魔獣の森Ⅳ
「おかえりクロウ君、どれ、何かご飯は?」
「これでいいなら」
帰り道がてら、木に実っていた青い果実と、食べて毒が無かった(実体験)キノコをいくつか持って帰ってきた。
「ふむ、十分だ、ありがとう」
「クロー!」
アルルが魔法で作り出した簡易的な机から立ち上がり、少女はパタパタを走ってきた。
「おーよしよし、昼は魚食べるぞ」
「はい」
「彼女は驚くほど学習能力があるね、高位のヴァンパイア特有の特性なのかもしれないが、この様子だと、後数週間で我々と同じくらいの言語能力を獲得できるだろう」
「そんなに」
「ああ、それに加え、彼女の特別な出自が関係しているのかもな」
「ふーん」
牢屋に捕まる以前事はクロウも知らないし、特に気にする事でもないので、話半分に聞きつつ食事の準備をする事にした。
「ああ、そうだ」
焼けた魚を少女の為に切り分けつつ、アルルがどこからか持ってきた葉っぱに彼女のための果実を切り分け載せる。
「はいこれ」
アルルはぺっと先ほど食べた果実の種を口から吐き出した。
「これを地面に植えて[木魔法]の[成長促進]を使ってくれ」
「.....」
涎塗れの種を見て少し引くクロウ。こういう所は動物らしいと言うかなんというか。
「どうした?植えないのか?」
「[水魔法]」
覚えたての水魔法で触れる前に一度水洗いをし、それから手に取って近くの空いた場所に植える。
「[木魔法・成長促進]」
魔法を使用し終わった瞬間、ぴょこんと芽が生えてきた。
【[栽培D]を手に入れました】
[栽培D]:少しだけ植物の栽培が得意になる
【[木魔法][栽培][魔力支配]を確認。[豊穣D]を習得しました】
[豊穣D]:少しだけ収穫する植物の量を増やす
「[豊穣]」
収穫前に使う魔法スキルのようで、早速出てきた新芽に使用しておく。
「どうやら生活系魔法はからっきしのようだな」
クククといたずらっぽく笑うアルル。こればっかりは以前から戦い戦いばかりのゲーム内生活だったので、こういう方面はさっぱりだ。
「君に教える方向性が決まったよ」
にやにやするアルルの顔面が少し腹立ったので、水魔法で作り出した小さい水球をぶつけ、そのまま[エアロマニューバ]で上空へ飛び上がり、今度は森の西へと向かった。
「ゴゴゴゴゴ」
黄土色の地面がぼっかりと森の中に現れた。どうやら土の精霊と思わしき存在がいるようで、ふよふよと周囲を漂う黄色の光は、地面にひゅんともぐりこんだと思うと、ゴゴゴと言う大きな音と共に大きな土ゴーレムを出現させた。
「[魔力支配]」
いつもの方法で一瞬で終わると思ったが、土ゴーレムは特に影響を受けた様子もなくクロウに襲い掛かってきた。
「そうか、魔力ではなく精霊が」
大振りなゴーレムの攻撃を回避しつつ、[エアロマニューバ]で上空に飛び上がり、そのまま魔力をジェットエンジンのように噴出し、滞空する。
「[虚無砲・小]」
[龍化]させた右腕から容赦なく一発打ち込む。ゴーレムの身体半分が消し飛んだが、足元から土を吸収してかけた部分を再生した。
「なら、[水魔法・大水球]」
龍化した腕で巨大な水球を生み出し、そのまま土ゴーレムにぶつける。どうやら水が弱点のようで、必死に回避しようとして身をよじったが、間に合うはずもなくもろに大水球を喰らう。全身が泥になり、どろどろと溶けていく土ゴーレム。流石に土を喰う予定はないので、どうやって土魔法を習得しようと迷っていると、泥の中から力なくふよふよと先ほどの土の精霊らしき光の球が再び出現した。
「待て」
