第5話 初めての買い出し遠征
「じゃあ、この買い出しリスト、よろしくね」
佐伯先輩が差し出した紙には、整った字で材料がずらりと並んでいた。
サンドイッチ用パン、卵、ハム、レタス、トマト、バター、マヨネーズ……。
「うわ、なんかピクニックみたいだね!」
杏子がリストを覗き込んで、目を輝かせる。
「ピクニックじゃなくて新歓の試作用だから」
翔子があっさり突っ込みながら、髪をひとつに束ねた。
「でも初めての部活外活動だし、ちょっとワクワクしない?」
実花はカバンを肩にかけながら、紙を受け取る。
「ワクワクはするけど、財布係は翔子だからな」
杏子が笑いながら背中を押すと、翔子は眉をひとつ上げた。
「予算オーバーしたら、杏子の昼ご飯削る」
「ひっど! 私の命のスープストックが!」
「スープじゃなくてお菓子だろ」
わいわいと軽口を交わしながら、3人は調理室を後にした。
夕方の光が差し込む廊下は、部活帰りの生徒でにぎやかだ。
どこか遠足の始まりのような高揚感が胸の奥でふくらんで、実花は思わず足取りを速めた。
「じゃ、まずはパンから」
実花はリストを片手に、売り場の案内板をきょろきょろ見回す。
「お、あっちの方に菓子パンコーナーもあるぞ」
杏子が妙に楽しそうに指差す。
「今日は食パンだけでいいの」
実花が笑いながら制しつつ、棚から耳の柔らかそうな食パンをカゴに入れる。
その間にも杏子は、珍しい外国産チョコや色鮮やかなパスタに目を奪われていた。
「ねぇ、この苺ジャム、美味しそうじゃない? サンドイッチに塗ったら絶対うまいって!」
「リストにない。却下」
即答したのは翔子だった。値札を冷静に見つめ、似た商品との価格差を一瞬で計算している。
「えー、たったの300円だよ?」
「たったの、じゃない。塵も積もれば予算オーバー」
「くぅ〜、翔子の家計簿魂、恐るべし…」
翔子は聞き流しながら、卵のパックを手に取り、ヒビがないかを確認。
実花はレタスとトマトを新鮮そうなものから選び、カゴの中は着実に埋まっていく。
やがて会計を無事に終え、レジ袋を3人で分担。
「よし、これで部室に帰るだけだな」
「腕力勝負だ〜!」杏子が袋を掲げ、元気よく歩き出す。
夕暮れの駅前、荷物はちょっと重いけれど、3人の足取りは軽かった。
「よし、材料そろったね!」
買ってきた袋をテーブルに広げると、色とりどりの食材がずらりと並んだ。
「今日はクラブハウスサンドと、簡単ポタージュか」翔子は手を洗いながら包丁を取り、早くも玉ねぎに狙いを定める。
「じゃあ、私は盛り付けとパンの準備するね」
実花は手順を確認しながら、食パンをまな板に並べる。
「じゃあ、私は——」杏子が手を挙げる。
「味見係」
翔子と実花が同時に突っ込み、杏子は「バレた?」と悪びれない笑顔を見せる。
「いや、せめてレタスちぎるぐらいはやってよ」
「はいはい〜、ちぎりながらちょっと味見ね」
「生のレタスに味はほぼないぞ」翔子が冷静に返す。
鍋では、翔子が刻んだ玉ねぎとじゃがいもがバターでじゅわっと炒められ、甘い香りが立ちのぼる。
「翔子ちゃん、炒め具合いい感じ!」
「色が透き通ったら水とコンソメを入れる。あとは煮るだけ」
一方、実花はパンにハムと卵、レタス、トマトをきれいに重ねていく。
「お〜、見た目も美味しそう」杏子はその横でトマトを一切れパクリ。
「ほら、やっぱり味見係だ」翔子が呆れたように笑った。
「じゃ、まずは卵サラダ作るよ」
実花がゆで卵をボウルに入れて、フォークで崩し始める。
「ほら杏子ちゃん、マヨネーズ取って」
「は〜い……って、ちょっとだけ味見していい?」
「マヨネーズを!?」翔子が即ツッコミ。
「だって、メーカーによって味違うし」
「お前、それで3種類くらい飲み比べそうだな」
そんな会話の横で、翔子はポタージュ用の野菜をミキサーに移す。
「熱いから気をつけてよ」
「分かってる」そう言いながらも、実花は鍋の端に手を添えた瞬間「わっ!」と驚き、スープを少しこぼしてしまう。
