ライネル伯爵領XXI
クロウとメルティがフェナード領からライネルに大量の馬車と戻ってくる頃には、すっかり夕方になっており、馬車のキャビンの中でずっと自分の胸元をすりすりするメルティを引きはがし、クロウは一足先にライネル領へ降り立った。
「おかえり、一体どうしたんだ急に飛び出して」
「いや、プレイヤーが出現したらしくて、様子を見てきた」
「異世界人か、そうだ、ジークは早馬で一足先に帰ってきたよ、異世界人にかなり痛手を負わされたらしく、命に別状は無いが、暫くは療養をする事になった。同時に先程ベレンツァ卿へ文を出したよ。カデンリーナの難民は全てこちらで受け入れると」
「次はフェンデル卿に手紙を書こう。停戦交渉の手紙だ。フェナード領、ファイーム領を引き換えに、最低でも10年間の停戦を約束させよう。もちろん立会人はベレンツァ卿に。ベレンツァ卿もカデンリーナの難民をこちらが迎え入れるから、これ以上フェンデル卿に好き勝手させないはずだ」
「分かった、すぐに書くよ」
「細かい賠償請求等はクロエに任せるけど、10年間の停戦は必須だよ」
「承知した、マーノ、残りは任せたよ」
「ブラッキー!マーノの手伝いを!」
「えへへ~、ぐりぐりぐり」
「ぐあっ、メルティか、ほら、屋敷に着いたから行くぞ、お前には色々話を聞きたいんだ」
「あ~い」
「背中を頭でぐりぐりすな、ったく」
甘えるメルティを宥めつつ、クロウはやってきたブラッキーとマーノにクロエの言う事を聞くように言い、メルティと屋敷に一足先に戻った。
「お疲れ、クロエ、どうだった、初めての戦争?っていうほど大きな戦いでもないかもしれないけど」
「うん、そうだね、物凄く、疲れたかな」
自分たちの屋敷の部屋に戻ると同時に、クロエは久しぶりの自分のベッドに身体を投げ出した。
「もう二度とやりたくなーい、ずっとパパと一緒が良い!」
「そうだよなぁ、嫌だよなぁ、自分の命令1つで数千、数万人がお互いに殺しあうのって」
「うん、嫌」
「でも嫌な事に、争いって規模は違えど、なかなか世の中から消す事って難しいから、難しいから、俺達は自分で自分の身を守るしかないんだよな」
「そうだね、ばぁばも言ってたよ、自分を守るために武器は持っておくべきだって、振うためじゃなくて、守るための武器をって」
「良い事言うじゃんアルル。まあそんなわけだ!今回戦ったフェンデル伯爵は俺達の事を絶対にあきらめないし、何ならチャンスがあればフェンデル卿は今まで以上に大戦争を仕掛けてくると思う。だから、今日からは、フェンデル伯爵、ないしはそれ以上の敵に立ち向かうために、俺達はライネル領を発展させていかないといけないと思う。だから、協力してくれメルティ」
「うん、分かったよパパ、私も、もっと強くなる」
「おう、そうしよう、でもまずはしっかりと休もう。お前も、疲れただろ」
「うん、疲れた。だから少し寝るねパパ、お休み」
「おう、お休み」
いよいよ限界だったのか、メルティはそのままベッドで眠ってしまった。
「よいしょっと」
彼女に優しく布団をかぶせ、そっと部屋から立ち去るクロウ。今回の緊急発動した[龍眼]の未来視によって、クロウは1つ思ったことがある。あの3人のプレイヤーと言うか、このイリアス戦記においての、メルティやクロエを始めとするNPCとプレイヤーについてだ。未だ推測に過ぎないが、今の所、アルルやメルティなど、魔法が使える、もしくはいわゆる強者と言われるNPCは全員体内に【魔力源】、いわゆる自分で魔力を生成したり保存したりする場所、もしくは器官が体内にある。アルルは元々魔獣、魔力を持つ獣だからあるのは当然のことだし、メルティは恐らく移植された吸血鬼の心臓と大悪魔の血が上手く適合したことにより、自身で魔力源を後天的に生成できただけではなく、吸血鬼特有の【他者の血や精気を媒介に相手の魔力を奪う】と言う能力も身に着けているはずだ。クロウは最初のキャラ作りの段階で【魔神と人間の混血】【魔神の種EX】と言う出自や【才能】があるし、なんなら【魔力支配】がEXになった時、自分の中にあった魔力源は消え、代わりに無際限に大気中から取り込めるようになった。だが逆に、クロエやクララ、他の一般人のようなNPCは魔力源があるとはいえ、極小サイズだったり、むしろなかったりする。そして狩人のNPCが稀に極小の魔力源を持つ獣を殺した際に、その魔力源を自身に取り込んでいたのが[魔力支配]の効果で見て取れる。つまり、理論上、メルティやクロエ達は、ひたすら魔力源を持つ魔獣や人間、もしくはプレイヤーを狩れば彼女達もレベルアップが出来るのでは?もちろん荒業だが、これはどれだけ極小でも、要するに魔力源を持つNPCがひたすら他者を殺す事で自身を強くする。ようするにLvUPと言う事か。
