69. 杏子、食べ過ぎで試作品不足事件
家庭科室の空気は、ソースの香りと香ばしいトルティーヤの匂いでいっぱいだった。
フライパンからはじける音、まな板を叩くリズム、そして部員たちの声――文化祭研究班は今日も熱気に包まれている。
「これで大体の味の方向性は見えたわね」
翔子がメモを取りながら満足げにうなずく。
「おおーっ、ついに完成形が見えてきた!」
実花が声を弾ませ、周囲の新入生たちも笑顔を浮かべた。
その一方で――。
「んぐっ……ふぁー、やっぱ焼きたて最高!」
「お、このタコス、前より断然具が映える!」
杏子はというと、いつの間にか“試食係”に収まっていた。フライパンから皿に移された瞬間に、パクッ、モグモグ。次が出てきたらまたパクッ。テンポよく消えていく皿の数は、彼女の食欲を物語っている。
「杏子先輩、もう四つ目じゃ……」
新入生女子が小声で数える。
「え? 研究には“再現性”が大事だからね!」
杏子は胸を張って正当化。
その様子に、部員たちは「いやいやいや……」と笑い混じりのため息をつくのだった。
翔子は冷蔵庫の扉を開け、保存容器を一つひとつ確認していった。
キャベツの刻み、肉の下味、タコス用の具材……どれも、思ったより減りが早い。
「……おかしいわね」
翔子の眉がぴくりと動いた。
「計算上、あと二回は試作できる量が残ってるはずなのに」
部員たちがザワッと視線を交わす。
翔子が振り返ると――。
「ふ、ふぅ~……お腹いっぱい……」
杏子が湯呑みを両手で持ちながら、まるで温泉帰りのように満足げな顔でお茶をすすっていた。
その姿に、一同は一瞬硬直。
「……まさか!」
「え、いや、ちょ、ちょっと待ってよ!」
杏子は慌ててお茶を吹きそうになりながら、そっと視線を逸らす。だが、皿の山とテーブルに散らばるタコスの包み紙が、雄弁に真実を語っていた。
実花が思わず叫ぶ。
「先輩、まさか研究用の材料まで食べちゃったんですか!?」
杏子は口をへの字にして、椅子をギィと引きながら背を向けた。
「……そ、そんなわけ……あるかも……?」
部員たち:「あるんかいっ!!」
家庭科室にツッコミの嵐が響き渡った。
実花が眉を吊り上げて詰め寄る。
「杏子先輩……まさか、残りの分まで全部……?」
杏子は両手をわたわた振りながら、必死の弁解。
「ち、違っ……いや、その……! だ、だって美味しかったんだもん!」
ガーンと効果音が聞こえそうな沈黙のあと、部員たちから一斉に声が飛ぶ。
「研究っていうより、ただの食い放題じゃないですか!」
「食べ過ぎにも限度ってもんがあるでしょ!」
「ていうか胃袋どうなってるの!?」
新入生男子がテーブルの皿を指差して叫ぶ。
「これじゃ研究どころか、ただの実食会ですよ!」
その場が一瞬静まり返ったあと――。
「「「わははははっ!!」」」
家庭科室に笑いの渦が広がった。
翔子は頭を抱えながらも、肩を震わせて笑いをこらえきれない。
「ほんと、もう……あなたは文化祭の最大の敵だわ……胃袋的な意味で」
杏子は照れ笑いしつつ、ぽんと自分のお腹を叩いた。
「……研究の成果は、ちゃんと私の中に残ってるから!」
「残ってても意味ないわーっ!」
部員たちの総ツッコミが再び飛んだ。
冷蔵庫と保存容器を前に、翔子が渋い顔をする。
「……思った以上に残ってないわ。これじゃ予定していた検証は無理ね」
部員たちの間に、しゅるりと気まずい空気が流れる。
――原因は言うまでもなく、満腹で椅子にもたれている杏子である。
翔子はため息をひとつつき、黒板をトントンと指で叩いた。
「仕方ない……限られた材料で、別の試作方法を考えるしかないわ」
一瞬の沈黙ののち、実花がぱっと顔を上げる。
「……逆にチャンスかも! 本番の文化祭だって、材料切れはありえるでしょ? その時に慌てないための練習になる!」
その言葉に、部員たちの目が次第に輝きを取り戻す。
「確かに!応用力、大事だよね!」
