第3話「杏子の味見しすぎ事件」
放課後の調理室は、ほんのり甘い香りと金属の匂いが混じっていた。
壁際には整然と並ぶスパイス瓶やボウル、中央には磨き上げられた調理台が三つ。
その真ん中で、佐伯先輩が手を叩く。
「今日は――新歓用お菓子の試作会だ!」
宣言と同時に、部室の空気がふわっと明るくなる。
今日のメニューは、プリンとフルーツタルト。
卵や砂糖、牛乳、色とりどりのフルーツがテーブルに所狭しと並んでいた。
(プリンにタルト…夢みたい)
実花はワクワクしながらレシピを開き、ページの写真を目で追う。
隣では翔子が、真剣な表情で粉砂糖を計量していた。きびきびした手つきが妙にかっこいい。
そんな中――開始からわずか五分。
「ねぇ、材料の生クリーム、ちょっと味見していい?」
杏子が無邪気な笑顔でスプーンを手にしていた。
その表情は、完全に“もう口に入れる気満々”の顔だ。
「……まだ何も混ぜてないだろ」
翔子が眉をひそめる。
「確認だから!ほら、新鮮かどうかを――」
言い訳をしつつ、杏子はスプーンを構える。
――放課後のお菓子作りは、どうやら波乱の予感だ。
プリンのカラメルがぐつぐつと煮立つ鍋から、ほろ苦い甘い香りが広がる。
杏子はその前で、まるで猫が魚を狙うような目をしていた。
「……ちょっと香りだけ……」
そうつぶやいた瞬間、彼女の手にはスプーンが。
そして鍋へ――。
「杏子ちゃん、熱いから気をつけて!」
実花が慌てて声を上げる。
「お前、試食ってレベル超えてるぞ」
翔子はカラメルの色よりも杏子の行動に眉をひそめた。
しかし、杏子の勢いは止まらない。
フルーツを切る作業に移れば――。
「このイチゴ、甘いかな〜」と、ひょいと1個。
「このキウイ、酸っぱいか確認するね」と、今度は1切れ。
さらには、生地用のカスタードを混ぜている最中――。
「ちゃんと甘いか心配で……」と、堂々とスプーンを差し入れ、一口。
「……あのな、心配って言いながら自分の口が一番幸せそうだぞ」
翔子の突っ込みに、杏子は悪びれもせずニッコリ笑った。
まるで今日の試作会は“杏子の味見ツアー”のようになっていた。
「やばい、このままじゃ新歓のお菓子足りなくなる!」
翔子が鋭く状況を見極めると、杏子はピッと背筋を伸ばした。
「……よし、やる! もう味見禁止!」
宣言すると、彼女はまるで別人のような動きで包丁を握る。
イチゴを均一にスライスし、キウイを扇形に並べ、オレンジを小さくカット。
翔子と実花も手を止めず、次々と材料が仕上がっていく。
「プリンはさ、高さを出すと豪華に見えるんだよ!」
杏子は盛り付け中のプリンにホイップを高く絞り、ミントをちょこんと添える。
「じゃあ、タルトは断面勝負だな」
翔子がスポンジの切り口をきれいに見せ、その上に杏子がフルーツを色のグラデーションで並べた。
――完成。
テーブルの上には、宝石のようなフルーツタルトと、堂々とそびえるプリンの塔。
見栄えも香りも完璧。
「おお、これは……!」
佐伯先輩が目を丸くし、ひと口食べて頷く。
「……味見しすぎても、最後に形にできればOKか」
杏子は得意げにVサインを送る。
その口元には……ほんのりカスタードの香りが残っていた。
後片付けもほぼ終わり、調理台の上はすっきり。
……と思ったそのとき、杏子の目がキラリと光った。
「おやおや〜? ここにまだ生クリーム様が残ってるじゃないか」
ステンレスのボウルの片隅に、ふわふわの白い山。
実花と翔子が同時に反応する。
「あっ!」
「触るな!」
しかし、杏子はもうスプーンを手にしていた。
にやりと笑い、ひとすくい――ぱくり。
「……確認だから!」
翔子は額に手を当て、深いため息。
「お前は一生確認してるな」
実花はくすっと笑いながら、
「でも……なんか杏子ちゃんらしいね」
気がつけば、3人の笑い声が部室いっぱいに響いていた。
甘い香りと、にぎやかな声――春の放課後は、まだまだ続く。
第3話レシピ
A:とろけるプリン(4個分)
材料
卵 2個
卵黄 1個
砂糖 60g
牛乳 300ml
バニラエッセンス 数滴
カラメル
砂糖 50g
水 大さじ1
熱湯 大さじ1
作り方
カラメル作り
鍋に砂糖と水を入れ、中火で加熱。茶色く色づいたら火を止め、熱湯を加えて混ぜる。
杏子:「この香り、もう味見したい〜」
実花:「飲めるもんじゃないから!」
プリン液
ボウルに卵・卵黄・砂糖を入れ、泡立てないように混ぜる。
牛乳を人肌に温め、少しずつ加えて混ぜ、バニラエッセンスを入れる。
焼く
カラメルを流した型にプリン液を注ぎ、アルミホイルでふた。
160℃のオーブンで30〜35分、湯せん焼き。
冷やして完成。
B:フルーツタルト(18cm型1台)
材料
タルト台(市販でもOK)1台
カスタードクリーム
卵黄 3個
砂糖 60g
薄力粉 20g
牛乳 300ml
バニラエッセンス 少々
フルーツ(いちご・キウイ・バナナなど) 適量
作り方
カスタード作り
鍋に卵黄・砂糖を入れて混ぜ、薄力粉をふるい入れる。
牛乳を少しずつ加え、中火でとろみがつくまで混ぜる。
バニラエッセンスを加えて冷ます。
杏子:「ちょっと味見〜…うん、ちゃんと甘い」
翔子:「だから減らすな」
組み立て
タルト台にカスタードを流し、薄くスプーンで平らにする。
切ったフルーツを彩りよく並べる。
実花:「キウイは外側に置くと映えるよ」
杏子:「じゃあいちごは真ん中にドーン!」




