魔獣の森Ⅰ
泣き疲れて眠ってしまった少女を抱きかかえて、森の中の進んでいく。そこかしこから猛獣の嘶き声や怪鳥の鳴き声が聞こえるこんな危険な森の中でも、彼女はすやすやと眠っていた。
「流れで連れてきたけど、どうしようかな」
別にここで彼女を見捨てて一人で森の中を生きていくのも良いが、ここまで一緒に来たので、あの日初めて彼女にスープとパンを差し出した責任もある。彼女が一人立ちするまでは面倒を見る事にした。
「がるるるるる」
上空からトラのような威嚇声が聞こえる。先ほどから[魔力支配]の探知範囲内には既に4体の大きなネコ科動物のような生き物を感知していた。
「[魔力吸収]」
一瞬で頭上の木でこちらを威嚇する魔獣達のMPを極限まで吸い尽くす。完全に意識が飛んでいるようで、バタバタと頭上から力を失って地面に激突した。
「意外と丈夫だな」
碌な着地もせずに、その半身をかなりの高所から地面にぶつけたはずだが、意外にも瀕死状態でまだ一息残っていた。右腕を[龍化]し、瀕死の豹の頭部を吹き飛ばした。
【魔豹を討伐しました】
脳内システム音が響く。どうやら魔力を宿す豹、魔豹と呼ばれる魔獣のようだ。残った魔豹も全て倒し、[龍化]した右腕の爪で丁寧にその死体を解体していく。流石に少し血腥いと思ったが、背中の少女はその臭いで目が覚めてしまったようだ。
「あー!あ!」
彼女はぴょんと飛び降りると、躊躇いなく血の滴る魔豹の肉に齧り付いた。[魔力支配]で彼女の食事を観察すると、どうやら魔豹の肉に宿る魔力を肉や血を媒体に吸収しているようだ。生肉はお腹を壊さないのだろうかと思ったが、数分後泣きながらお腹を押さえる彼女を見て、次はきちんと焼いてから彼女に渡そうと思った。手ごろな葉っぱを彼女に渡し、少し遠くで彼女が用を足したのを確認すると、彼女と一緒にまずは水源を探し始めた。プレイヤーには当然のようにアイテムボックスなどのスキルや魔法があると思ったが、どうやらそれほど甘いゲームではないようで、仕方なく残った分はクロウが全部食べ尽くした。そして食べ尽くして気が付いたが、[龍種の血]が最初に発現したせいか、以前よりも更に食欲が増しており、身体の丈夫さも増えている。さらには魔獣の肉を食らう事で恐らくだが、その魔獣のもつスキルも習得できるようだ。
「[木登りC]」
魔豹3体を食べた結果、[木登りC]と言うスキルを手に入れた。
[木登りC]:低い木を少しだけ上手に登る事ができる
数m程度の木登りなら難なく登る事が出来るようになったが、正直ジャンプした方が早いので、木の上の果実を取る時以外あまり使ってない。
「はい、これなら食べられるんじゃないか?」
森を更に奥に行き、蔦が巻き付いている木を見つけたので、手ごろな蔦をいくつか頂戴しつつ、木の上の赤い果実に魔力が含まれていたので、早速[木登り]ですいすいと上まで登り、4つほど果実を頂戴した後、そのままジャンプして飛び降りた。
「あーむ...ん!」
念のため先に一口齧ったが、特に毒も内容なので、爪で果実を小さな一切れに切断して、少女に渡す。彼女も果実の甘い味と瑞々しさに舌鼓を打ったようで、もっともっととせがんでくる彼女に、残った果実を丸ごと渡した。
「ん?んん?あ?」
果実を食べ終えた彼女は何やら自分のお腹を擦っていた。不思議に思って中まで見ていると、どうやら以前の乱雑な手術跡が消えたようだ。
「よしよし、もう痛くなくなったのか?」
「あ!」
彼女は嬉しそうに返事をする。もしかしたらあの果実には傷を癒す効果があるかもしれないので、再び[木登り]をして、多めに頂戴しておくことにした。
