腕を組み、きっぱり告げた。
「食材を無駄にするのは校則違反以前に、人として駄目だ。君たちで責任を持って使い切る工夫を考えなさい」
静まり返る部員たち。
やがて杏子が小声でぼそり。
「……これ、合宿どころか“耐久料理マラソン”になるんじゃ……」
誰も否定できなかった。
部室を埋め尽くす食材の山を前に、沈黙する料理研究会。
その空気を破ったのは、真琴の一言だった。
「……とりあえず、冷凍庫をフル活用するしかないんじゃ?」
「お、いいね! 仕込みを分担して下味つけとけば保存効くし!」
蓮がすぐさま乗ってきて、鶏肉の山を前にやる気を取り戻す。
すると杏子が手を挙げた。
「待って、他の部活にも分けよ! サッカー部とか運動部なら一瞬で消費してくれるって!」
「それもアリかも……」と実花もうなずきながら、電卓を片手に保存計画を立て始める。
だが次の瞬間、翔子が手をパンと叩いて提案した。
「せっかくだから“練習試合”ね! 今日の放課後は試作品を作って、みんなで食べきりましょう!」
「試食大会……!?」
部員全員の目が輝いた。
――その日の夕方。
部室の机に所狭しと並ぶ大皿料理。
黄金色に揚がった唐揚げ。
スパイスの香りが立ち込めるカレー。
そして蓮自慢の和風BBQ。
「わぁ……部室が完全に学食化してる……」
真琴がスマホで連写しながら、思わずつぶやく。
「いただきまーす!」
合図と同時に、部員たちは一斉に皿へ突撃。
「唐揚げ、カリッカリ! これ、文化祭で行列確定でしょ!」
「カレーのスパイス、前よりもまとまってるかも!」
「和風BBQは……あ、柚子胡椒効いてて大人っぽい!」
食べるたびに歓声と笑いが飛び交い、部室の空気は一気にお祭り状態に変わっていった。
「……結局、私たちが一番楽しんでるわね」
翔子が呆れ半分、微笑み半分でそう漏らすと、みんなは頷きながら箸を伸ばし続けた。
――数時間後。
部室の机には、食べきった皿の山と、ぐったりした部員たち。
誰もが満腹で動けず、床や椅子に倒れ込んでいた。
「……もう唐揚げ、しばらく見たくない……」
杏子が机に突っ伏したまま、力なくつぶやく。
「カレーも三杯目までは最高だったのに……」
実花はお腹をさすりながら、遠い目をしている。
そんな中、翔子は涼しい顔で立ち上がり、軽く手を叩いた。
「今日の結論――発注は“現実的な数字”を意識すること。文化祭はシミュレーションが大事よ」
「はーい……」
部員たちがだらけた声で答える。だが、その口元は不思議と笑っていた。
蓮は椅子に座り直し、からっぽの皿を眺めて肩をすくめる。
「でもまあ、結果オーライだな。これだけ食べて笑えたんだから」
「確かに!」
「うん、今日は練習ってことで!」
部員たちが次々と同意し、笑い声が広がる。
「よし、次はちゃんと調整して、スマートに仕入れるぞ!」
「うん、絶対失敗しない!」
満腹で動けないまま、それでも未来に向けての決意だけは固くする料理研究会。
文化祭へ向けた準備は、またひとつ前進したのだった。
その日の最後。
残った食材は仕分けされ、冷凍庫にぎっしりと詰め込まれた。
「これで文化祭までは安心だね」
真琴がホッと胸をなで下ろす。
「うん、もう食材切れの心配はゼロだ」
蓮も納得顔でうなずいた。
だが次の瞬間、杏子が冷凍庫の扉を閉めながら叫ぶ。
「……あのさ、冷凍庫パンパンで、うちの部室が完全に“食材倉庫”になってるんだけど!!」
「えっ」
「マジで!?」
慌てて覗き込んだ部員たちの目に映ったのは――鶏肉の山、玉ねぎの冷凍スライス、焼きおにぎり用の米パック……ぎっしり詰まった“業務用ストック”状態の冷凍庫。
「どこにノートや資料置けばいいんだろ……」
実花が苦笑し、翔子は額に手を当てる。
けれど次の瞬間には、誰からともなく笑いがこぼれた。
「ま、食材が多いのはいいことだよな!」
「文化祭までに、また“練習ごはん会”できるし!」
