幕間-ベレンツァ領訪問
クロエ達との夕食を終えた翌日、クロウと小宵は自らの屋敷に鍵をかけ、2人でクロエを勧誘したという第一王子派閥の、ベレンツァ領へ向かう事にした。正直今でもなんでクロエが急にそんな事を言ったのか、どうして彼女は加担しなければいけなかったのか、恐らく彼女もベレンツァ卿に恩義を感じているし、事実最近ライネルクロスやその他クロウのアドバイスによって以前とは比べ物にならないほど力をつけたのもあるのだろう。彼女は彼女なりに凄く思い切った決断をしたと思う。
「内戦...か」
亜音速でベレンツァ領へ小宵と共に、飛行しながら、クロウはそう独り言ちた。いきなりワームホールでベレンツァ領へ向かわないのは、クロウがゴエティアシステムのアップデートをしているからだ。作ったばかりだが、クロエ達の決断を聞いた後では今のままではいられないと思ったからだ。
「私はどこまでも旦那様についていきます」
後ろを飛んでいた小宵がこっそりテレパシーでそう言ってくる。
「頼りになるな、お前は」
「もちろんです」
ふふんと胸を張る彼女の姿が、後ろを振り返らなくても分かる。
「あっ、そろそろ着くみたい」
10分程飛んでいると、今のライネル領より少し小さい街が見えてきた。いきなり領内に侵入するのはまずいので[幻術]で自分を一般的な旅商人に、小宵をその御伴に見えるように幻像を重ねておく。よほどのスキルがない限り簡単には見破れないだろう。
「こんにちは、ライネル領から来ました。えへへ、私もライネルクロスを少々」
街へ入る守衛にライネルクロスを見せ、難なく街へ入るクロウと小宵
【ようこそイリアス戦記へ!】
【最初の街にたどり着いたね!まずは商店へ向かい、武器を買おう!】
「!?」
遅すぎるチュートリアルような通知がクロウの目の前に出現する。あまりのポップアップの数に
【初めての武器を獲得したね!まずは手ごろなモンスターを倒してみよう!】
【初めてのモンスターおめでとう!次は教会に行って職業を獲得しよう!】
煩わしい程溢れ出るポップアップを片っ端から消していくクロウ。はたから見ると突如空中を指差すやばい奴に見えるクロウだが、ベレンツァ領にいる人は特にそれを気にしなかった。しばらくしてようやく視界がすっきりした後、クロウは横で心配そうにしている小宵を宥め、再び大通りへと歩き出した。本当はこのまま2人で姿を隠してベレンツァ卿へ会いに行こうかと思っているが、そんな事をしたらクロエ達に迷惑をかけるかもしれないので、今日は領内の様子だけ見てみる事にする。
「ここらへんでいいか」
商店通りらしき場所へたどり着いた2人は、露天商が多く立ち並ぶエリアまで進んでいく。
【露店エリアへようこそ!開いている区画に入って、持ち物を開いてアイテムを売ってみよう!】
再び自己主張の強いポップアップを閉じて、クロウは空いた販売スペースに早速足を踏み入れる。すると、突如どこからかごとりと机と椅子が現れた。机は大きな木の机で、周りを見てみると、他のNPC達は机に売りたい商品を並べているようだ。クロウも彼らに習って持参した中級ライネルクロスをいくつか取り出す。ほとんど手ぬぐいやハンカチ、数着のシャツにタオルと、あまり大きな利益は望めないが、当たり障りない物を売る事にした。
「お?兄ちゃん、そいつはライネルクロスかい、見てみてもいいか?」
「はい、どぞどぞ」
アイテムを机に綺麗に並べて、値段を明記してから数十分が経過した頃、一人の男性がクロウに話しかけた。
「この手ぬぐい、やっぱりライネルクロスは良いね、最近仕事で破いちまったばかりで、これいくらだい?」
「銅貨10枚です」
「うーん、6枚」
「9枚で」
「もう一声、7枚」
「じゃあ7枚でお売りしましょう」
同時に内心で[思考操作]を発動する。
「ありがとう!はいこれ銅貨7枚ね」
男性から銅貨7枚を受け取るクロウ。同時に周囲に怪しまれないように、目の前の男性にいくつか質問をする。
「ちなみに、以前の手ぬぐいはどうして破れちゃったんですか?」
「いやなに、最近やたら領主様が大規模な兵営をいくつも作り出してな。俺も作業員としてあっちこっちに駆り出されて、設営の手伝いをしてんだ。なんだか物騒な事になってるらしいけど、俺達も何が起きてるかさっぱり。ただ、来年に向けて大量の兵営に、新兵なんかも招集しているらしい。物騒だねぇ」
「そうなんだ、教えてくれてありがとう、これはおまけだよ」
[思考操作]で彼が話す以上の情報を直接脳内から獲得するクロウ。おまけのタオルも彼に渡し、目の前の男性には、いつも通りの生活に戻り、数日後には自分達の姿を完全忘却するように、遅効性の[闇魔法・メモリースナッチ]を使用しておいた。
