ライネル領変革Ⅳ
クロエ視点です
「お、お嬢様!お嬢様!大変です!」
「ん?どうしたの?」
「わ、私達の領地に、見た事もない巨大要塞が!」
「え?」
キャビンの窓から顔を出すクロエとメルティ、その後に続く荷馬車からも、数多くの難民が顔を出していた。
「えっ...知らない」
オクタゴンの巨大な城壁、巨大な堀には豪流のような川水が流れており、数kmあるんじゃないかと思われるほどの巨大な石橋は鉄の鎖で繋がれており、巨大な城壁の上から数名のドワーフがこちらを見つけると、近くのドワーフに指示を出した。クロエは馬車を降りて上がった石橋の前で立っていると、ライネルの紋章が入った巨大な城門が開かれた。
「お前ら!石橋を下ろせ!領主代行が帰ってきたぞ!」
ゴゴゴと言う巨大な石橋が鉄の鎖と共に、ゆっくりと降りてくる。
「クロエさんですね、アニキから聞いています。どうぞ、お入りください」
クロエは馬車に乗りなおし、再び道を進んでいく。城壁をくぐり、ライネル領へ入ると、中に広がっていたのは、鋼鉄と岩石の巨大な要塞だった。以前のような小さな木造建築はすっかり見えなくなり、代わりにレンガや石でできた屈強で最新の家々が並んでいる。道路も以前のような固めたあぜ道ではなく、綺麗に切られた石を並べた舗装路になっていた。地図によると一番外側は低貢献ポイントが住む一番廉価で最低限な設備しかないはずだが.....
「新入り!後ろの難民達を登録場に連れていけ!ついで色々ここの説明もしてやれ!」
「了解です!」
道行く途中で、先頭の馬車の御者乗り場に飛び移った先ほどのドワーフは、通りすがった同じドワーフにそういった。そのドワーフも返事をすると、大量の荷馬車の群れに停止命令を出し、難民を乗せた荷馬車の先頭車両に飛び乗ると、クロエ達は違う方向へと駆け出した。
「な、見てください!あれを!」
馬車を走らせる事約10分、先程までのレンガと石でできた家は見えなくなり、今度は天高くそびえる集合住宅が見えてきた。クロエの知る集合住宅とは、小さい質素な平屋で、かなりみすぼらしい長屋のような見た目のはずだが、周囲に見えるのは、高さ100mを超える超高層建築物だらけ。クロエがそんな高層ビルに驚いていると、なんか少し高い小山のような場所が見えてきた。
「お、お嬢様!山が!」
「え?」
ようやく中心部に差し掛かったのか、高層建築群の区画を抜けると、先程のような超高層建築は無くなり、今度はクロエ達の屋敷のような巨大な豪邸が見えてきた。小さい頃に父に連れられて見に行った公爵家の屋敷にも劣らない建造物がいくつも経っている。自分の屋敷より豪華で大きな庭、綺麗に整えられた植木に女神を模した噴水などなど、どの巨大な屋敷もその絢爛さは似たような規模だが、どれもそのコンセプトが被っていない。
「止まれ!」
「わしじゃ!クロエさんが帰ってきたんだ」
「す、すみません、お入りください」
豪華絢爛な屋敷の区画を抜け、小さな山の上に建てられた屋敷に行こうとしたら、見た事のない門番に止められた。白金と硬銀と思わしき全身鎧を身に着け、胸元と背中にライネルの紋章が刻まれたその門番は、領に入る際にこちらを出迎えてくれたドワーフの男性にどやされると、すぐに鉄の門を押してあけた。
「クロエ様ですか?おかえりなさい、クロウ様」
「マーノ、マーノなのね」
「はい、マーノです」
「なんか雰囲気変わった?」
「いえ、その、アンネさんに色々教えてもらいましたので、とりあえず、驚く事がいっぱいあるでしょうから、まずは屋敷に行きましょう。お嬢様に色々お見せしたい物やお会いしてほしい方々もいますので」
「分かった」