「あー、机がポタージュ色に!」杏子が笑いながら布巾を持ってくる。
「色っていうな、色って」
卵サラダが完成し、パンに塗る段階になると、杏子はそっとハムを一枚拝借。
「それ今の流れで食べる!?」実花が目を丸くする。
「いや、トマトも味見しとくわ」
しかしそのトマトが手からつるりと滑り、床へ直行。
「落ちた!」
「ほら、言わんこっちゃない」翔子は拾い上げながら溜め息をつくが、口元は笑っていた。
ポタージュの仕上げに牛乳を加えて温め、サンドイッチも三角にカット。
「はい、完成!」
笑いとちょっとのドタバタを乗せた、部室カフェが開店した瞬間だった。
「いただきまーす!」
3人が同時にサンドをかじる。カリッとしたパンの食感に続いて、シャキシャキのレタスとジューシーなトマト、まろやかな卵サラダの風味が口いっぱいに広がった。
「うまっ! この卵、ふわふわでやばい」杏子が感動したように目を輝かせる。
「トマトも甘いし、ハムの塩気がちょうどいいね」実花もにっこり。
翔子は無言で頷きながら、もう一口サンドをかじっていた。
次はポタージュ。
「……ああ、優しい味」実花が思わずため息を漏らす。
「野菜の甘み、ちゃんと出てるな」翔子が少し照れくさそうに言う。
「このスープ、永遠に飲めるわ〜」杏子はおかわりをよそいながら笑う。
そこへ佐伯先輩がひょっこり顔を出した。
「お、できたな。……おお、見た目もいいし、味もバッチリじゃないか。これなら新歓でも喜ばれそうだ」
その言葉に、3人は自然と顔を見合わせて笑顔になる。
「じゃあ、新歓本番も頑張らなきゃね」
部室には、料理と同じくらい温かい空気が満ちていた。
洗い終わった鍋を布巾で拭きながら、杏子が唐突に言い出した。
「やっぱさ、苺ジャムあればもっと映えると思うんだよね、サンド」
「それは次の予算会議でな」
翔子は淡々と答え、濡れた手をタオルで拭く。
「えー、渋いなぁ〜」と杏子が唇を尖らせる横で、実花はふと目に入った。
杏子が買い物リストの端っこに、ちょこんと書き込んでいる文字――
『苺ジャム(また買う)』
思わず笑いを堪えきれず、実花は小さく吹き出す。
「あ、バレた?」杏子がニヤリ。
「……もう、ほんと懲りないんだから」
そのやり取りを聞いていた翔子も、ほんの少し口元を緩めた。
部室には、食器が触れ合う音と、和やかな笑い声がゆっくりと響いていた。
今回のレシピ:クラブハウスサンド&簡単ポタージュ(掛け合いバージョン)
材料(3人分)
サンドイッチ用食パン:6枚
ハム:6枚
レタス:3枚
トマト:1個
卵:2個
バター:適量
マヨネーズ:適量
コーン缶:1/2缶
牛乳:200ml
コンソメ:小さじ1
塩・こしょう:少々
クラブハウスサンドの作り方
卵サラダを作る
実花:「卵、茹であがったよ!」
翔子:「殻むいてマヨネーズと混ぜるぞ」
杏子:「あ、味見……」
翔子:「まだ混ざってすらないだろ」
具材を切る
翔子:「レタスは洗って水気を切る」
実花:「トマトは薄くスライス…って、あっ!」
杏子:「わー、床にトマト落ちた!」
翔子:「それ予備用だったよな?」(ため息)
パンを焼く
実花:「表面がこんがり〜♪」
杏子:「いい匂い!ひとくち…」
翔子:「まだ何も挟んでないだろ」
盛り付け
実花:「下からレタス、ハム、卵サラダ、トマト…」
杏子:「最後に私の愛情をのせて」
翔子:「いらん。蓋のパンにしてくれ」
簡単ポタージュの作り方
材料を鍋へ
翔子:「コーン缶と牛乳を入れて温める」
杏子:「コーン1粒食べていい?」
翔子:「お前、今日何粒食べるつもりだ」
味付け
実花:「コンソメと塩こしょう少々…」
杏子:「塩多めが好き〜」
翔子:「新歓でしょ、無難にしとけ」
仕上げ
実花:「全体がなめらかになったら完成!」
杏子:「あー早くパンと一緒に食べたい」
翔子:「じゃあテーブル運んでくれ」
完成したサンドとポタージュを並べると、思わず写真を撮りたくなる美しさ。
そして杏子は小声で、「……やっぱ苺ジャム、次は絶対入れよう」と呟いた。