魔獣の森Ⅲ
日が沈み、夜にもなった頃、すっかりと霊鹿も少し良くなったようで、一度大きな声で鳴くと、近くの魔力源が次々と逃げるように遠ざかっていった。
「おお、流石だな」
(ええ、これでもこの森ではヌシの一角よ)
「!?」
鈴の音のような綺麗な女性の声が脳内に響く。思わず声をする方と見ると、目を細めて笑う霊鹿がこちらを向いていた。
「喋れるのか?」
「自力で覚えたわ」
「いや凄いな」
もはや特に抵抗なくクロウと人語を話す霊鹿。
「ありがとう、最初は死神が迎えに来たと思ったけど、案外優しいのねあなた」
「なんでだよ」
「いやだって、あなたみたいな存在を見たのは初めてよ」
「俺の事どんな存在だと思ってるの?」
「数えきれない程の悪魔の血と龍と魔神の血を持つ化け物ね」
「これには深い訳が」
「分かるわよ、おおよそ先日崩壊したあの悪魔崇拝者の施設から逃げ出したんでしょうね」
「分かるのか?」
「分かるわよ、彼女、無理矢理、それもかなり乱雑に吸血鬼の心臓を移植されたのでしょう?」
「やっぱりか」
「ええ、でも奇跡的に適合しているわ。人造吸血鬼は久しぶりに見たわね、しかも【君主級】の、よく爆発四散しなかったわよね彼女」
「ま、そうならないようにかなり吸ってたし」
「恐らくそのおかげでしょうね、もう数年すれば彼女は完全に【半吸血鬼】になるわ。それ以外にも色々あるみたいだけど、弱すぎて全部同化されちゃったみたい」
「良かった」
「ただ彼女も【魔族】には代わりないわよ」
「俺もだな」
こればっかりは苦笑せざる負えない。
「それで、あなたは何が欲しいのかしら」
「?」
「いえ、人間とは、代償を求めて他者に施しをするものなのでは?もはやあなたの人間の要素は少ししか残っていないけど、それくらいの感性はまだあるのでしょう?」
「まあしいて言えば、ただ魔獣に襲われたくない拠点が欲しかっただけだからな、近くで眠らせてくれればそれで良いよ」
「そのくらいでいいの?」
「うん」
「分かったわ、他には?」
「他?」
「ええ、雷熊を助けてくれたの代償は?まさか私の身体!?」
器用に前足で自分の首元?を隠す霊鹿
「なわけないだろ!意外と器用だなお前!」
「ふふ、冗談よ、特にないなら...」
リン、と声からして女性と思わしき霊鹿は角を鳴らすと、魔法のように空に浮かぶ月光を集め、人間の姿に変身した。
「この姿は久しぶりね」
純白の長い髪に、ターコイズブルーの瞳、エルフ族の民族衣装に似た長い全身を覆う麻色の服を身に着けた彼女は、膝に優しく少女を頭をのせ、すやすやと寝息を立てる彼女の頭を優しく撫でた。
「【森の賢者シトラリ・アルル】が貴方の師匠になりましょう」
自慢げに「むふー」とポーズを取る彼女は、どうやら自分の師匠になってくれるようだ。
翌朝、早速朝食を終えた3人は修業を始める事にした。
「あなたはもう既に十分強いから、教える事あんまりないんだよね」
「じゃあ魔法」
「何魔法?」
「水と雷と土と光と闇」
「強欲ね」
「せっかくならね」
アルルはどこからか取り出した杖を手に持ち、地面をコンと叩くと、波のような魔力波が森中を広がっていった。
「水ならここから東に行った大きな湖の中の魚類魔獣、雷も同じ湖の中に雷魚がいるわ、土はここから西の崖の下に自然発生した土のゴーレムが、闇属性は夜の森の南西方向に怨霊達がいるから、彼らね。光は、難しいわね」
「え、なんで」
「あなたみたいな【悪魔宿し】は光魔法のスクロールも光の魔法書も使えないから、それこそ天使クラスの神聖生物を倒して喰らうしかないわね。もちろん野生の天使なんているわけもないし」
「それもそうだな」
