第6話「新入生歓迎会メニュー決定」
放課後の調理室は、ゆるく沈む夕日の光と、ステンレス台に反射する白い蛍光灯が混ざり合っていた。
その真ん中に、佐伯先輩がドンとホワイトボードを立てる。
「――よし、新入生歓迎会の軽食とデザートを決めるぞ!」
先輩の声が反響して、まるでこれから戦略会議でも始まるかのような空気になる。
私は――
「はいっ!」
思わず手を挙げて、黒マーカーを握りしめた。こういうの、ちょっと憧れてた。
ボードの上に、これまで作ってきた試作品を書き出していく。
「プリン、フルーツタルト、ミネストローネ、クラブハウスサンド、ポタージュ…」
杏子は椅子に腰かけたまま、スマホで何やら画像検索している。画面にはやたらカラフルでキラキラしたスイーツが並んでいた。
「ねぇ実花、この“レインボーパフェ”とかめっちゃ映えじゃない?」
「映えるのはわかるけど…歓迎会だし、あまり時間かけられないでしょ?」
その隣、翔子は腕を組んで候補の文字を一つひとつ吟味する。
「まず温かいものと冷たいもののバランス。それと調理工程がかぶらないこと。それと…無駄な出費はしない」
「わ、わかってるよ~、軍隊みたいな計画性!」杏子が軽口をたたく。
「軍隊じゃない、効率だ」翔子は即答。
私は笑いをこらえながら、ホワイトボードに線を引いて「温・冷・デザート」の欄を作った。
――そうだ。杏子は見た目重視、翔子は効率重視。
そして私は…その真ん中。
みんなで楽しく作れて、しかも食べて喜んでもらえるメニューを選びたい。
ホワイトボードはすぐに文字で埋まり、部室はいつもの調理とは違う熱気で満ちていった。
「絶対プリン!」杏子が机をバンと叩いた。
その勢いに私のマーカーが一瞬止まる。
「あとね、苺ジャムのサンド! 見た目可愛いし、写真撮ったら絶対ウケる!」
「ジャムは予算と手間を考えろ」
即座に翔子が切り捨てるように言った。
声は淡々としてるけど、目は完全に「却下」の二文字。
「え~、夢がないなぁ」杏子が頬をふくらませる。
「夢より現実。調理時間は有限だ」
「だからって全部シンプルにしたら、なんか普通すぎない?」
私は二人のやり取りを見て、少しだけ間に入る。
「…あんまり時間かけすぎると、当日バタバタしちゃうよね」
自分でも中立なことを言ってるなと思うけど、これも大事な役割だ。
そこで佐伯先輩が椅子から立ち上がった。
「調理室のコンロは限られてる。火を使うメニューは同時進行できる数が決まってる。そこを踏まえて考えよう」
ホワイトボードの前、温かい料理と冷たい料理の欄がじわじわとせめぎ合っていく。
ペン先からにじみ出るのは、ただのメニュー案じゃなくて、それぞれの“譲れないポイント”だった。
試作用に作ったクラブハウスサンドと、鍋でくつくつ温まるポタージュが机に並んだ。
部室の空気が、パンの香ばしさと野菜の甘さでふわっと満たされる。
私はひと口かじって、思わず頷く。
「やっぱ安定感あるね。味も作業の流れもスムーズ」
翔子はスープを一口すすって、表情をわずかに緩めた。
「温かい一品があると、やっぱ嬉しいな」
杏子はというと、机の端でプリンに何やら赤いものをちょこんとのせている。
「ほら見て! プリンにジャムトッピング。これなら許可してくれる?」
目がキラキラしてる。完全にプレゼン顔だ。
翔子は一瞬だけ考えるそぶりを見せて、短く答えた。
「…少量ならな」
「やった!」杏子の口角が上がりっぱなしになる。
佐伯先輩がプリンを手に取り、スプーンを入れる。
ひと口食べて、満足げに頷いた。
「彩りもあって悪くない。写真映えもするしな」
その一言で、部室にゆるやかな“ほぼ決定”の空気が流れた。
ホワイトボードのメニュー案に丸がつく音が、なんだかゴールテープを切る音みたいに聞こえた。
ホワイトボードの前に立つ佐伯先輩が、マーカーで勢いよく文字を書き出す。
クラブハウスサンド
コーンポタージュ
プリン(苺ジャム少量トッピング)
「――よし、これで決定だ」
その瞬間、杏子が椅子からぴょんと立ち上がった。
「やったー! 苺ジャム、正式採用ー!」
両手を高く掲げて、まるで大会優勝の瞬間みたいなリアクションだ。
翔子は淡々と、その喜びに水を差す。
「ただし、大量発注はしないぞ。あくまで“少量”だ」
「わかってるって!」と言いながら、杏子はすでに“苺ジャム増量案”を心の中で温めていそうだ。
私は笑って、ボードを見上げる。
「これなら当日もスムーズに作れそうだね」
部室の空気が、決まったメニューみたいにすっきり整った気がした。
あとは当日、みんなでおいしく完成させるだけだ。
「よーし、練習頑張ろう!」
私、実花、杏子、そして翔子の三人の手が、部室の真ん中で軽く重なった。
小さな“円陣”みたいなその瞬間、ちょっとだけ胸が高鳴る。
夕暮れ色に染まる通学路を、買い物袋を揺らしながら歩く帰り道。
杏子が、何でもないような顔でぽつりと言った。
「もしさ……ジャムの大瓶がセールしてたら、どうする?」
反射的に、翔子と私の声が重なる。
「却下」
杏子は一拍置いて、にやっと笑った。
「そっか、じゃあ夢の中で買うことにするわ」
そのやり取りがなんだか可笑しくて、三人の笑い声がオレンジ色の街に溶けていった。
新入生歓迎会メニューレシピ
実花「じゃあ、クラブハウスサンドから始めようか。パンを軽くトーストして…」
杏子「その間に、レタスはシャキッとするように冷水に漬けとくと映えるよ!」
翔子「“映える”より先に水切りを忘れるな。べちゃっとするぞ」
実花「ベーコンはフライパンでカリッと焼いて、ハムと一緒に重ねて…」
杏子「トマトは厚めに切ると断面きれい!」
翔子「でも厚すぎると食べにくい。8mmで切れ」
実花「じゃあ、次はコーンポタージュ。玉ねぎを薄切りにしてバターで炒めます」
杏子「甘〜い香りが出てきたら、缶詰コーン投入!」
翔子「水とコンソメを加えて、柔らかくなるまで煮ろ。そのあとミキサーで滑らかにする」
実花「最後はプリン!冷やしておいたやつに…苺ジャムをトッピング」
杏子「やっと私のジャムが公式採用された〜!」
翔子「少量な。山盛りは禁止だ」
実花「これで完成!バランス良し、彩り良し!」
杏子「SNS映えもバッチリ!」
翔子「効率も悪くない。あとは練習あるのみだな」