魔獣の森Ⅴ
記憶を頼りに更に南西へ飛んでいると、だんだんと舗装された道が見えてくる。どうやらこの森への道もきちんとあるようで、クロウ達のいる場所ほど深い場所にはいかないが、この森を南西から西に抜ける道が存在するようだ。
「ん?ここか」
少しぼっかりと、乱雑に切り倒された木々に小さなクレーターが出来ている場所を見つけた。[闇魔法]の魔法で夜目が利くクロウ。白骨化した死体、壊れた豪華な馬車と、野生動物に食い荒らされた魔獣の腐った死体があった。
「ん?この紋章は」
ライオンのような紋章が刻まれた豪華な馬車に、青い全身鎧、白い全身鎧に、壊れた同じようなライオンの紋章が大盾とへし折れた大剣などなど、ひとまずクロウは白骨に手を合わせて黙祷しつつ、残った遺品を漁りだした。
「お?ラッキー」
小さいポケットを鎧の腰に巻き付けていたようだ、[魔力感知]ではこのポケットに魔力がある事を示している。
「やっぱり、アイテムボックスか」
中に手を入れてみると、外観にそぐわないほどの広さがあった。[魔力支配]でアイテムボックスの所有権を無理矢理上書きする。これでこのアイテムボックスはクロウ専用になった。中にも色々と食料や武器が入っており、恐らくあの騎士達のために用意されていたものだろう。
「使わせてもらいます」
丁寧に白骨達を抱きあげ、空を飛んで森の入口付近に[土魔法]で穴を掘って墓石を立てる、名前は残念ながら死んでからかなり経っていたせいか、怨霊達も忘れてしまったので、個人的な所有物らしきペンダントや指輪、ハンカチなどを墓石の前に置いておくことにした。
「戻るか」
丁寧な埋葬を終えた後、クロウは再び先ほどの場所へ戻り、アイテムボックスに入れられるだけ装備やアイテムを入れ、今度は馬車を調べ始めた。
「む?」
ライオンの紋章が刻まれた壊れた馬車、普通の馬車はこんな豪華絢爛にする必要もないので、もしかして大富豪か貴族のような人物が乗っていたと思われる。なのでごそごそを馬車を漁ると、
「やっぱり」
どうやらどこかしらお抱えだった富豪のようで、上等な布の生地が運よく破壊されずに済んでいた。恐らくどこかの貴族へ売りに行く予定か、それとも買い取ったばかりなのか分からないが、頂戴しておくことにした。
「他にはもう無いか」
他にはもう何もないようなので、再び飛び上がってアルル達の元へと戻る事にした。
「すやすや寝てるな」
大きな葉っぱと藁で丁寧に作った簡易布団に少女は包まっており、アルルはそんな少女のそばで、篝火が消えないように、こまめに木の枝を追加していた。
「ふふ、実に良い娘だ」
「お前はまだ寝ないのか?」
「私ももうすぐ寝る、そうだ、明日からは徒手格闘の修業から始めるぞ」
「分かったよ、俺もそろそろ寝る」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
翌朝
「おはよう」
「おはよう、今日の朝は?」
「昨晩色々と調味料を手に入れてな、これなら[料理]スキルも上がりそうだ」
「何?本当か」
アルルが珍しく凄い勢いで食いついて来る。
「ああ、昨晩、森の入口付近に魔獣に襲われて壊滅した商団馬車みたいなのを見つけてな、結構有名な貴族だったのか、アイテムボックスに色々入ってたよ」
「ふむ、商団か、何かこう、紋章のようなものはなかったか?」
「ライオンみたいな見た目のこれなら」
一応と思い、馬車の中に落ちていた紋章の刻まれたペンダントをアルルに見せる。
「ふむ、それはライネル伯爵の紋章だね。ここからずっと西に行くと彼の領地にたどり着くはずだよ」
「届けた方がいいかな?」
