第1話「入学式、料理部の勧誘合戦」
空は雲ひとつなく、青が透けるほど澄み切っていた。
桜ヶ丘学園の正門前では、満開の桜並木が風に揺れ、ひらひらと花びらが舞い落ちる。
歩道は、新しい制服に袖を通したばかりの一年生たちであふれていた。
表情はみんな少し固く、でもどこか期待で頬が上気している。
田中実花も、その列の中にいた。
紺色のブレザーはシワひとつなく、スカーフもきっちり結ばれている。
ただ、その足取りは少しぎこちない。
(今日から、私の高校生活が始まる……)
胸の奥で、静かに呟く。
(勉強も、部活も、思いきりやりたい)
正門をくぐった瞬間、空気が一変した。
――やけに賑やかだ。
視線を向けると、両脇に並んだ上級生たちが色とりどりのビラを手に、まるで戦場のごとく声を張り上げている。
「軽音部!楽器触ってみませんか!」
「バスケ部新入生歓迎!身長問いません!」
「料理部です!今ならクッキー試食できますよ〜!」
あまりの熱気に、思わず足が止まった。
制服越しに伝わる春の風は心地いいのに、この場の空気は妙に熱い。
実花は思わず、小さく息を呑んだ。
――こんなにも必死に勧誘するものなの?
まだ入学式も始まっていないというのに、心臓は早くも忙しく跳ねていた。
体育館前の広場は、すでにお祭りのような賑わいだった。
色鮮やかな横断幕、ポスター、立て看板が所狭しと並び、あちこちで笑い声や掛け声が飛び交っている。
軽音部はスピーカーから軽快なリズムを響かせ、写真部はインスタ映えする小道具を並べている。
その中で――甘い香りが、ふわりと風に乗って実花の鼻をくすぐった。
香りの源は、中央近くにある小さなテーブルだった。
色とりどりのミニカップケーキやクッキーが山のように並び、その甘い匂いは他の喧騒を突き抜けて届く。
「新入生のみんな〜!甘いの食べてって〜!料理部だよ!」
呼びかけたのは、丸顔で笑顔の絶えない少女だった。
鳴海杏子――見知らぬはずなのに、その明るさは初対面の距離感を一瞬で溶かしてしまいそうだ。
彼女は通りがかる新入生の手に、ひょいっとクッキーを乗せていく。
その隣では、別の少女が静かに作業していた。
髪を後ろで一つにまとめ、袖をまくり上げたその姿は、まるで厨房の職人のよう。
無言でトレーの上に焼きたてのクッキーを補充し、ちらりとこちらを見て、ぼそっと呟く。
「焼きたてだ、冷める前に食べてみろ」
――あ、なんか格好いい。
そう思った瞬間、実花の足はもうブースの前に止まっていた。
差し出されたクッキーを口に入れると、外はさくっと、中はほろっとほどける。
甘さは優しいのに、香ばしさが後から追いかけてくる。
「……おいしい! これ、部活で作ったんですか?」
思わず口から出た感想に、杏子がぱっと笑顔を広げる。
「そうだよ! 一緒に作らない?」
春の陽射しと甘い香りの中で、実花の胸に小さな高鳴りが芽生えた。
料理部のブースの左隣では、軽音部が派手な電飾とアンプを並べ、ギターのコードを響かせていた。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
勢いのあるドラムとボーカルの声が体育館前に響き渡り、周囲の視線を一気にさらっていく。
足を止めた新入生たちは、リズムに合わせて身体を揺らしている。
向かい側では、バスケ部が体育用ゴールを持ち込み、長身の先輩が助走をつけて――バシン!
リングを揺らす豪快なダンクシュート。
拍手と歓声が巻き起こり、そちらへ人だかりが移っていく。
その流れは、料理部の試食客までも巻き込みかけていた。
杏子はクッキーの皿を持ったまま、少し眉を寄せる。
「やば…このままだと負けちゃう」
その横で、翔子がトレーを置き、静かに前を見据えた。
「……よし、勝負だ」
短くそう言うと、持ち込んでいたホットプレートのスイッチを入れ、ボウルの生地を流し込む。
ジュウッ、と小気味よい音が広がり、甘く香ばしい匂いが風に乗って一帯を包み込む。
「無料トッピングサービスで〜す!」
杏子が明るく声を張り上げ、焼き上がったホットケーキにチョコソースをとろりとかける。
ソースが艶やかに光り、湯気が立ち上るその光景は、目でも香りでも食欲を刺激してくる。
「おいしそー!」
いつの間にか、新入生たちが再び料理部のテーブルに集まり始めた。
その輪の中で、実花はクッキーの皿を持たされ、試食を勧める役に加わっていた。
――あれ、私……手伝ってる?
