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第7話 桜餅作りで和菓子の奥深さを知る

窓の外では、校庭の桜がほころび始めていた。淡いピンクの花びらが、春の空気に溶け込むように揺れている。


「今日は――和菓子に挑戦だ。桜餅を作るぞ」

佐伯先輩が調理室に入るなり、ホワイトボードに大きく『桜餅』と書き込む。


「やった! 春っぽい!」

実花は思わず声を上げる。和菓子作りは初めてで、未知の世界への好奇心が全開だ。


「絶対映えるやつじゃん!」

杏子はもうスマホを手に、窓辺の桜とキッチン台を一緒に撮る構図を考えている。レシピよりも写真映えの方が優先されているのは、いつものことだ。


翔子は桜の葉の入ったパックを手に取り、じっと観察する。

「これ、塩漬けなんだな…」

指先で触れながら呟くその声には、ほんのり感心の色が混じっていた。


「今日は関東風と関西風、両方作ってみる。道明寺粉のもちもちタイプと、薄皮で包むタイプだ」

佐伯先輩がそう説明すると、3人は同時に「おぉ〜!」と声をあげた。

春の午後、部室はほんのり甘い挑戦の空気に包まれ始めていた。


調理台の上には、桜の葉が重なったパックが広げられていた。

「まずは塩抜きからだな」

佐伯先輩の指示で、水を張ったボウルに葉を入れる杏子。


「桜の香り〜。あ、でも塩気ってどれくらい抜けばいいんだろ?」

杏子はひらひらと葉をめくりながら首をかしげる。


「おい、それ以上つけると風味が抜けすぎるぞ」

翔子が慌てて手を伸ばし、杏子のボウルを引き寄せた。

「え〜、しょっぱいよりいいじゃん」

「薄すぎても桜餅じゃなくなる」

二人のやり取りを横目で見ながら、実花は思わず笑ってしまう。


その横では、翔子が道明寺粉の袋を読み込み、タイマーを設定していた。

「これ、浸水時間を間違えるとベチャベチャになるぞ」

「和菓子って意外とシビアなんだね…」

実花は餡をひとつずつ丸めながら、ぽつりとつぶやく。手のひらの上で光沢を放つ餡玉は、小さいのに妙に存在感がある。


「見た目はシンプルなのに工程多いし、繊細なんだなぁ」

「それが和菓子の奥深さってやつだ」

佐伯先輩の言葉に、3人は改めて気を引き締めるのだった。

蒸し上がった道明寺粉の生地は、ほんのり桜色に染まり、もちっとした手触りだ。

「よーし、じゃあ餡を包んで……あれ?」

杏子の手の中で、餡がむにゅっと飛び出した。


「わっ、破裂した! 中身が逃げた〜!」

「それは力入れすぎだ。生地は優しく伸ばすんだ」

翔子が横から手を添えようとするが、杏子はすでに二個目も同じ運命を辿っていた。


一方、長命寺風のクレープ生地を担当する実花は、薄く焼くはずがフライパンにこんもりと流し込んでしまう。

「えっと……ちょっと厚くなっちゃったかも」

「ちょっとじゃないな。これはパンケーキだ」

翔子の淡々としたツッコミに、実花は苦笑いを返すしかない。


「ほら、こうやるんだ」

佐伯先輩が手本を見せると、生地は驚くほど均一で、餡を包む手つきも無駄がない。

桜の葉を巻きつけた瞬間、見本の桜餅はまるで和菓子屋のショーケースから出てきたような美しさだった。


「え、プロじゃん……」

杏子の呟きに、実花と翔子も無言でうなずく。

その差は歴然。3人は思わず背筋を伸ばし、再挑戦に向けて手を動かし始めた。

湯気の余韻が残る調理台に、二種類の桜餅が並ぶ。

片や淡い桜色の粒々生地に餡を包んだ道明寺。

片や透けるような薄い生地に桜葉が巻かれた長命寺。


「じゃ、関東代表からいきますか!」

杏子が道明寺をぱくりと頬張る。

もちもちとした食感に、桜葉のほのかな塩気と餡の甘みが重なり、目を細めた。


「うん、これはこれで癖になる〜」


翔子は長命寺に箸を伸ばす。

「こっちはしっとりしてるな。生地が餡に寄り添う感じ」

一口食べ、淡々と感想を述べるが、その表情は明らかに満足そうだ。


「これは関東vs関西の戦いだね」

杏子が目を輝かせて言うと、翔子は首を振る。

「どっちも悪くない」


実花は二つを交互に味わいながら、ぽつりと呟いた。

「和菓子って、見た目と味に季節が詰まってるんだね」


窓の外、花びらが一枚、ひらりと風に舞った。

その瞬間、三人とも、ほんの少しだけ春を口の中に閉じ込めたような気がした。

洗い終わったボウルを拭きながら、杏子がふと思い出したように声を上げた。

「ねえ、この桜の葉、まだ余ってるよね? 持ち帰ってさ、塩漬け風おにぎりにしてみようかな〜って」


「……それ、ただの葉っぱ入りご飯じゃないか?」

翔子が半眼で即ツッコミ。


「でもちょっと食べてみたいかも」

実花は想像して、思わず笑みをこぼす。ほんのり桜の香りがするご飯、悪くないかもしれない。


「ほら、やっぱ美味しそうじゃん!」

杏子が得意げに胸を張ると、翔子は呆れたようにため息をつきながらも口元が緩んだ。


気がつけば、調理室には皿を重ねる音と、三人の笑い声が響いていた。

窓の外では、春風が花びらを運び続けている。


桜餅 二種(道明寺粉&長命寺)〜料理部流掛け合いレシピ〜

材料(各6個分)


桜の葉(塩漬け)…12枚


こしあん…200g(12等分)


【道明寺粉生地】道明寺粉 150g、水 200ml、砂糖 40g、食紅(赤)少々


【長命寺生地】薄力粉 50g、白玉粉 10g、水 100ml、砂糖 15g、食紅(赤)少々


手順

1. 桜の葉の下処理


実花「まずは葉っぱを水に浸けて塩抜きだよ」


杏子「え、じゃあ長めに浸ければ塩気ゼロで食べやすくなる?」


翔子「それやると香りも抜ける。3分で上げろ」


2. 餡を丸める


実花「こしあんを12等分にして丸めまーす」


杏子「ちょっと味見……」


翔子「それもう“等分”じゃなくなるからやめろ」


【関東風:道明寺粉タイプ】

3. 道明寺粉を戻す


実花「粉と水と食紅を混ぜて15分置くよ」


翔子「ここ時間間違えるとベチャベチャになるぞ」


4. 蒸して甘みをつける


杏子「蒸し器から湯気〜! いい匂い!」


実花「砂糖を混ぜて、手に水をつけて包むよ」


杏子「……破裂した!」


翔子「力入りすぎ」


【関西風:長命寺タイプ】

5. 生地を作る


実花「白玉粉を水で溶いて、薄力粉・砂糖・食紅も混ぜるよ」


翔子「ダマにならないように」


6. 薄く焼く


杏子「よーし…ってあれ、分厚くなった」


翔子「これはパンケーキ」


実花「やり直そっか」


7. 包む&完成


実花「道明寺はもちもち、長命寺はしっとり。どっちも葉っぱで包んで完成!」


杏子「関東vs関西、どっちが勝つ?」


翔子「どっちも食う」







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