第20話「美咲先輩のソース講座」
放課後の調理室に、涼しい風と一緒に誰かが入ってきた。
「おじゃましまーす」
長い髪を後ろでゆるく束ねた女性――美咲先輩だった。
「おっ、美咲。ちょうどいいタイミングだな」
佐伯先輩が手を止めて笑顔を向ける。
「こっち、うちの元部長で、ソース作りの達人なんだ」
「ソースの達人…!?」杏子の目がキラリと光る。
「推しが増えました! 先輩、サインください!」
「サインはいらないよ」美咲先輩は苦笑しながらも、
「文化祭でクレープ出すんでしょ? じゃあ、手作りソースのコツ、教えてあげる」
「甘い系だけじゃなくて、食事系もお願いします!」翔子がすかさず言った。
「もちろん。両方できたら、メニューの幅がぐんと広がるからね」
そう言って、美咲先輩はエプロンを手に取り、さりげなく調理台の前に立った。
その仕草だけで、部室の空気が一段階引き締まる。
「まず覚えておいて。ソースは――素材、甘味、酸味。この三つのバランスが命」
美咲先輩は、まるで授業の黒板に書くように、テーブルの上に材料を並べていく。
「甘い系からいくね。チョコソースはカカオの香りを立たせつつ、砂糖は控えめ。キャラメルは焦がし加減がポイント。ベリーソースは酸味を活かすために砂糖を入れすぎないこと」
実花はノートを広げ、ペン先が走る音を響かせながら必死に書き込む。
「……砂糖、控えめ……酸味を残す……」
「次は食事系。バジルソースはオリーブオイルとにんにくをなじませること。マスタードマヨは粒マスタードを多めにして香りを強く。ヨーグルトディルソースは、魚や鶏肉に合う爽やかさがポイント」
「はい、メモ……って杏子、それ全部食べてない?」
実花が顔を上げると、杏子はすでにチョコソースのスプーンをペロリ。
「いやぁ、説明されるより味わったほうが早いでしょ!」
「授業態度が完全に食レポ番組だな」翔子が呆れたように笑った。
調理台の上には、真っ赤なラズベリーと深い色合いのカカオパウダーが並ぶ。
「じゃ、私は杏子とラズベリーソース作るね」実花がボウルを手に取る。
杏子は目を輝かせ、ラズベリーを計量カップにざざっと投入。
「この赤、もう見てるだけで映える! 絶対SNS受けする色だよ!」
実花は「映えも大事だけど、ジャムみたいに煮詰めすぎないで果実感を残すの」と真剣モード。鍋の中でラズベリーがふつふつと泡立ち、甘酸っぱい香りが漂う。
一方、翔子は離れた台でチョコソースに集中していた。
「ビター系だから、カカオ多め。甘ったるくならないように砂糖は控える」
湯せんの鍋から、ほろ苦い香りがふわっと立ち上る。
やがて二つのソースが完成。
杏子と実花のラズベリーソースは、果実がゴロゴロと形を残し、鮮やかな赤が眩しい。翔子のビターチョコソースは、黒に近い深い茶色でとろりとした艶がある。
美咲先輩はスプーンで一口ずつ味見し、にっこり笑った。
「ラズベリーは色だけじゃなく、酸味が味全体を引き締めてるね。チョコもカカオの香りがしっかり出てて大人っぽい」
杏子は得意げに胸を張る。
「ほら! やっぱり映えと味、両方いけるんだって!」
「いや、それ作ったの私だから」実花が即ツッコミを入れた。
調理室の空気は、さっきまでの甘い香りから一転、爽やかなハーブの香りに包まれた。
翔子はまな板の横に刻んだディルを山盛りに置き、ギリシャヨーグルトとレモン汁をボウルに投入。
「スモークサーモンには、この爽やかな酸味とハーブが合うんだ」
木べらで混ぜるたび、ディルの香りがふわっと立ち、思わず深呼吸したくなる。
一方、実花はミキサーにレモン果汁とバジルの葉を入れ、オリーブオイルを少しずつ加えながら鮮やかな緑のソースを作っていた。