笑い声が部室に響き、空気が一気に明るくなる。
こうして“食材倉庫化事件”も、次へとつながる小さな布石になったのだった。
◆レシピ掛け合い会:材料大量発注編
(舞台:部室。机の上に鶏肉の山、玉ねぎ、米、野菜などがずらりと並ぶ)
杏子:「うわ、唐揚げ用の鶏肉、何キロあるのこれ!? 体育大会でもやる気?」
蓮:「業務用サイズだな……冷凍保存しないと傷むぞ。とりあえず今夜は試作品大会だ」
真琴:「写真映えチャンス! 山盛り唐揚げタワー、インパクトありそう」
唐揚げチーム
翔子:「唐揚げは下味を2種類に分けましょう。醤油生姜ベースと、にんにく塩ベース」
実花:「仕込みのとき、片栗粉だけより小麦粉+片栗粉半々にすると、衣がふわっとするよ」
杏子:「よし! じゃあ私が豪快に揚げる! ……あっ、油跳ねっ!」
カレーチーム
Bチーム女子:「玉ねぎが山ほどあるから、とにかく炒めまくろう!」
真琴:「“あめ色になるまで”って、目安は?」
蓮:「木べらでなぞって、跡が残るくらいだな。焦げそうなら水を少し差すといい」
杏子(味見):「あ、甘い! これならカレー粉と合わせてもコクが出るね!」
和風BBQチーム
蓮:「長ネギは炭火で焼くと甘みが増す。鶏肉の味噌漬けは焦げやすいから火加減に注意だ」
実花:「しいたけは表面に切り込みを入れて、醤油だれをしみ込ませると香りが立つね」
翔子:「焼きおにぎりは表面を一度素焼きしてからタレを塗ると、崩れにくいわよ」
試食&まとめ
(机の上に唐揚げ山盛り、カレー大鍋、焼きおにぎりと串焼きが並ぶ)
杏子:「うぅ……食べきれない……でも止まらない!」
真琴:「これ全部撮って“部室レストラン”って投稿したらバズりそう」
翔子:「仕入れすぎは反省点。でも味の確認ができたのは収穫ね」
蓮:「次からは発注量も“レシピに合わせて計算”するのを忘れるなよ」
部員たち:「はーい!!」
唐揚げ(2~3人前分×大量仕込み用)
材料(20人前想定)
鶏もも肉:4kg(一口大カット)
醤油:400ml
みりん:200ml
すりおろし生姜:50g
にんにく:40g
片栗粉:600g
小麦粉:400g
揚げ油:適量
手順
鶏肉に醤油・みりん・生姜・にんにくを揉み込み、1時間以上下味。
片栗粉+小麦粉を混ぜ、鶏肉にまぶす。
170℃に熱した油で揚げ、表面がきつね色になったら一度取り出す。
再度2~3分揚げて中まで火を通す。
ポイント
衣は片栗粉+小麦粉の割合でカリふわに調整。
大量揚げ時はバットやクーラーボックスで分けて作業。
カレー(20人分想定)
材料
玉ねぎ:2kg(薄切り)
鶏肉:3kg(カレー用一口大)
にんじん:1kg
じゃがいも:1kg
トマト缶:4缶
水:2.5L
カレールウ:400g
塩・胡椒:適量
サラダ油:大さじ6
手順
玉ねぎを中火で20分炒め、あめ色にする。
鶏肉を加えて表面を焼き、塩・胡椒で下味。
にんじん、じゃがいもを加えてさらに5分炒める。
トマト缶、水を加えて20分煮込む。
火を止め、カレールウを溶かして再度10分煮込む。
ポイント
玉ねぎは焦げやすいので木べらでこまめに混ぜる。
野菜は煮崩れを防ぐため、大きめカットでもOK。
和風BBQ(20人前想定)
材料
鶏もも肉味噌漬け:2kg
魚介(鮭切り身・ホタテ):2kg
長ネギ:1kg(4cm幅)
しいたけ:500g
ししとう:300g
焼きおにぎり(ご飯200g×20個)
醤油だれ・味噌だれ:適量
手順
炭火を起こす(中強火)。
鶏肉は焦げないように火加減を調整しつつ焼く。
魚介は柚子胡椒だれでマリネし、軽く炙る。
野菜串は切り込みを入れてタレを絡めながら焼く。
焼きおにぎりは素焼きしてからタレを塗り、再度炙る。
ポイント
焼きすぎ注意、焦げた場合は削って提供。
炭火で香ばしく焼くと和風の香りが引き立つ。




