基礎スキル習得タイムⅢ
「あらら、これは綺麗に成功しましたねぇ~♪」
翌朝、牢屋にガスマスクの女といつも実験に連れて行く男がやってきた。ガスマスクの女は104番の少女を見て嬉しそうな声を上げた。
「ふふ、次は何を入れてあげましょうか」
「今日はいかがしましょう」
「ええ、彼にしましょう」
ガスマスクの女はクロウを指さす。男も鎖を引っ張ろうとしたが、それより先に自分で立ち上がってついて来るそぶりをしたので、今回は引っ張られる事もなかった。いつものように部屋に入り、椅子に座って腕を出す。女も躊躇いなく、今度はいつもとは違う、黒い液体の入った注射器で注射した。
「うっ!なんだ」
今回は未だかつてないほどの苦しみが体中を送る。何を打ち込んだか分からないが、身体に入り込んだ異物はあらゆる体内の物に反発され、堪らずクロウは吐血した。
「龍種の血は流石に強いですねぇ、さ、様子を見てみましょう」
何かが体内で暴れまわり、内側から体をぐちゃぐちゃにする感覚に本当に意識が飛びそうになる。だが、ここで気を失ったら全身が爆発して死ぬ事だけは分かる。男は乱雑にクロウを掴んで牢屋へ投げ入れた。
「ああああ!はぁ、はぁ、あああああ!」
余りの痛さに体中を掻きむしり、地面で転がりまわることした出来なくなったクロウ。
「72番!」
57番の少年は、クロウが舌を噛まないように自身の指を躊躇いなく口に突っ込んだ。
「いだだだ」
尋常じゃない力の強さに本当に指が嚙み千切られそうになったが、幸い既に右腕はよくわからない魔族の腕を移植されているので、何とか耐え切る事が出来た。
3時間程苦しんだ後、クロウは荒い息を整えようとするが、それよりも先に少女と少年の安堵した顔が飛び込んできた。
「お、俺、生きてる」
「ああ、生きてるよ」
少年は口の中から自分の手を外し、少女は堪らず再びクロウに抱き着いて涙を流した。もしかしてと思ったが、自分の腕に生える鱗を見てみると、以前より更に分厚く、硬く強靭になっている気がする。
一週間後、[魔力操作]もついにBランクになった。
[魔力操作B]:自身の魔力を自由に動かす
後一歩、もう後一段階ランクを上げる事が出来ればようやく攻撃魔法を覚える事ができる。のだが、それよりも先に57番の少年が再び実験に呼ばれるようになった。どんどんと人間らしい部位が減っていく少年、日に日に彼も口数が少なくなっていき、それに比例して人間らしい部位もどんどんと減っていく。右腕、左腕、右足、左足、ついには背中や右胸など、人間らしい肌色はどんどんと消えていき、代わりにリザードマンの足やコボルトの皮、ゴブリンの腕など、もはや実験の意味すら分からない移植がどんどんと施されていった。
「あー、あー」
ついには話をする事も出来なくなった57番、クロウはより一層急いで[魔力操作]のランクを上げていく。
3日後、様子を見に来たガスマスクの女は地面に倒れて呼吸する事した出来なくなった57番を見て、「廃棄ですねこれは、もう使えません」と言った。具体的にどうするつもりか分からないが、それが良くない事だとは分かる。これ以上はもう時間切れだろう。腰に履いた剣を抜いて、地面に倒れている57番の息の根を止めようとする男。ガスマスクの女は男が剣を抜いたのを見ると、興味を失って元来た道を引き返していった。
「用済みだ。安らかに逝け」
男はなんの躊躇いもなく少年の首元へ剣を突き刺そうとしたが、寸での所でピクリとも動かなくなった。
「な、おま」
なぜ[魔力操作]がAランクにならないかようやく分かったクロウ。ああ、簡単だったんだ。
「[魔力操作]」
瞬間、クロウに腕を掴まれた男は体内から爆裂した。
【[魔力操作]がAランクになりました。魔神の血を確認。[瞑想A][魔力感知A][魔力吸収A][魔力操作A]を統合、[魔力支配EX]を手に入れました】
[魔力支配EX]:あらゆる魔力を自在に支配する
それと同時にクロウの額から生えていた角が長く伸びる。長く伸びた角は真っ黒に黒化し、全身に漆黒の龍鱗が鎧のように生え揃った。背後からは大きな翼が生え、尾骶骨からは長い爬虫類のような尻尾も生えてきた。
周囲の魔力、自然に存在するに意識を向ける。半径数百mの魔力すら感知できる今、それら全てを操作に、自身の喉に集め、圧縮する。龍種の特徴が顕著に出ているクロウは口を大きく開け、いつも注射をされている部屋の方向へ首を動かした。
「[虚無砲]」
極限まで圧縮された無色の魔力は真っ黒に変色し、周囲のあらゆる物質を吸収、圧縮、消滅させながら施設を半壊させた。
牢屋もついでに破壊したので、少女と少年を抱きかかえて外へ出るクロウ。壁や扉も綺麗に消滅した後の道を進んでいくと、上半身が消し飛んで小太りな男性と、右半身が消し飛んだガスマスクの女を見つけた。
「は、はぁ、はは、はははははは」
もはや動くこともできず、がれきの中で辛うじて自身の顔につけたガスマスクを外すと、狂った瞳でクロウを見つめた。
「君は、私の、最高...傑作だ」
至上の喜びの顔を浮かべながら、ガスマスクの女は崩れ落ちるがれきに埋もれて息絶えた。
ゆっくりと空を飛び、近くの森に降り立った3人。クロウは既にいつもの姿に戻っており、少女はクロウに抱き着いていた。だが、優しく木にもたれさせた少年は、最期の言葉を振り絞って、久しぶりにその言葉を発した。
「は、はは、久しぶりだ」
もう実験に身体がついていけないようで、クロウがどれだけ彼の体内の魔力を穏やかにしようにも、ぐちゃぐちゃになった彼の生命力は、どうしよう程もなくどんどんと零れていった。
「あ、りがとう、最期に、青空を見れて」
「あー!」
少女は消えゆく彼の手を取り、最期まで彼の瞳をじっと見つめていた。
「2人とも、俺の分まで....生きてくれ」
ついには体制を維持する事も出来ず、糸が切れたマリオネットのような彼の身体がバタリと倒れた。
「あ!ああ....ああ?....あああ!あああああああ!」
少女は動かなくなった少年にしがみつき、どれだけ身体を揺すっても動かない事に困惑をしたが、本能的に生命力を完全に失った事を知った彼女は、耐え切れずに大きな声を上げて泣き出した。
「おやすみ」
生気を失った彼の瞼を閉じ、クロウは暫く少女と共に涙を流した後、彼女と共に既で地面を掘り、簡易的な墓を掘って埋葬した。