第53話 体験入部①カップケーキ作り
放課後の家庭科室は、甘い香りに満ちる前の静けさを保っていた。
調理台ごとに新入生たちが立ち、エプロンの紐を結んだり、緊張した面持ちで手を落ち着かせたりしている。
「それじゃあ――今日の体験入部は、カップケーキ作りです!」
明るく声を張ったのは、家庭科部の副部長・実花。
ふわりと笑顔を浮かべると、新入生たちの目が少しやわらぐ。
「カップケーキ……!」と小さな歓声。
誰もが知っているお菓子だからこそ、挑戦しやすい安心感と、失敗できない緊張感が入り混じっていた。
「でね!」
横から勢いよく前に出たのは杏子。両手をぱっと広げ、宣言するように言う。
「トッピングは自由! インスタ映え勝負だよ! 推しカラーとかテーマにしてもいいし、気合い入れてデコって!」
新入生たちの表情が一気にほころぶ。「映え勝負」という言葉に男子も女子も反応して、ざわめきが広がった。
「……でも、その前に」
冷静なトーンで口を挟んだのは翔子。メモ帳を手にしながら、ピシッと指を立てる。
「安全第一。片付けまでが調理だから。熱いオーブンに近づくときは必ず声をかけて。道具は使ったらすぐ洗ってね」
「はーい!」と新入生たちの返事が揃う。
けれどその声の裏には、ワクワクと不安の入り交じった気配が確かに漂っていた。
杏子が前のめりに盛り上げ役、翔子が冷静にまとめ役、そして実花が柔らかく全体を包み込む。
新入生たちは、その三者三様の雰囲気に少しずつ安心しながら、調理台の前で心の準備を整えていくのだった。
ボウルと計量カップが並んだ調理台に、新入生たちの緊張と高揚が渦巻いていた。
実花が「じゃあ、まずは材料を計ってみよう!」と声をかけると、それぞれが動き始める。
白い計量皿の上に、そっと小麦粉をすくってのせているのは、几帳面タイプの1年女子・真帆。
数字がぴたりと指定量に収まるまで、スプーンを微調整しては首をかしげる。
「……あと、ほんの1グラム……」
真剣すぎる表情に、横から覗いた杏子が小声で「理科の実験みたいだね」と笑いをこらえる。
一方その隣では――
「おっとっと……!」
お調子者の男子・亮太が、砂糖をカップから勢いよくこぼしてしまった。
テーブルの上に広がる白い粉に、彼自身が「あはは、やっちまった!」と豪快に笑い出す。
すると周囲もつられて笑い声が広がり、張り詰めた空気が一気にやわらいだ。
そして、スイーツ好き女子・結衣が、両手にチョコチップの袋を抱えて目を輝かせる。
「先輩、これ……混ぜちゃダメですか? 絶対おいしいと思うんです!」
期待に満ちた声に、実花がにっこりとうなずく。
「いいね、応用バージョンだ! じゃあトッピングだけじゃなく、中にも少し入れてみよっか」
「やった!」と結衣が飛び跳ね、周りの一年生も「チョコいいな!」とざわつく。
真帆の几帳面さ、亮太の賑やかさ、結衣の積極さ――。
個性が自然に顔を出したその場は、単なる下準備なのにすでに「彼ららしい料理」になりつつあった。
ステンレスのボウルの中で、バターと砂糖がまざり合い、まだ重たげに塊を残している。
実花が袖を少し上げ、泡立て器をしっかり握ると――しゃっ、しゃっ、と小気味よい音を立てながら素早くかき混ぜてみせた。
「ほら、こんなふうに。白っぽく、ふわっとするまで混ぜるのがポイントだよ」
にこやかに言って、ボウルを回しながら混ぜる手元をみんなに見せる。
その横で杏子が腕を組み、満面の笑み。
「よーし、みんな! もっと腕を回して! リズムだよリズム!」
「♪まぜまぜ、まぜまぜ〜」と即興ソングまで口ずさみ、1年生たちの笑いを誘う。
一方、翔子は冷静に動きを観察し、手元を覗き込む。
「そこ、手首だけで回すと疲れるよ。ほら、泡立て器はここを支点にして――」
と、男子の亮太の手を軽く直してやる。
「……おおっ、ラクになった!」と彼が驚くと、翔子は小さく「だから言ったでしょ」と得意げにうなずいた。
「けっこう力いりますね!」
「腕がプルプルしてきた〜!」
1年生たちが楽しそうに声を上げながら、ボウルの中は少しずつクリーム色から柔らかなアイボリーへと変わっていく。