「鶏ハムの優しい味に、これでアクセントをつけるの」
ミキサーの低い唸りが止まると、透明感のある黄緑色のソースがとろりと現れる。
そして、その間ずっと――。
杏子は隣のカウンターで小皿を片手に、翔子のディルヨーグルトを一口、実花のレモンバジルを一口と、まるでワインのテイスティングのように交互に味見していた。
「甘い後にしょっぱい、そしてまた甘い! これ、無限ループだよ!」
頬をほころばせる杏子に、翔子が呆れたように言う。
「ループしてるの、あんただけだろ」
美咲先輩は笑いながら、
「でも、そのくらい飽きない味なら文化祭でも人気出そうね」と評価を下した。
試食がひと通り終わり、テーブルの上には色とりどりのクレープ皿が並んでいた。
赤いラズベリーソースが鮮やかにかかったいちご生地のクレープは、見た目だけでテンションが上がる。
「これはもう優勝だね!」
杏子がフォークを高く掲げると、実花もうなずく。
「甘酸っぱさと生地の甘みが、ちゃんと引き立て合ってる」
一方、翔子が静かに推したのは、抹茶生地にレモンバジルソースを合わせたクレープだった。
「抹茶の渋みと、バジルとレモンの香りが意外と合うんだよな」
実花がひと口食べて、思わず目を見開く。
「ほんとだ…食事系なのに後味が軽い」
佐伯先輩が両腕を組み、満足げに言う。
「ソースのバリエーションだけで、メニューの幅が倍になるな」
美咲先輩は、少し実務的な口調に戻ってアドバイスを送る。
「当日は全部をその場で作るのは大変だから、ベースは作り置き。仕上げだけ現場でやれば、回転率も落ちないわ」
その言葉に、翔子と実花は真剣にうなずき、杏子は――ラズベリーソースをもう一口。
「じゃあ、私は“味見係”も兼任で!」
全員から同時にツッコミが飛んだ。
調理台の端で、杏子がにやにやしながら皿を掲げた。
そこには、チョコソースとバジルソースが左右に半分ずつかかった、見た目だけは洒落たクレープ。
「じゃーん、“甘塩っぱいハーフ&ハーフ”! インスタ映え確定!」
自信満々の笑顔に、翔子が鼻をひくつかせる。
「……見た目はギリ許せるけど、匂いが完全に喧嘩してる」
実花は思わず額を押さえた。
「お願いだから、食べ物で奇抜な実験しないでよ…」
美咲先輩はくすっと笑って、しかし柔らかく釘を刺す。
「発想は自由でいいけど、実行は計画的にね」
その瞬間、佐伯先輩がぼそっと一言。
「文化祭で出したら、二口目は絶対ないな」
杏子は頬をふくらませながら、そっと皿を自分の方に引き寄せた。
「……じゃあ私が責任持って食べます」
結局、全員が笑いながらその場は締まった。
20話レシピ掛け合い
甘い系ソース
ラズベリーソース(実花&杏子)
杏子「赤い!映える!しかも果実ゴロゴロ!」
美咲先輩「酸味が甘さを引き締めてくれるね」
実花「酸味と香りのバランスがいい…」
ビター系チョコソース(翔子)
翔子「甘さ控えめ、カカオ多め」
杏子「オトナ味ってやつだね」
美咲先輩「香りがしっかり立ってる」
食事系ソース
ディルヨーグルトソース(翔子)
翔子「サーモンと相性抜群」
杏子「さっぱり系で後味がいい!」
美咲先輩「香草の爽やかさが効いてる」
レモンバジルソース(実花)
実花「鶏ハムに爽やかさプラス」
杏子「抹茶生地とも意外に合う!」
佐伯先輩「味が軽やかで食べやすい」
文化祭向け組み合わせ案
甘い系:ラズベリーソース+いちご生地
食事系:レモンバジルソース+抹茶生地
杏子「やっぱり映えも味も両立が正解!」
翔子「……でもチョコ+バジルはやめろ」