再び乾いた土の中へ潜ろうとする精霊を[エアロマニューバ]で一瞬で接近し、[龍化]している腕で容赦なく掴みかかる。問答無用で口に放り入れるか迷っていると、弱々しいテレパシーが脳内に届いた。
「タ、タベナイデ」
「ん?」
「タベナイデ、クダサイ」
「テレパシーか、すごいな」
「タベナイデ」
「代わりにじゃあ土魔法を教えてくれ」
「オシエタラ、タベナイ?」
「食べない」
土の精霊は一瞬腕に潜り込んだと思うと、クロウの脳内にシステム音が響いた。
【[土魔法]を習得しました】
「ありがとう、じゃあね」
優しく掴んでいた手を開き、土の精霊を逃がす。ふよふよと精霊が遠ざかったのを確認すると、クロウはアルル達の元へ戻る事にした。
「ただいま」
「クロー!」
少し日が傾きそうな頃、再び戻ってきたクロウは、先程の植えた種の様子を見に行った。
「もう伸びてきたのか」
「ええ、[成長促進]のおかげね。[土魔法]は習得できたの?」
「おう」
「じゃあしばらくは魔法の訓練ね、ついでに近接格闘も教えるわ」
「できるのか?」
「もちろん」
「他にも礼儀作法もね」
「いやそういうのは」
「ダメよ、今後の事を考えなさい」
強引に迫るアルルに根負けしたクロウ。再び[成長促進]と[豊穣]を以前植えた種に使う。名前からしてずっと使用していればすぐに実りそうなので、右手で[成長促進]左手で[豊穣]を使う。数時間後、太陽が地平線に顔を隠しそうな時間、大きく伸びた木々には、見事に見た事のある赤い果実と青い果実が実っていた。それもかなりの数。
「おー、綺麗に実ったな」
アルルは杖でコンと木の幹を叩くと、いくつか赤い果実と青い果実が降ってきた。
「ふむ、今日はこれを食べようか」
「クロー!ごはーん!」
「はいはい、すぐ作ります」
「そうだ、はいこれ」
アルルは黒い粒のようなものを差し出した。
「胡椒だ、握りつぶして肉に振りかけろ」
「ん?ああ、[料理]スキルか」
近くで干していた魚の切り身を熱した石の上で焼き、貰った胡椒の握りつぶして魚の切り身に振りかける。
【[料理D]を獲得しました】
[料理D]:簡単な料理を作る事が出来る
スキルを習得した瞬間、脳内に簡単なレシピが数個浮かび上がる。
「ふむ、簡単だがこれくらいなら作れそうだな」
基本的には焼き料理になるが、焼き魚と焼きリンゴを作り、それを3人の夕食にした。
夜、日が沈み、辺り一帯が真っ暗になってくらいの時間、クロウは[エアロマニューバ]で森の南西へと飛んでいく。しばらく飛んでいると、薄く発光する霊体がふよふよしているエリアにたどり着いた。
「ここか」
降り立った瞬間、生きた人間を見つけたせいか、怨霊はすぐさま恐ろしい見た目で襲い掛かってくるが、[龍化]した両腕で切り裂くと、なぜか消滅せずにクロウに吸収されていった。
「うおなんだ!?」
流石に自分で意識せずに怨霊を吸収するのは想定外なので、驚きを隠せないが、どうやらこの怨霊達も生前はかなり強い人間だったようで、[闇魔法]だけではなく、[騎乗D][剣盾D][大剣D][短剣D][野外生存D][鍛冶D][裁縫D]を手に入れた。
[騎乗D]:あらゆる乗り物に少しだけ上手に乗れる
[剣盾D]:剣と盾を同時に使った戦闘に少しだけ得意になる。
[大剣D]:大剣を少しだけ上手に使える
[短剣D]:短剣を少しだけ上手に使える
[野外生存D]:少しだけ野外での生存が得意になる
[鍛冶D]:少しだけ鍛冶が得意になる
[裁縫D]:少しだけ裁縫が得意になる
怨霊を吸収した時、同時に彼ら彼女らの生前の記憶も手に入れたので、それを頼りに彼らの死体をきちんと埋葬しようと思い、再び[エアロマニューバ]で飛び上がった。