「なるほど、これは魔獣の森にメルティやクロエ達を放り込む必要性が出てきたな」
もしプレイヤー達のLvUPの原理がそうであるならば、魔力源を持つメルティもクロエも、魔獣の森の強力な魔獣達を狩れば、自然とレベルが上がるはずだ。
「よし、じゃあ後でクロエとメルティに相談してみよう」
内心で2人を魔獣の森に放り込む算段を立てつつ、クロウは一旦屋敷の庭へ向かった。
「ブラッキー、いる?」
適当に声をかけてみると、彼女はいつものようにどこからともなくふよふよ現れ、クロウの傍にやってきた。
「ブラッキー、クロエの仕事はどうだ?」
彼女は何も言わずに、無表情なまま自らの手でおっけーサインを出した。
「あっ、もう終わったんだ、クロエはどこにいる?」
彼女は何も言わずに屋敷の方を指さした。
「彼女の執務室にいるのね、まあ後で行くよ、とりあえず、紅茶とお菓子を入れてきてくれない?俺はあのガゼボにいるから」
彼女は一礼し、すぐに紅茶を入れに行ってくれた。クロウもゆっくりと屋敷の庭にあるガゼボに向かって歩き出す。丁度その綺麗になったガゼボが見えてくる頃、すぐそばでガラガラとティーワゴンを引いたブラッキーもやってきた。
「おっ、今日はイチゴのスコーン?いいね」
クロウは毎日彼女が手入れしているであろうガゼボに腰を掛ける。彼女も洗練された動きでいつもの事のように紅茶を入れてくれる。
「うん美味しい、いつもありがとうねブラッキー」
「.....ッ!」
彼女は嬉しそうに少し耳を動かす。顔色は1つも変わっていないが、彼女の耳だけはピクリピクリと反応している。
「ブラッキー、お前もそっちに座ってくれ」
「?」
ブラッキーも言われるがままクロウの対面に座る。
「その内メルティやクロエ達を俺は魔獣の森でLvUPさせる予定なんだけど、良かったらお前も行かない?」
「??」
いや、私行けないんですけど、みたいな怪訝な顔を浮かべるブラッキー。
「えーと、[使い魔召喚]のスキルの中に、[永続使い魔契約]ってのがあるんだ。一度この召喚に答えたら、二度とあっち側に戻れなくなる代わりに、本来の制限もなくなるし、召喚者のステータスを数%を獲得できるみたいな物凄い効果もあるんだけど、どう?」
彼女はガタリと物凄い勢いでこちらにずいっと身体を乗り出す。そのまま物凄いでうんうんと顔を縦に振った。
「あっ、良いんだね、うお勢いすごっ、ほ、本当に良いの?」
そのまま更に物凄い勢いで頭を縦に振るブラッキー。それだけでは飽き足らず、彼女はガゼボの椅子から飛び降りそのまま地面に片膝をついて、クロウに頭を下げる。
「分かった分かった、分かったから頭を上げてくれ」
クロウも急いで彼女を手を引いて立たせる。
「じゃあ、早速[永続使い魔契約]を使うからな」
「...!....!.....!!」
物凄い勢いで再び頭を縦に振るブラッキー。ここまで彼女が意思表明を露わにしては、クロウももう確認は必要ないだろう。
「始めるぞ、ブラッキー」
少し開けた場所にブラッキーを立たせ、[使い魔召喚]のスキルを発動させていく。同時に脳内で[永続使い魔契約]を使用し、対象を目の前にいるブラッキーに指定する。
「【汝、かの者へ全てを捧げ、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、かの者を敬い生涯をを誓いますか?】」
「.....ッ」
彼女は声は出ないが、口の動きでしっかりと「誓います」と言ったのがクロウでも見て取れた。それに応じてクロウも体内からごっそりとMPを持っていかれたのを感じた。あまりの量にクロウも身体を引っ張られたかと思い、一瞬立ち眩みを感じたが、すぐにその分のMPは自動回復した。
「.....?」
クロウのMPをごっそりと持っていったブラッキー、足元の魔法陣がどんどんと光を増しながら大きくなっていき、何か起こると思って足元の魔法陣を彼女が見た瞬間、魔法陣が暗転。青白かった魔法陣の紋様は脈打つ赤い色と深淵を思わせる黒紫色に変色した。クロウもブラッキーも何があったか戸惑っていると、突如空中に2つの魔法陣が出現し、右の赤い魔法陣からは同じ色の龍の腕が、左の黒紫色の魔法陣からは同じ色の悪魔の腕が出現し、ブラッキーの腕と頭を掴んでそのまま彼女の足元の魔法陣へと押し込んだ。
「おい!ちょっと!聞いてな!」
クロウが反応する前にブラッキーはすっかり全身を足元の魔法陣に押し込まれた。流石のクロウもあまりの異常さに抗議しようと思ったが、右の龍の腕の方が空中に魔力で文字を書き出した。【龍言】で書かれているため、クロウしか読めないが、空中には【案ずるな、準備ができたら帰す】とだけ書かれていた。
「まあ、なら....」
一瞬納得したクロウに気づいた2つの腕は、親指を立ててグッドポーズをすると、そのまま魔法陣の中へ消えた。




