魔獣の森Ⅱ
「[魔力支配]」
もう何度目か忘れたが、夜の森はチャンスと言わんばかりに、魔獣達が無数に襲い掛かってくる。すやすやと眠る少女を他所に、クロウは魔力を持つ魔獣は全て絶命するまでその魔力を吸い尽くし、魔力を持たない獣は龍化した腕で自ら叩き伏せていた。それから数時間、日が昇り、他の魔獣が逃げ始める頃、周囲一帯は死屍累々という凄惨な様子になっていた。
「[解体]の熟練度上げのためだ、よし」
少しだけ地面に座り、以前の赤い果実を一つ食べ、再び立ち上がる。まずは近くの魔獣を一か所に集め、一体ずつ丁寧に解体していく。20体を超えた時点で少女の目が覚めたようなので、一旦休憩しながら再び竈と篝火に火を付ける。彼女は川で顔を洗い終えた後、昨晩倒したばかりの魔獣の首元へと噛みつき、血を飲み始めた。
「随分と吸血鬼らしくなってきたな」
魔獣の血を飲むようになってから、彼女の見た目を含め、随分とヴァンパイアらしくなってきた。今ではなんの躊躇いもなく魔獣の血を飲むようになったし、少しだけだが言葉も話せるようになってきた。
「ト、トイレ」
「はい、いってらっしゃい」
かれこれ魔獣の森に入ってから3日。未だにやたら魔獣に襲われる点を除けば、随分と住みやすくなってきた。
【[解体]がBランクになりました】
太陽が真上になる頃、ようやく昨晩の分の魔獣を全て解体し終わり、[解体]スキルもBに上がった。
[解体B]:魔物の解体が得意になる。
今では最初に比べてかなり解体も手早くなり、大きな魔獣でも数分で綺麗に余すことなく解体できるようになっていた。それだけではなく、新しいスキルや魔法もいくつか獲得している。
魔犀から[硬化D][突進D]
魔豚から[超回復D][食い貯めD]
魔鹿から[木魔法D][頭突きD]
魔犬から[追跡D][噛みつきD]
魔猿から[怪力D][投擲D]
魔猫から[消音D][隠蔽D]
魔虎から[威嚇D][威圧D]
を手に入れていた。
[硬化D]:短時間身体を硬化させ、防御力を少し上げる
[突進D]:短い距離を少しだけ突進する
[超回復D]:HP0.001/秒回復
[食い貯めD]:少しだけ多めに食事をとる事が出来る
[木魔法D]:簡単な木属性魔法を使用できる
[頭突きD]:少しだけ上手に頭突きをする
[追跡D]:対象1体の痕跡を2回見つける
[噛みつきD]:少しだけ強めに噛みつく
[怪力D]:短時間力が増し、攻撃力を少し上げる
[投擲D]:手にした物を少しだけ上手に放り投げる
[消音D]:短時間自身から発せられる音を少しだけ消す
[隠蔽D]:短時間少しだけ自身を隠す
[威嚇D]:短時間少しだけ相手を威嚇する
[威圧D]:短時間少しだけ相手を威圧する
数多くの魔獣のスキルや魔法を手に入れ、そろそろ森での生活にも慣れてきた頃、新しく拠点を移す事にした。と言うのも、最近森の更に奥に、巨大な魔力源を見つけたからだ。非常に大きな魔獣であり、龍種ではないが、この森でもかなり強い魔獣に含まれるのだろう。同時にその魔獣の周囲には並みの魔獣も寄り付かず、その魔獣が自ら周囲の魔獣を狩る事もないので、恐らく草食獣の可能性もあった。こうして毎晩魔獣に襲われてはまともに休むこともできないので、その魔力源歩き出すことにした。
「よし、行くか」
「うん」
少女の手を取り、魔力源へと歩き出す。どうやら川の上流にいるようで、このまま2人で川に沿って歩けばたどり着けるようだ。川の上流に進めば進むほど魔獣の数が少なくなっていた。おかげで特に困らず上流にたどり着いた。
「ほるるるる」
川の上流、少し開けた自然の広場に、血を流した大きな純白の霊鹿が寝転がっていた。頭からはクリスタルのような角が生えており、全長数10mを超えるであろうその身体は首を起こして精一杯の声を出す事しかできなかった。
「きれー」
横の歩く少女は思わず声を出す、確かにその純白の毛皮に宝石のような大きな角は見る人をうっとりとさせてしまうが、それよりもその霊鹿の腹部の悍ましい傷跡がなんとも痛々しい。
「ゆっくり近付こう」
クロウはなるべく殺気を消し、できるだけ敵意を消し、少しずつ、少しずつ目の前の大きな存在に近づて行った。
「大丈夫だ、攻撃はしない」
少しずつ近づいていく。ゆっくりと、ゆっくりと近づき、クロウは手を伸ばして傷口の上に手のひらを翳した。[木魔法]の一つである[簡易治癒]、非常に微量のHPしか回復できないが、隠し効果として対象の自然治癒力を向上させる効果もある。最初に[簡易治癒]を発動した時、驚いて立ち上がろうと身じろいだが、傷口に緑色の優しい魔力が集まってきたのを感じたら、再び落ち着いて座りなおした。
「赤い果実まだある?」
「ある」
「食べさせてあげて」
「分かった」
少女は魔獣の皮で作った簡易バッグから以前食べた赤い果実を取り出し、小さい手でゴシゴシと表面を綺麗にしてから、ゆっくりと口元へ差し出した。最初は警戒するようにくんくんとその果実の匂いを嗅いだが、毒がない事に気が付くと、舌を出してぺろりと上手に果実を口に入れた。もぐもぐと食べ終えた後、再び少女に顔を近づけ、「ほるるる」と綺麗な声でおかわりを要求した。
「あげていい?」
「おう、いいぞ」
少女はもう一つ果実を取り出す、同じように差し出すと、器用に再び舌で果実を口に入れる。
「気に入ったみたいだな」
「ほるるる」
すっかり彼女とは打ち解けたようで、今度は果実ではなく、少女の顔をぺろぺろと舐めだした。
「えへへ」
少女も自然と顔を優しく撫でる。すっかり2人は仲良くなったようで、[簡易治癒]を終えた後、次は[魔力支配]で傷口付近の汚染された魔力を欝血と共に血抜きをし、向上した自己治癒力と共に巡りの悪くなっていた魔力も一緒に循環させることにした。第二の血液ともいえる魔力は、綺麗に循環させるだけでこれまら自己治癒力を向上させる効果、更には免疫力を向上させる効果もある。
「ぐおおおおおお!」
クロウ達の後ろから大きな熊の鳴き声が聞こえる。同時に雷の落ちる轟音も響いた。
「雷獣?いや、雷熊か」
ただ体内に魔力を持つだけではなく、その魔力を使って魔法を使用する事を覚えた、通常より数段強力な特殊な魔獣。覚えた魔法により、いつもと違う特性が発現したりしている場合があり、危険度は非常に高くなっていると言えるが
「[魔力支配]」
「こほっ」
空気が抜ける風船のように、一瞬で魔力を枯渇させられた雷熊は、びくびくとその場に倒れ、気絶するしかなかった。
「流石に肉は食べないでしょ?」
「ほるる」
首を縦にぶんぶんと振る霊鹿は、まるで人語を理解しているようだった。流石に穏やかな草食獣に解体などと言う血腥い様子を見せるわけにはいかないので、少し離れた場所へ行き、すいすいと雷獣を分解した。