「そういうわけだから、自分で狩ってくる事ね。私はまずは彼女に言葉を教える事から始めるわ」
「面倒見てくれるのか」
「そのつもりよ」
「助かる」
「じゃ、私ベジタリアンだからよろしくね」
「え?」
「食事よ、帰り道すがら野菜と果物をお願いするわ」
「ったく、分かったよ」
クロウが魔獣の肉を喰らう前提で魔法習得を進めてくるアルル、どうやらこれも[龍種の血]のおかげらしい。まずは東に行き、水魔法と雷魔法を習得する事にした。【限定龍化・背】を発動して翼を生やし、[飛行][突進][消音][隠蔽]を使用して一度森の上空まで飛び上がる。ぼっかりと空いた湖を見つけたので、そのまま東へ東へと飛んでいく。いくつものスキルを無理矢理同時に使用しているせいか、MPはかなりの勢いで消費されていく。なので下の方の通りすがりの魔獣の魔力を半分ほど吸収しながら、全力で湖の方へとたどり着くことに成功した。
「ギギ?ギギギギ!!」
魚人のような見た目をした魔獣が何体も湖の周りを巡回していた。
「[木魔法][火魔法]」
地面から蔦を生やし、魚人の見た目をした魔獣達を拘束する。そしてその蔦を着火剤に、火魔法で蔦ごと魚人達を燃やす。自ら魔法で生み出した火なので、魚人達が息絶えたのを確認し、そのまま解体する。巡回の魚人達を4体食べ終えたくらいで、湖から増援と言わんばかりに何体も魚人が現れた。
「[魔力支配][火魔法][木魔法]」
魔力を持つ魔獣達の源へ直接干渉する。魚人の魔力源を無理矢理圧縮し、全て火魔法に変換、開放してみる。
「ギッ!」
増援の魚人の腹部が内部から爆発し、そのまま全身が燃えていく。内臓の処理がめんどくさかったので、丸ごと吹っ飛ばせば手間が省けると思って試したが、思惑通りに行って上機嫌になったクロウだ。追加で20体程食べ終えた辺りで念願の[水魔法D]を習得したので、早速湖の最深部に眠る巨大なナマズのような魔獣に[水魔法]で衝撃を加え続ける。
「ヌオーー」
湖の水が半分くらい減ったんじゃないかと思うほどの勢いで巨大ナマズが水底から姿を現した。
「【限定龍化・腕】[虚無砲・小]」
右腕を[龍化]し、躊躇い無くナマズの巨体目掛けて小さい[虚無砲]を打ち込む。
「ヌオォオオオ!」
ぶるっとその巨体を振い、雷魔法で[虚無砲]に抵抗しようとしたが、一瞬の拮抗も敵わずそのまま漆黒のビームに脳味噌を消滅させられた。
「少し手間取るなこれ」
水の中から引きずり出して分かったが、全長4mを超えるこの巨大電気ナマズの解体には少し時間がかかった。だが、諦めずに最後まで食べ尽くした結果、先の雷熊も相まって、きちんと[雷魔法]を習得できた。
「あっ、風魔法まだだったわ」
電気ナマズを全て食べ終え、[食い貯め]のスキルがランクアップした頃、風魔法の習得についてアルルに聞くのを忘れていた事に気が付いたが、湖の上に丁度風魔法らしき魔法で飛んでいる青い鳥の魔獣達を複数体見つけたので、いつものように魔力を吸い尽くして地に落とすと、8体程食べ終えた時に習得できた。
【[魔力支配][飛行][火魔法][風魔法]を確認。[飛行]が[エアロマニューバD]に変化しました】
[エアロマニューバD]:短い間低い高さを超高速で飛ぶ
新しくなった空飛ぶスキル[エアロマニューバ]を試しに使ってみる。音速に近い速度でいきなり上空へ飛び上がり、轟音と共にマッハに近い速度で自由自在に空を飛ぶ感覚は、思わず自分が現代のジェット航空機になった気持ちだ。一分程超高速で飛び終えた後、再び地面に着地したクロウは、堪らず先ほど食べた物を嘔吐してしまった。
「これ慣れないと滅茶苦茶キツイわ」
いきなり全力で飛ぶのではなく、まずは自分が耐えきれる程の速度で飛んで帰る事にした。