三者三様のサポート――見本を見せる実花、テンションを上げる杏子、効率を教える翔子。
そのおかげで、調理台のあちこちから笑い声と真剣な表情が交互に生まれていた。
金色のカップに流し込まれた生地が、オーブンの奥で静かに並んでいる。
扉を閉めた瞬間、1年生たちの表情が一斉に引き締まった。
「……ちゃんと膨らむかな」
不安そうに呟いたのは、几帳面な千夏。
「中でしぼんだらどうしよう」
「大丈夫だって。オレのケーキが一番高くなるから!」と亮太が胸を張り、思わず周囲から笑いがこぼれる。
焼き上がりまでの時間――ここからはおしゃべりタイム。
実花が調理台に寄りかかりながら、にこっと笑った。
「そういえば、去年の文化祭ではカレーを出したんだよ」
「えっ、カレー部ですか?」と新入生たちが驚くと、杏子が勢いよく両手を広げる。
「ちがーう! 家庭科部! でもね、あの時のお客さんの列、ヤバかったよね〜!」
思い出しただけで誇らしそうに声を弾ませる。
翔子は腕を組み、真面目な調子でうなずいた。
「確かに。あれはチームワークが試されたイベントだったわ。調理、接客、仕込み……全部が連携して、ようやく成功した」
「へえ〜、楽しそう!」
「文化祭でそんな本格的にやるんだ!」
新入生たちの瞳が、オーブンの中の生地みたいに期待で膨らんでいく。
ガラス越しに見えるカップケーキの表面が、じわりと盛り上がり始めた。
甘い香りが室内に漂いはじめ、新入生たちの表情もますます前のめりになっていく。
「ピピピッ!」
オーブンのアラームが鳴り、ふわりと立ち上る甘い香りに、新入生たちの目が輝いた。
焼き色のついたカップケーキが次々と並べられ、教室中が歓声で満ちる。
「さあ、ここからが本番!」
杏子がホイップクリームを手に取り、にやりと笑った。
「生クリームは高さ勝負! 映えるケーキを作るぞ!」
「……その前に冷ますのが先決よ。熱いまま乗せたら崩れるでしょ」
翔子が冷静に釘を刺し、扇子のように手をパタパタと動かす。
「自由に作って大丈夫。きっと個性が出るから」
実花は穏やかに笑って声をかけ、1年生たちを促した。
――そして、始まったデコレーションタイム。
几帳面な千夏は、絞り袋を真っ直ぐに持ち、一定のリズムでクリームを乗せていく。
「……左右対称、うん、これで完璧」
仕上がったのは、シンプルだけど整然とした美しいカップケーキ。
お調子者の亮太はというと――
「よっしゃ、俺のケーキはスマイル仕様だ!」
チョコペンで目と口を描き、カラースプレーで髪の毛のようにデコレーション。
「どう? イケてるだろ?」と胸を張り、先輩たちを笑わせる。
スイーツ大好きの美羽は、両手いっぱいにトッピングを抱えていた。
「チョコチップ、いちご、マシュマロも……あ、あとクッキーも!」
次々と乗せていくうちに、塔のように盛り上がったケーキが完成。
「すご……重そう……」と千夏が呆れる横で、美羽は得意げに微笑む。
三人三様のカップケーキが並び、その場にいる誰もが自然と笑顔になった。
「やっぱり性格って出るよね」
実花が感心すると、杏子は「いいじゃん、どれも映える!」と大はしゃぎ。
翔子は「……食べやすさも大事なんだけど」と呟きつつも、どこか楽しそうに目を細めていた。
「いただきまーす!」
合図とともに、新入生たちが一斉にフォークを手に取った。
ふわりと弾むスポンジに、頬張る瞬間――
「わっ、ふわふわ!」
「甘さちょうどいいですね!」
「あ、これ自分が作ったやつだ!うまっ!」
あちこちから弾けるような感想が飛び交い、家庭科室は一気に笑い声で満ちた。
亮太が顔ケーキを食べながら「自分の顔食べるの複雑だな……」と笑うと、美羽が「じゃあ私が食べてあげる!」とフォークを伸ばし、また一つ小さな笑いが広がる。
そのタイミングで、扉がガラリと開いた。
「――ほう、いい匂いだな」
顧問の先生が姿を見せ、並んだカップケーキをじっと見つめる。
「初めてにしては……上出来だ」
短くも重みのある一言に、新入生たちの顔がパッと輝いた。
実花はその空気を逃さず、柔らかく微笑んで声をかける。