2人で果実を食べつつ、水源を探す道を少し修正する。先ほどから遠くで小さな鹿のような動物が複数、頭を下げて舌をぺろぺろと出しているのを感知したので、近くに小さな川があるのかもしれない。
「あったわ」
綺麗な川のせせらぎ音が聞こえる。肌に少し感じる水気と、目で見ても分かるほど透き通った川水は、それだけで安心感をもたらした。
「待った待った」
川に飛び込もうとする彼女を制止しつつ、まずはクロウが一口飲む。魚もいくつか泳いでいるようなので、自分で飲んだ感じも特に腹を下す事も無さそうなので、少女にも一口飲ませた。ヴァンパイアと龍の特性がそれぞれ発現しつつある2人だからこうしてなんの躊躇い無く飲めるのかもしれないが、ここを暫く拠点にするのは良さそうだ。
「次は2人の家を作ろう」
とりあえず水源が見つかったので、近くで小さい拠点を作る事にした。幸い黄緑色の食べられる果実も近くにいくつは生えた木があるので、水源から5分ほど離れた、少し平になった場所にすることにした。
「[限定龍化・喉]【集え】」
全生物の頂点に位置する種族の一つ、【龍】
先の戦闘で特性の凡そ30%が発現したクロウは、限定的にその力を引き出す事が出来る。[龍化]と言うスキルを手に入れていた。ランクで言えばまだ[龍化D]だが、限定的に使用する。
[龍化D]:短い時間、限定的に龍の特性を発現させられる
例えば今回の場合は【喉】を発現させれば、強力な言霊に近しい力を行使する事も可能になった。周囲の魔力を持つ魔物や魔獣が抗えない力に引っ張られるように近づいてくる。目視できるだけでも先ほどの魔豹や魔鹿、魔猪に魔犬、更には数体の魔犀に魔鳥まで声を上げつつ出現した。
「[魔力支配]」
以前と同様、1%程残るくらいまで魔力を吸収し、力を失った魔獣達に止めを刺していく。
【[解体D]を手に入れました】
20体程魔獣を解体すると、ようやっと[解体]スキルを手に入れた。
[解体D]:少しだけ魔獣の解体が得意になる。
残りの解体はスキルの効果もあり、すいすいと手早く進める事が出来た。以前のようにそのまま彼女に肉を食わせてはまた腹を下すので、赤い羽根の生えた鳥の肉を食べつつ、まずは彼女に血だけを飲ませる事にした。6体程の鳥を食べ尽くした後、再び脳内にシステム音が響いた。
【[飛行][火魔法][パニック]を手に入れました】
[飛行D]:短い間低い高さを飛ぶ
[火魔法D]:簡単な火属性魔法を使用できる
[パニックD]:対象1体を低い確率で短い間【パニック状態】に陥れる
想定通り、見た目から[火魔法]を使いそうな魔獣を食べ終え、ようやく火属性魔法を習得した。地面を綺麗にし、近くから石と乾いた木の枝を持ってくる。見様見真似で小さな篝火を作った。
「あー!」
久しぶりに暖かい火を見たのだろう、少女は両手を火の方へ掲げ、暖を取っていた。その間、絶えないように枝を更に数本追加し、今度は石で小さな竈を作り始めた。爪で石を薄く割り、その石を一番上に置き、他の石もなるべく四角に形を整え、積み上げていく。おおよその形が出来上がった頃、こちらも同様に火を付ける。
小さくとだが、煌々と燃え上がる火は、光と安心を2人にもたらした。近くの川で綺麗に洗った、薄く割った石を火の上に置く。水気が飛び、十分に熱されたのを見て、解体したばかりの魔獣の肉を小さく切り分け、石の上にくべた。
「あー!」
ジューと肉の焼ける音につられ、ごくごくと美味しそうに魔獣の血を飲んでいた少女もこちらへとてとてと駆け寄ってきた。
「熱いからゆっくりな」
味付けは何もないが、2人は深い森の中、しばらくぶりの暖かい食事にありついた。