「うむ、彼は優しい人だから、もし行けるなら、彼に届けてあげると良い、きっと喜ぶ」
「分かった、時間があったら持っていく」
武器やアイテムなどは、自分の物にしようかと思ったが、持ち主がきちんといるならきちんと返そう。
「まあ何、調味料などは別に返さなくてもいいだろう、それで今日は?」
「相変わらずグリル中心だよ」
それでも以前より調味料をふんだんに使った料理がいくつか出来上がったので、2人とも満足げに食べてくれた。
「さて、朝食も終わったし、早速始めようか」
アルルは少女には算数のしてもらうと言って、大きな石板にいくつかの算数の問題を刻み、彼女に手渡した。
「うっ.....なにこれ」
手渡された石板は少女にとって良い感じの難しさのようで、彼女はしばらくうんうんと算数にうなされるだろう。
「さて、ではまずは基本的な徒手格闘から始めよう」
そういうな否や、彼女は杖をどこかにしまい、問答無用で拳を握りしめて襲い掛かってきた。
「ほう、相変わらず戦闘センスだけは一品だね、もちろんスキルの使用は禁止だよ」
「ぐっ!」
なんとも合理的で殺意マシマシの攻撃を繰り出すアルル、人中鳩尾金的喉潰しなど急所を執拗に狙ってくるのは当たり前で、それ以外にも容赦なく膝関節を砕くような蹴りを入れてきたり、容赦なくファニーボーン効果で腕を痺れさせたり、初めてのアルルとの近接格闘戦は、クロウが必死に防戦するだけで4時間が経とうとしていた。
「はぁ....はぁ...」
疲労のあまり地面に倒れこむクロウ、残念ながらまだスキルは獲得できていないので、少し休憩してすぐに続きを始めると言う。
「ふむ、やはりその身体のせいか、徒手格闘でも物凄いセンスを発揮しているな」
「何の話だ」
「いや何、結構本気で殺すつもりで打ち込んでいるんだが、ここまで生きているのに驚きだ。それに加え、私の技をいくつか既に会得している」
「あー、それは無意識だ」
「さて、続きをしよう、この様子だと、後数時間で私の対人技術を会得出来そうだ」
「分かった」
再び2時間程防戦一方の組み手を続けていると、
【[パンクラチオンD]を習得しました】
「む?」
古式格闘術のはずだが、なぜかパンクラチオンと言う対人徒手格闘スキルを手に入れられたようで、先程よりも少しだけ簡単に防戦を続ける事が出来た。
「ふむ、どうやら身についたようだな、では次だ、次は対魔獣の徒手格闘を覚えてこい」
「はぁ....はぁ...どこで?」
「ここから北にしばらく行くと、熊王と呼ばれる雷熊のヌシがいる。私の天敵でもあるし、私以上の近接格闘スキルを持つ魔獣だが、幸い[人化]はまだできない」
「俺に倒して来いと」
「ダメか?」
アルルはうるうるとした愛らしい瞳で見つめてくる。
「わーったよ、折角手に入れた拠点だしな、住ませてもらってる手前、俺もまたお前に何かあったら困る」
「ありがとう」
「だが行く前に、まずは[魔法]を全てBランクまで上げるんだ」
「どうして?」
「全ての魔法をBランクまで上げれば、より上位の魔法を使用できるようになれる」
「ほー、分かった」
そういうわけで、残った時間はひたすら[魔力支配]と習得している魔法全てをふんだんに使用し、アルルと容赦なく魔法戦を続けた。合間にアルルは新しい石板に算数の問題を刻んでは再び少女に渡し、クロウとの魔法戦を再開した。
【[火魔法][水魔法][風魔法][木魔法][土魔法]が全てBランクになりました。[魔力支配]の所持を確認。5つの属性魔法を全て統合、[元素魔法B]を獲得しました】
[元素魔法B]:属性魔法を自由自在に使用する