「なんかサバイバルっぽい!」
「文化祭の現場訓練だ!」
翔子はわずかに笑みを浮かべて頷く。
「即興で新しいメニューを考える……悪くないわね。じゃあ残った材料を全部テーブルに並べてみて」
テーブルに並べられたのは、少量の肉、野菜の切れ端、タコスの皮の半端。
杏子が小さく手を挙げ、申し訳なさそうに言う。
「……あの、せめて私も考えるの手伝うから」
「当たり前でしょ!」
「責任取っていいアイデア出してくださいね!」
部員たちの明るいツッコミに、家庭科室は再び笑いに包まれた。
こうして――“材料不足”のピンチは、思わぬ「即興メニュー開発」へと変わっていく。
家庭科室に漂うソースの香り。
残り物の肉と野菜の切れ端、そして余ったタコスの皮を細切りに――。
工夫を重ねた結果、完成したのは「即席アレンジ焼きそば」だった。
「……おおっ、普通に美味しい!」
「むしろ新しいメニューっぽい!」
部員たちが一口ずつ味見しては歓声をあげる。
杏子は胸を張り、どや顔で言った。
「ほらね、私がいっぱい食べたおかげで、この即席アレンジが生まれたんだよ!」
実花が呆れ顔で返す。
「言い訳にしか聞こえないんですけど!」
すると翔子が腕を組み、黒板にチョークを走らせる。
『次回より――試作品監視係を設置』
「……次は、試作品を“監視”する係を置くわね」
その真顔に、部員たちは堪えきれず大爆笑。
「文化祭研究部、監視係って!」
「杏子先輩、専属マークされますね!」
青春のドタバタは、こうしてまたひとつ新しい伝説を刻んだ。
そして次なる挑戦へ――研究の熱はさらに高まっていく。
レシピ掛け合い:即席アレンジ焼きそば
材料(杏子が食べ残した“端材”)
焼きそば麺 … 1玉
野菜の切れ端 … 適量
肉のはじっこ … 適量
余ったタコスの皮(細切り) … 1枚分
ソース … 適量
翔子「……材料が足りない? おかしいわね、計算では残ってるはず」
実花「ほら、冷蔵庫ほとんど空っぽだよ!」
杏子「えっ、えっと……お、お腹いっぱい……」
一同「お前かーー!!」
作り方
野菜と肉を炒める
実花「とりあえず残った材料を全部ぶち込もう!」
翔子「雑だけど、緊急時はこれが一番よ」
麺投入!
新入生男子「麺もギリギリ1玉残ってます!」
杏子「ほら、私が全部食べたわけじゃないでしょ?」
一同「言い訳すな!」
タコス皮を細切りにして加える
翔子「炭水化物に炭水化物……暴挙に見えるけど」
実花「食感アップだよ!」
杏子「ナイスアイデア!罪悪感もアップ!」
ソースで仕上げる
ジュワ~ッと香ばしい匂い。
部員たち「おお、屋台っぽい匂いがする!」
完成! 即席アレンジ焼きそば
実花「……意外とイケる!」
新入生女子「タコスの皮がモチモチでアクセントになってます!」
杏子「でしょ? 私のおかげで生まれた新メニュー!」
翔子「……次からは“試作品監視係”を置くわ」
一同「爆笑」
即席アレンジ焼きそば(文化祭研究部・非常用レシピ)
材料(1~2人分)
焼きそば麺 … 1玉
野菜の切れ端(キャベツ・玉ねぎ・ピーマンなど) … 適量
肉のはじっこ(豚こま・ソーセージでもOK) … 適量
タコス用トルティーヤ … 1枚(細切りにする)
サラダ油 … 大さじ1
焼きそばソース … 大さじ2~3
塩こしょう … 少々
紅ショウガ … お好みで
作り方
フライパンに油を熱し、肉を炒める。
野菜を加えてしんなりするまで炒める。
焼きそば麺をほぐしながら投入し、全体を混ぜ合わせる。
細切りにしたトルティーヤを加えて軽く炒める。
焼きそばソースで味付けし、塩こしょうで調整。
皿に盛り、紅ショウガを添えれば完成!
ワンポイント
トルティーヤは細く切ると「もっちり感」がアクセントに。
残り物野菜は何でもOK!冷蔵庫の整理にもぴったり。
タコスソースやチーズをトッピングするとメキシカン風にも。