「そろそろ戻るか、小宵」
「了解しました、旦那様」
4人目に客に残りのアイテムを全て売りつけ、クロウ達は片付けを開始する。と言っても、もう何も残っていないので、ただ一歩販売スペースから外へ出るだけで、先ほどまで出現していた机と椅子はどこかへ消えてしまった。
「やっぱり少し街を散策してから帰ろう」
このままぱっと変えるには少し味気なかったので、ここで得られた情報を脳内でまとめつつ小宵と街を少し散策するクロウ。先ほど得られた情報の中で、重要な情報は4つ。
・大規模な新兵招集と大規模な新兵営の設立
・グラユウス領との友好通商条約の締結
・ベレンツァ中央領とフェンデル伯爵領の相互不可侵条約
・来年の年度初めにベレンツァ直接統治領の放棄
主にクロウが違和感を感じたのはこの中の3つ。友好通商に相互不可侵条約、そして直接統治領の放棄だ。
まずはグラユウス領との相互通商条約。グラユウス領はライネル領とは真反対にいるため、どんな場所か分からないが、噂によれば武器や装備販売、そして大きな冒険者ギルドがある場所で、異世界人や傭兵団にも友好的な場所だという。通商と言うからには、グラユウス領から何かを買い、グラユウス領には何かを売っている事になると思うが、予想できるのは1つ。武器だ。
今のベレンツァ領内の武器屋、防具屋に売られているアイテムは、質の高さの割にかなり安い。同時に食料販売点ではモンスターの肉が非常に高い値段で買い取りされている。モンスター、魔力を持たない獣モドキと言うべき存在か、好き好んでこんなものの肉を食う事はそうそうないが、どうしてか領内では高額で買い取りされている。恐らくは干し肉等の保存できるレーションにするつもりなのだろう。
次にフェンデル伯爵領との相互不可侵条約。最初聞いた時は耳を疑った。格上である候爵が格下である伯爵と平等な立場での相互不可侵条約。普通ならばありえない話であるが、それをベレンツァ卿とフェンデル卿が結んだ理由がある。恐らく1つは、ベレンツァ卿は全力で内戦に参戦するため、背後から奇襲されないために、フェンデル卿を条約を持ってして縛り付けておく事。これに付随して3つ目の点である直接統治領の放棄。恐らくフェンデル卿はベレンツァ卿とその不可侵条約を結ぶ際に、ライネル領との緩衝地帯になっていたこの直接統治領からベレンツァ卿の勢力を撤退させる事を条件にしたのだろう。きっとベレンツァ卿も背に腹は代えられなかった。そりゃそうだ。自分の指示する第一王子の命と、魔獣の森を食い止めているだけの小娘と老いぼれの命。どちらが重いかで言ったら王子の命に違いない。
「もう少し器用に動けなかったのかなぁ?」
守衛に挨拶をし、ベレンツァ領から少し離れた場所まで歩いて、[幻術]を解除するクロウ。脳内で考え事をしながら歩いていたので、気がついたら結構街から出て遠くまで歩いてきてしまっていた。そしてそんな長い時間をかけてクロウがベレンツァ侯爵に対して出した結論を出したのは、
「律儀な人だなぁ」
と言う一言だった。周囲に自分達以外誰もいない事を確認して、クロウは屋敷へ戻るためのワームホールを開く。あえて正門は開錠せず、未だに外出中と言う事にしておいた。
「小宵、夜ご飯の準備お願い」
「承知いたしました」
一瞬でキッチンへ転移する小宵。クロウは自分の執務室への階段を上りつつ、今日からの約1年、何ができるかを考えた。
「律儀なベレンツァ卿に、クソ真面目なクロエ、お人よしなクララか」
正直当初は、アルルに言われて、あくまで魔獣の森でいつも香辛料等を贈ってくれた礼代わりに、少し手助けをしようと思っていたくらいだったが、気がついたらもうここに7年弱もいる。
「今更全て放り出して、また魔獣の森に戻るってのも、後味悪いよなぁ」
執務室のリクライニング式椅子に背中を預け、目を閉じれば、初めてクロエに会った時の情景がありありと思い浮かぶ。
「ったく、俺も人の事言ってられねぇか」
クロウはぼりぼりとぶっきらぼうに自分の後頭部をかいた。そして机の引き出しから、まだ書き途中の企画書と原稿の束を取り出す。
「まあ、ここまでやってきたんだ。せめて自衛くらいはできないとな」
クロウは企画書と原稿の束を開き、続きを書き込みだす。それぞれ名前は、
【人造英雄と不死の軍隊】
【VRMMOにおける現代戦術の指南書】
【魔素エネルギーと産業革新について】
後にこれらの完成した企画書と原稿は1年後の【第一次ライネル・フェンデル戦争】と言う実戦をもってその有用性が実証されるが、その難解さと時代を先行し過ぎてアイデアのせいで、のちのプレイヤーとNPCからは【グリモワール】に分類させる書物が、着々と生み出されようとしていた。




