28. 文化祭初日:長蛇の列
昼すぎ――。
「はい次の方! お待たせしました!」
翔子の声がひときわ大きく響いた瞬間、長蛇の列の最後尾がようやく途切れた。
全員が同時に、ふぅっと深く息を吐く。
「……筋肉痛確定だ……」
杏子がカウンターにもたれかける。
「午後もまだあるから、座るな!」
実花がすかさず引き剥がす。
「休憩は回転率を下げる元凶です!」
翔子は机の上の注文用紙を手早く補充し、
佐伯先輩は厨房奥で残りの材料をざっと確認。
「……あと三時間はもつな。追加分は明日朝だ」
戦いの前半戦は終わった。
だが午後の部が、まだ控えている――。
朝の光が校庭いっぱいに差し込み、文化祭特有のざわめきが空気を震わせていた。模擬店の前には、まだ開店前だというのに、すでに人の波がゆらゆらと揺れている。
私たちは全員、色とりどりのエプロンと三角巾で完全装備。テーブルの上には仕込み済みのスイーツたちが並び、準備は万端……のはず。
「開店と同時に来るかもだから、最初の三十分が勝負」
実花が、注文票とペンを手に、少し緊張した声で言う。
その真剣な空気の中、隣で杏子がそっと手を伸ばし——
「……パクッ」
「……杏子」
翔子の低い声が飛んだ。
杏子はトッピング用のチョコを頬張ったまま、目を泳がせる。
「ち、違うんだ! 緊張をほぐす儀式で——」
「ほぐすのは肩にしろ、口じゃない」
翔子の冷静なツッコミに、私たちは小さく笑った。
開店ベルは、もうすぐだ。
開店アナウンスの声が校内スピーカーから流れた瞬間——。
「いらっしゃいませー!」
杏子の元気すぎる声が模擬店前に響き渡る。
……そして、次の瞬間、私たちは理解した。
列が、伸びている。いや、伸びすぎている。
校庭の花壇を曲がって、さらに奥まで。なんでこんなに!?
「しょ、翔子、これ……予想の二倍どころじゃないよ!」
「とりあえず回す! 私が注文と会計、実花は盛り付け、杏子はトッピングと呼び込み、佐伯先輩は調理全力!」
「了解!」
「おー!」
鉄板からは甘い香りが立ち上り、実花の手元で皿が次々と完成していく。
しかし——。
「映えスイーツいかがですかー! 世界一カワイイですよー!」
杏子の声に釣られて、さらに列が延びる。
「杏子、呼び込みペース落として!」
「えっ!? でもお客さん来たほうが……」
「限度ってもんがある!」
嬉しい悲鳴を上げながら、私たちの初日が全力で回り始めた。
カウンターの横に、注文票の束がうず高く積まれていく。
「番号順に出して! 飛ばしたら混乱するから!」
翔子が会計ブースから声を張り上げた。
「はーい!……あれ、あっちの分って生クリーム倍だっけ?」
「え!? そんな注文あった?」
「……まぁ、サービスです!」
杏子がニコニコ顔でトッピングを倍盛りにして皿を渡す。
「お客様、今日は特別サービスです!」
……いや、杏子、完全に自分のミスを好意に変換してる。
一方、実花は盛り付けを目にも止まらぬ速さでこなし、皿が流れるように完成していく。
「次の注文、受け皿三つ、苺多め!」
「了解!」
佐伯先輩は鉄板の前で、手際よく生地を焼き続け、鉄板の上は常に満員御礼。
「このペース……夜まで持つのか?」
「持たせる!」
汗と甘い香りと笑い声が入り混じる中、屋台は全力稼働モードに突入していた。
ピークの波が押し寄せ、全員が息つく間もなく動き続ける中――。
「お前ら、補給だ!」
顧問が冷えたペットボトルとおしぼりの山を抱えて現れた。
「先生、神!」
杏子が即座に水を受け取り、ゴクゴクと半分一気飲み。
「……ぷはっ、生き返る~!」
「無理するな。客を待たせすぎるな。回転率を意識しろ」
顧問の短いアドバイスが、妙に戦場感を増す。
全員、一瞬だけ手を止めて水を飲み、額の汗をおしぼりで拭う。
その表情は――疲労と、なぜかちょっとした高揚感が入り混じっていた。
「よし、あと何時間だ?」
「……気付いたら終わってた、ってぐらいの勢いで行こう!」
再びポジションに戻った瞬間、甘い香りと呼び込みの声がまた響き渡った。
昼すぎ――。
「はい次の方! お待たせしました!」
翔子の声がひときわ大きく響いた瞬間、長蛇の列の最後尾がようやく途切れた。
全員が同時に、ふぅっと深く息を吐く。
「……筋肉痛確定だ……」
杏子がカウンターにもたれかける。
「午後もまだあるから、座るな!」
実花がすかさず引き剥がす。
「休憩は回転率を下げる元凶です!」
翔子は机の上の注文用紙を手早く補充し、
佐伯先輩は厨房奥で残りの材料をざっと確認。
「……あと三時間はもつな。追加分は明日朝だ」
戦いの前半戦は終わった。
だが午後の部が、まだ控えている――。
夕方、校庭の喧騒も落ち着き、部室に戻ってきた料理部一同。
机の上には、売上金を入れた箱。
「じゃ、集計始めます!」
新部長の翔子が号令をかけ、皆で紙幣と小銭を分けて数え始める。
「……えっ、予想以上なんだけど!」
「やったー!」「すごい!」
数字が出た瞬間、部室に歓声と拍手が響いた。
そこへ——。
「……あれ?」
杏子が自分のカバンをごそごそし、財布を取り出した瞬間、小銭がじゃらじゃらと机にこぼれ落ちた。
「な、何これ!? なんで100円玉ばっかりこんなに入ってんの!?」
視線が集まり、杏子はバツの悪そうな笑顔。
「呼び込みしてたらさ、『お釣りいらない』って言われることが何回かあって……反射的に自分の財布に入れてたかも」
「無許可チップ制なんて聞いたことないわ」
翔子の冷静なツッコミが入る。
「明日はちゃんと店の売上に入れて」
実花が眉を下げながらも、きっぱり指示。
杏子は「はい…」と素直にうなずくが、頬はほんのり赤い。
すると、佐伯先輩がふっと笑い、
「まあ、頑張った証だな」
と、温かく場をまとめた。
こうして文化祭初日の長い一日が、笑いと少しの反省で締めくくられた。
「明日も頑張ろう!」という声が重なり、夕暮れの部室に元気な響きが残った。