小さな山の上に屋敷があるので、このまま馬車で右側のすぐそばにある山道を登るのか、それとも左側にある階段を登るか迷っていると、マーノがその真ん中にある、少し広い手すりが付いた円台に乗るように促した。クロエとメルティが先に乗り、およそ5人か6人乗れるだろう円台に3人が乗ると、マーノは手すりの真ん中にある赤い魔鉱石に手を触れた。すると、ウィンと言う音と共に円台が少し浮き上がり、そのまま事前に用意された小さな線路に沿って上へと登っていく。
「いやちょっと待ってくれマーノ、何がどうなってるんだこれは」
「これはクロウ様が屋敷を改造した際に新設した昇降機ですね。円台の下に特殊な魔鉱石が埋められているようで、屋敷のシステムに魔力認証を済ませた人なら誰でもこれを使用できます。お嬢様、後で一緒に登録に行きましょう。メルティ様も」
「わ、分かった。だが一体誰か屋敷の改造を許可したんだ。お父様も眠っているのに」
「大旦那様は、回復しましたよ」
マーノが笑顔でクロエにそう言う。彼女は理解出来ないような顔をして思考停止していたが、円台が山の上まで登り、以前よりも豪華絢爛になった自分の屋敷の正門をくぐると、見たことの無いメイド達に車椅子に乗せられて、庭で綺麗に咲いた薔薇を愛でる父親と母親の姿を見て、クロエは思わず泣きながら飛び出した。
太陽も沈み、夜になった頃、クロエは久しぶりに父と母とクララ、そしてマーノの5人で夕食を取っていた。ベレンツァ領で暗殺未遂やら誘拐未遂、その他諸々を回避しつつ、ベレンツァ卿の元でフェンデル伯爵と停戦協定を結びつけるのに出発してから帰ってくるまで1ヶ月ほどかかってしまった。多少なりともクロウが領地を再構築するとは考えていたが、ここまで大がかりに変わるとは思っていなかった。だが、そんな事よりも今は父上がこうして少しずつだが、長い間動かさなかった両足のリハビリをするようになって、眠り続けていた父上がこうして食事を取れるようになって、その上自分や妹と話せるようになって、そんな父を母は嬉しそうに笑っていて、何度も何度も毎晩寝る前に夢に見ていた景色が、こうして目の前にある事が嬉しくもあり、現実感が無いのがクロエの正直な感想だ。
「クララ、私の頬をつねってくれ」
「え?どしたの?」
「父上が笑っているんだ」
「そうね」
「母上が笑っているんだ」
「そうだね」
「これは夢じゃ無いんだよな?」
「そうよ」
「現実なんだよな?」
「そうですよ、お嬢様」
マーノはそっと新しく量産を始めたライネルクロスで出来たハンカチーフを取り出し、クロエの涙を優しく拭き取る。
「おお、クロエ、どうしたんだ、泣かないでおくれ」
車椅子の車輪を懸命に回し、クロエの横へやってくる彼女の父親。マーノからハンカチを受け取り、シワシワの手で、彼女を胸元に抱き寄せながら、その大きくなった頭を撫でながら、彼女の父親は彼女の涙を震える手で、一生懸命拭き取った。
「父様…父さまぁ…とうさまぁあああああ」
自分の涙を拭く父親の手を握り、病み上がりなのも構っていられないほど力強く父親の胸にビシャビシャになった顔を埋めるクロエ。
「おお、よしよし、さっきまでは大丈夫だったのに、もう我慢できなくなってしまったんだね」
「しょうがないわよ、あなたがいない間、ずっとあなたの代わりにこのライネル領を管理していたのよ」
「そうか…随分と、面倒をかけたな。偉いぞ、クロエ」
「うわぁあああああん!どうざまぁああああ!」
食事の席だと言うのに、ついに我慢できなくなったクロエ。わんわんと涙も涎も鼻水も、堰を切ったように溢れ出し、顔中酷い有様になりながらも父親の胸元で咽び泣くクロエ。そんなクロエを、当の本人は、いつまでも変わらない、まるで子供のように抱きしめて、あやしていた。