「これから、一緒にこういう料理ができたら嬉しいな」
千夏も、美羽も、亮太も――自然と頷き合い、視線を交わす。
まだ正式な入部ではない。けれど、今日の楽しさと達成感が、彼らの心を確かに掴んでいた。
「じゃあ、次も期待してるからね!」
杏子の明るい声に、
「効率はもっと考えないとね」と翔子の冷静な一言が重なり、家庭科部の新しい物語の幕が開きつつあるのを誰もが感じていた。
レシピ掛け合い会:基本のカップケーキ編
実花(司会)
「今日はみんなで作った“基本のカップケーキ”のレシピをおさらいしてみましょう!」
【材料(6個分)】
バター …… 60g
砂糖 …… 60g
卵 …… 1個
薄力粉 …… 80g
ベーキングパウダー …… 小さじ1/2
牛乳 …… 大さじ2
【作り方】
① バターと砂糖をすり混ぜる
実花:「白っぽくふんわりするまで混ぜるのがポイントだよ」
亮太(お調子者1年):「え、そんなに混ぜるの? 腕が筋肉痛になるって!」
翔子:「効率を考えるなら電動ミキサーを使えばいい。省エネ省エネ」
② 卵を加えてさらに混ぜる
美羽(スイーツ好き1年):「卵入れるとき、ちょっとずつ加えると分離しにくいんですよね!」
杏子:「おお、もうスイーツオタクっぷりが出てるね!」
千夏(几帳面1年):「レシピ本にも“少しずつ”って書いてありました。基本は大事です」
③ 粉類をふるって加える
翔子:「ダマをなくすのが目的。力を入れすぎないで、切るように混ぜる」
杏子:「“切るように”って言っても包丁でやるんじゃないからね!」
亮太:「いや、ちょっとやってみたらウケるかなって……」
実花:「やめて! 粉が舞うから!」
④ 牛乳で調整し、生地をカップに入れる
美羽:「ここでチョコチップとか混ぜてもいいんですよね?」
杏子:「いいね! カラースプレーも映える!」
千夏:「入れすぎると膨らみにくくなるので注意です」
⑤ 170℃に予熱したオーブンで20分焼く
実花:「焼き色がついて、竹串をさして生地がつかなければOK!」
亮太:「俺の顔ケーキ、ちょっと焦げてホラーだったんだけど」
杏子:「それも“味”だよ、映えはしないけど!」
【完成・トッピング】
美羽:「クリームもりもり、フルーツどっさりが正義です!」
千夏:「私はシンプルに粉砂糖で。上品さが大事です」
亮太:「顔を描けば一発でインパクト!」
杏子:「個性爆発でいいね!文化祭で並べたら絶対ウケるよ!」
翔子:「ただし冷ます時間を省略すると、クリームが全部崩壊するから要注意」
実花:「みんな違って、全部おいしい!これが部活のいいところだね」
基本のカップケーキ(6個分)
材料
バター …… 60g(室温に戻す)
砂糖 …… 60g
卵 …… 1個(室温に戻す)
薄力粉 …… 80g
ベーキングパウダー …… 小さじ1/2
牛乳 …… 大さじ2
(お好みで:チョコチップ、カラースプレー、ドライフルーツなど)
作り方
下準備
オーブンを170℃に予熱する。
バターと卵は室温に戻しておく。
薄力粉とベーキングパウダーは合わせてふるう。
バターと砂糖を混ぜる
ボウルにバターを入れ、泡立て器でクリーム状にする。
砂糖を加え、白っぽくふんわりするまでよくすり混ぜる。
卵を加える
溶き卵を少しずつ加えながら、その都度よく混ぜる。
粉類を加える
ふるった粉類を加え、ゴムベラで切るように混ぜる。
途中で牛乳を加え、なめらかな生地に整える。
型に流し入れる
カップに生地を均等に分け入れる(7〜8分目まで)。
トッピングを加える場合はここでのせる。
焼く
170℃のオーブンで約20分。
竹串をさして生地がついてこなければ焼き上がり。
仕上げ
粗熱を取り、好みでホイップクリームやフルーツを飾って完成!
アレンジ例
几帳面タイプ → シンプルに粉砂糖を振りかける
お調子者タイプ → チョコペンで顔を描いて遊ぶ
スイーツ好きタイプ → 生クリーム+フルーツ盛り盛り
ポイント
バターと砂糖をしっかりすり混ぜると、ふんわりした生地に仕上がる。
卵は必ず少しずつ。分離を防げる。
トッピングは焼く前でも後でもOK!




