29. 翔子、鉄板の前で汗だく奮闘
――文化祭二日目、午前九時半。
校庭の一角、昨日の喧騒が嘘みたいに静かな模擬店前。……とはいえ、それもあと三十分の命だ。
「じゃ、昨日の反省を踏まえて配置変えね」
実花がチェックリストを片手に宣言する。
「翔子は鉄板前、杏子は呼び込み、私は会計と材料補充。佐伯先輩は盛り付け頼みます」
「えー、私、昨日もずっと動きっぱなしだったのに」
ぼやきつつも、翔子はエプロンをきゅっと締め、鉄板の前に立つ。
……次の瞬間、もわっと押し寄せる熱気に、眉をひそめた。
「……うわ、サウナじゃんここ。入場料取れるレベル」
言いながら鉄板に手をかざすと、熱風が容赦なく指先を包み込む。まるで歓迎してない笑顔みたいだ。
杏子はすでに屋台の外に出て、「今日も映えスイーツいかがですかー!」の練習声出し。
佐伯先輩は黙々と皿やトッピングの位置を整えている。
そんな中、顧問が顔を出した。
「翔子、水分補給だけは忘れるな。倒れたら文化祭どころじゃなくなる」
「……はい。あ、でも鉄板に水撒くのはナシですよね」
「当たり前だ」
鉄板はすでにじゅうじゅう音を立て、開店を待ちわびる。
……あと三十分後、このサウナは戦場になる。
――文化祭二日目、午前九時半。
校庭の一角、昨日の喧騒が嘘みたいに静かな模擬店前。……とはいえ、それもあと三十分の命だ。
「じゃ、昨日の反省を踏まえて配置変えね」
実花がチェックリストを片手に宣言する。
「翔子は鉄板前、杏子は呼び込み、私は会計と材料補充。佐伯先輩は盛り付け頼みます」
「えー、私、昨日もずっと動きっぱなしだったのに」
ぼやきつつも、翔子はエプロンをきゅっと締め、鉄板の前に立つ。
……次の瞬間、もわっと押し寄せる熱気に、眉をひそめた。
「……うわ、サウナじゃんここ。入場料取れるレベル」
言いながら鉄板に手をかざすと、熱風が容赦なく指先を包み込む。まるで歓迎してない笑顔みたいだ。
杏子はすでに屋台の外に出て、「今日も映えスイーツいかがですかー!」の練習声出し。
佐伯先輩は黙々と皿やトッピングの位置を整えている。
そんな中、顧問が顔を出した。
「翔子、水分補給だけは忘れるな。倒れたら文化祭どころじゃなくなる」
「……はい。あ、でも鉄板に水撒くのはナシですよね」
「当たり前だ」
鉄板はすでにじゅうじゅう音を立て、開店を待ちわびる。
……あと三十分後、このサウナは戦場になる。
――開店からわずか三十分。
昨日と同じく、いや、それ以上の行列が店の前にうねり始めた。
「注文四番、焼き上がりまであと三十秒! 次、五番の生地投入!」
翔子の声が鉄板のじゅうじゅう音にかき消されそうになる。
鉄板の上では、生地がきつね色になりかけ、隣では具材がいい香りを放っていた。
同時進行で二枚、三枚……手が止まらない。
額から汗が一筋、ぽた、と落ちそうになった瞬間――
「おー、翔子、その汗もスパイスだな!」
呼び込みから戻ってきた杏子が、満面の笑みで茶化す。
「それはダメ! 絶対アウト!」
即座に声を張り上げる翔子。真剣モードのツッコミに、杏子は「はいはい」と手をひらひら。
そんなやり取りの横で、佐伯先輩がさりげなく鉄板を覗き込み、焼き加減が甘い一枚をひょいとひっくり返す。
「焦げそうだったぞ」
「助かります!」
短い言葉を交わしながら、鉄板の上は次の一手へ――戦場のような午前のラッシュは、まだまだ続く。
――昼前のピーク真っ只中。
翔子の手が一瞬だけ他の注文に取られた、その隙だった。
じゅうっ、と妙に鋭い音とともに、鉄板の端から立ち上る匂い――
「おっ、なんか香ばしい……って、これ焦げてるじゃん!」
杏子の声が模擬店全体に響き渡る。
「やばっ!」
翔子は慌ててヘラを手に取り、生地をひっくり返す。裏面は、もうチョコ色を通り越して真っ黒だ。
「くぅ……ごめん、これはもうダメだ」
手早く焦げた一枚を廃棄用の皿に移しながら、鉄板の温度をぐっと下げる。
背後から実花の冷静な声が飛んだ。
「ロスは最小限に。次からは温度計見ながらやって!」
「はい!」
翔子は短く返事をし、額の汗をぬぐって再び生地を流し込む。
焦げの匂いを吹き飛ばすように、鉄板はまた甘く香ばしい匂いを立ち上らせ始めた。
――昼の喧騒の中、注文カウンターに見覚えのある顔が現れた。
昨日も来てくれた二年生の男子だ。
「昨日のやつ、すっごく美味しかったんだ。今日は…チョコ、ちょっと多めにしてもらえない?」
鉄板の前で生地を返していた翔子の手が、一瞬だけ止まる。
視線を上げると、彼は恥ずかしそうに笑っていた。
「……了解。今日は特別サービスだ」
ふっと口元を緩め、翔子はスプーン山盛りのチョコチップをぱらぱらと生地に降らせる。
いつもより多く、甘さも香りも贅沢に。
「やったー!翔子優しい!」
横から杏子がちゃっかり顔を突き出し、おこぼれを狙って手を伸ばす。
「ダメ。これはお客さん専用」
ぴしゃりと制しながらも、翔子の声はどこか楽しげだった。
午後一時過ぎ。
ようやく、あの長蛇の列が嘘みたいに途切れた。
最後のお客さんに商品を手渡すと同時に、翔子は鉄板の前からふらふらと離れ、そのまま椅子に沈み込む。
「……もう、着替えたい……」
タオルで額と首筋の汗をぬぐいながら、魂が半分抜けたような声が漏れる。
Tシャツの背中は完全に汗で張り付いていて、まるでサウナ帰りだ。
「まだ午後の部があるぞ」
佐伯先輩が苦笑しながらも、水のペットボトルを差し出してくる。
「午後は交代しながらやろう」
実花が提案すると、翔子は「うん…」とだけ頷き、ひと口で半分ほど水を飲み干した。
鉄板の熱気は消えたが、まだ文化祭の戦いは続くのだった。
29話レシピ掛け合い
翔子「……今日のレシピ? 『汗だく鉄板焼き』だな」
杏子「調理時間は文化祭二日目の午前中いっぱい!」
実花「材料は……生地、具材、そして翔子の根性」
佐伯先輩「調理器具はもちろん鉄板。温度管理を忘れると焦げます」
翔子「……あと水分補給も必須だ。脱水症状はレシピ外トラブル」
杏子「仕上げに天然パーマをトッピングして完成!」
翔子「それはレシピから削除しろ!」