気付けば、緊張よりも楽しさの方が胸を占めていた。
甘い香りと賑やかな声に包まれながら、実花は自然と笑顔になっていた。
ひとしきり試食ラッシュが落ち着いた頃、実花の前に、背筋のすっと伸びた上級生が現れた。
柔らかな笑顔と落ち着いた声――その雰囲気は、さっきまでの賑やかな勧誘合戦とは別の温度を持っている。
「初めまして。料理部の部長、佐伯だ」
佐伯先輩は、優しくも芯のある眼差しで実花を見つめる。
「ここは、料理が好きな人も、食べるのが好きな人も、大歓迎だよ」
「そうそう!」
横から杏子が満面の笑みで割って入る。
「ね、実花ちゃんも食べるの好きそうだし!」
「ちょ、ちょっと!」
顔が熱くなるのを感じながら、実花は慌てて反論しかけ――でも、すぐに小さく笑った。
「……食べるのも好きですけど、作るのも好きです…!」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥がぽっと温かくなる。
新しい高校生活の中で、ここなら自分の「好き」をまっすぐ出せるかもしれない――そんな予感がした。
「私、入部します!」
隣で聞いていた翔子が、少し目を丸くしてから、珍しく口元を緩めた。
「……じゃあ歓迎だな」
差し出された手は、少しだけ粉の匂いがして、温かかった。
握手を交わした瞬間、実花の高校生活のページが、静かに、でも確かにめくられた。
勧誘ブースの片付けを終えると、佐伯先輩が軽く手招きした。
「じゃあ、部室を見せようか」
校舎の端にある、少し古びた扉を開けると――ふわりと漂うバターとハーブの香り。
中は思っていた以上に広く、白い作業台とシンクが二つ並び、壁際にはぎっしりと棚が並んでいる。
その棚には、色とりどりのスパイス瓶や分厚い料理本、大小の鍋やボウルが整然と並び、陽の光を受けてキラリと輝いていた。
まるで宝物庫のような空間に、実花は思わず息を呑む。
(これからここで、どんな料理を作れるんだろう……)
胸の奥で、期待と好奇心がふくらんでいく。
「はい、これ」
隣から杏子がクッキーを差し出してきた。
「これからよろしく!」
サクッとした食感と、ほんのり温かい甘さが口いっぱいに広がる。
――実花の高校生活が、確かに動き始めた瞬間だった。
レシピ掛け合い:入学式、料理部の勧誘合戦
材料(登場人物)
料理部部長・翔子 … 部活勧誘の司令塔
副部長・実花 … 冷静なツッコミ役
杏子 … ハイテンションな呼び込み担当
蓮 … 力技と笑顔で引き寄せる男子
新入生 … 獲物…いや、未来の仲間
作り方(進行)
下準備:勧誘ブース設営
翔子「テーブルクロスは白!料理写真パネルは正面!」
実花「視線の高さに“無料試食あり”の文字を」
杏子「こっちはメニューPOPにキラキラシール貼っとくね!」
香り立ち上げ:試食配布開始
蓮「焼きたてクッキーどうぞ〜!」
杏子「一口食べたら入部届けにサインしたくなる味です!」
新入生「え、そんな魔法みたいな…あ、美味しい」
味付け:トークのスパイス投入
翔子「文化祭ではカフェと屋台を同時出店!」
実花「包丁スキルゼロでもOK、やさしく教えます」
蓮「男子部員もいるから安心っすよ!」
杏子「そして部活終わりに余ったスイーツは全部私が…いや、みんなで食べます!」
火加減:押しすぎない距離感
新入生A「ちょっと興味あるかも」
翔子「じゃあ放課後、部室見学だけでも」
実花「見学に来たらクッキーのおかわり付くよ」
杏子「おかわりは私の笑顔つきで!」
仕上げ:連絡先&見学日案内
蓮「はい、こちら見学日程表っす」
新入生「じゃあ行ってみます!」
翔子「ようこそ、料理部の世界へ!」
ワンポイントアドバイス
呼び込みはテンポよく、笑顔は大盛り
香りとビジュアルでまず足を止めさせる
「楽しそう」が一番の調味料
料理部 勧誘メニュー レシピ集
1. ミニカップケーキ(バニラ・チョコ)
材料(12個分)
薄力粉 … 100g
ベーキングパウダー … 小さじ1
砂糖 … 60g
バター … 60g(室温に戻す)
卵 … 1個
牛乳 … 50ml
バニラエッセンス … 数滴
純ココアパウダー(チョコ味用) … 10g
チョコチップ(お好みで) … 適量
作り方
オーブンを180℃に予熱する。
ボウルにバターと砂糖を入れ、白っぽくなるまで泡立て器で混ぜる。
溶き卵を少しずつ加えて混ぜ、牛乳とバニラエッセンスを加える。
薄力粉とベーキングパウダーをふるい入れ、さっくり混ぜる。
生地を2等分し、片方にココアパウダーを加えて混ぜる。
ミニカップにそれぞれ流し入れ、チョコ味にはチョコチップをのせる。
180℃で約15分焼き、竹串を刺して生地がつかなければ完成。
2. クッキー(プレーン・チョコチップ)
材料(20枚分)
薄力粉 … 120g
バター … 60g(室温に戻す)
砂糖 … 50g
卵 … 1/2個分(約25g)
バニラエッセンス … 数滴
チョコチップ(チョコチップ用) … 40g
作り方
オーブンを170℃に予熱する。
バターと砂糖をボウルで白っぽくなるまで混ぜる。
溶き卵を加えてよく混ぜ、バニラエッセンスを入れる。
薄力粉をふるい入れ、ヘラでさっくり混ぜる。
生地を半分に分け、片方にチョコチップを加えて混ぜる。
スプーンですくって丸め、軽く押さえて天板に並べる。
170℃で約12〜15分焼いて完成。
3. 即席ホットケーキ(香り演出用)
材料(6枚分)
ホットケーキミックス … 200g
卵 … 1個
牛乳 … 150ml
サラダ油 … 適量
トッピング(チョコソース、バター、メープルシロップなど) … 適量
作り方
ボウルに卵と牛乳を入れて混ぜ、ホットケーキミックスを加えてさらに混ぜる。
ホットプレートを180℃に温め、サラダ油を薄くひく。
生地をお玉1杯分流し入れ、表面にぷつぷつ穴が開いたらひっくり返す。
両面がきつね色になったら皿に盛り、好みのトッピングをかける。