38. 後夜祭の余韻と反省会
部室のドアを開けると、まだ文化祭モードの空気が残っていた。
壁には色あせたポスター、隅の机には使いかけの小道具。甘い匂いがほんのり漂っていて、昨日までの賑わいの残像がそこかしこにある。
机に腰を下ろした顧問が、湯気の立つマグカップを手に口を開く。
「さて。今日は後夜祭の余韻と、今後に向けた反省会をするぞ」
「余韻って……」
杏子が椅子に深く沈み、両手をぶらんと垂らす。
「昨日の打ち上げで全部使い切ったんだけど」
すかさず翔子が横目でにらむ。
「いや、お前は最後までテンションMAXだったろ。あれで使い切ったはずない」
杏子は「えへへ」と笑い、机の下で足をぶらぶらさせた。
疲れが残っているはずなのに、目だけはまだ祭りの光を宿していた。
実花が、両手を膝の上でそろえながら口を開いた。
「やっぱり…接客って楽しいなって思いました。お客さんが笑顔になってくれると、こっちまで元気になれるというか」
「私はさ!」
杏子が勢いよく手を挙げ、まるで小学生の発表会のように前のめりになる。
「呼び込みの声量、自己ベスト更新したと思う! のどがまだ少しヒリヒリするもん」
「そりゃ叫びすぎだろ」
翔子が肩をすくめ、少しだけ笑う。
「私は…調理場が想像以上に忙しくて、正直ちょっとバタついた。もっと効率化できたはず」
「全員が動ける時間帯の調整は、次の課題だな」
佐伯先輩が腕を組み、穏やかにまとめるように言った。
顧問はそんなやり取りを一通り聞いて、マグカップを置く。
「まぁ何にせよ、全員にとっていい経験にはなっただろ」
その言葉に、部室の空気がほんのりと温かくなった。
疲労と満足感が入り混じる空気の中、全員の表情に自然と笑みが浮かんでいた。
翔子が腕を組み、真剣な声で切り出した。
「まず……仕込み量の見積もりが甘かったな。あれじゃピーク時に追いつかない」
「うん、それは私も反省」
実花がうなずきながら視線を落とす。
「甘味料のストックが切れたとき、本当に焦ったもん。あんなに探し回るとは思わなかった」
「私はさー……」
杏子が手をひらひらさせながら、苦笑まじりに言った。
「呼び込み中に喉飴持ってこなかったの、完全に失敗だった。後半、声がカッスカスだったし」
「当日の段取り表も、もう少しシンプルにしてよかったかもな」
佐伯先輩が、淡々とした口調で加えた。
「細かすぎて逆に迷う人もいたし」
顧問はホワイトボードの前で、次々に出る意見を黒いマーカーで書き込んでいく。
「仕込み量の精査……ストック管理……休憩用のケアアイテム……段取り簡略化……よし、全部次回に生かそう」
文字が並んでいくたび、部室には「次はもっと良くできる」という手応えが少しずつ広がっていった。
杏子がにやりと口角を上げ、椅子に背を預けながら言った。
「そういえばさー、後夜祭の最後のダンスで……佐伯先輩、女子に囲まれてたよね?」
「囲まれてたっていうか……ただ、写真撮られただけだ」
佐伯先輩は淡々と答えるが、耳の先がほんのり赤い。
「いやいや、あれは完全に囲まれてただろ」
翔子が肘をつきながら冷静にツッコミを入れる。
「後ろから見ても逃げ道なかったし」
実花がスマホを取り出し、画面を見せながらクスクス笑う。
「SNSにあがってた写真、見ましたよ。“王子様”ってコメントめっちゃついてました」
「……次行こう」
佐伯先輩は視線を逸らし、机上のホワイトボードマーカーを弄びながら、話題を強制終了させた。
その仕草がまた、何となく図星を突かれた人のそれだった。
顧問が手元の資料をまとめながら口を開く。
「じゃあ、今日はこれで解散——って、杏子。それ、何食べてるんだ?」
スプーンをくわえたまま、杏子が無邪気に答える。
「昨日の残りのかぼちゃプリン!」
実花が目を見開く。
「えっ、それ……もう賞味期限やばくない?」
「後夜祭の余韻じゃなくて、腹痛の余韻になるぞ」
翔子が呆れた声でぼそっと言う。
杏子は「だいじょーぶだって!」と笑ってもう一口。
その横で顧問が深いため息をつき、肩をすくめた。
「……やっぱり最後は騒がしいな」
【38話:後夜祭翌日の反省会・レシピ掛け合い】
杏子「後夜祭明けってことで、今日は“余韻プリン”作ろうぜ!」
翔子「名前からして危なそうなんだけど」
実花「プリンにするなら、まずかぼちゃ裏ごしからですね」
佐伯先輩「余韻って言うけど、昨日の残りじゃないよな?」
杏子「……新しく作るよ、たぶん」
顧問「“たぶん”って言うな。新鮮な食材使え」
杏子「まずは蒸したかぼちゃをミキサーでなめらかに〜」
翔子「昨日のやつより甘さ控えめにしよう」
実花「砂糖を5g減らす感じで調整します」
佐伯先輩「昨日はちょっと甘かったから、そのほうがいいな」
顧問「後夜祭のテンションで作ると、甘さも倍になるからな」
杏子「プリン液できた! カップに注ぐ〜!」
翔子「オーブンの蒸し焼き、160度で30分な」
実花「粗熱を取ってから冷やすのがポイントです」
佐伯先輩「この香り、昨日の屋台を思い出すな」
顧問「余韻は香りだけで十分だ」
杏子「できたー! 味見しよ!」
翔子「……ちゃんと昨日より美味しいな」
実花「やっぱり砂糖控えめが正解でしたね」
佐伯先輩「これなら本番用にもできる」
顧問「よし、後夜祭の余韻は安全に味わえたな」




