ライネル伯爵領XVIII-フェナード・ファイーム領電撃占領戦
夕方になり、日が落ちて少し気温が下がってきた時間、クロウに召喚してもらった使い魔と共に昼寝をしていると、誰かが歩み寄ってくる音がして、メルティは目を覚ました。
「メルティ殿、メルティ殿、起こしてしまって済まない」
「大丈夫よドーベルマン、情報は無事に手に入ったの?」
「ああ、私の部隊は全員無事に帰ってきた。それだけじゃない、いくつか良い話もある」
「聞かせてもらうわ」
ドーベルマンの後ろにはジークもおり、彼は先ほどまでとは違い、白銀色の全身鎧と、同じく白色の、強力な魔力を含む狼の毛皮で作ったマントを身に着けていた。
「まずは最重要作戦から、部下がフェナード領とファイーム領に完全浸透し、既に2つの領全体と、領内の防衛軍の居場所、武器や食料保管庫など重要施設を書き記した地図を作成してくれた。それからに既ファイーム卿の約8割の指揮官を暗殺し、[偽装]スキルで彼らに成りすましている。これなら後ほど、こちらの攻撃に合わせて我々はフェナード卿の軍の後方を突く事が可能だ。同時にこの地図にあるように、フェナード、ファイーム領とフェンデル領の間には大きな森林地帯があり、どうやら本来はここでそれぞれの三軍が合流する予定だったが、昨晩未明に森を通過してフェンデル領へ向かう途中のクララ様が何者かに救出されたらしく、森林地帯に入るはずだったフェンデル領は一旦森の手前で軍隊の再整備を行っているらしい。同時にクララ様の護衛であったライネル騎士団達もこの森に隠れているようで、既に内密にコンタクトを取り、彼らの救助作戦を立案している」
「いいですね、本来は彼らを仲違いさせるつもりでしたが、これなら1人残らず殲滅か捕虜にできそうです」
「メルティさん、我々弓兵と騎兵達、そして歩兵達も準備が整いました」
「では、第一段階は先ほどの通りに、次は第二段階の作戦立案を始めましょう」
「わ、わかりました」
「まだ日は暮れていませんので、次の次の一手まで考えます。このままいけば、フェナード領とファイーム領は問題ないでしょう。作戦としては明日の明朝、フェナードの領地の前で相手を罵倒し、激昂させた後、偽の敗走をしてください。そのままこの丘陵近くへとおびき寄せ、弓の射程距離に十分相手が入った後、一斉射撃、同時に騎兵は誘き出された相手の最後尾へ突撃、丘陵の両側に歩兵を控えさせ、弓の射撃が終わると同時に歩兵がだんだんと相手を囲み、その包囲網をどんどんと縮める。まあ、要するにこちらに【誘い込んで相手を包囲】、と言う事です、その後は煮るなり焼くなり、殺すなり捕虜にするなり私達の勝手です。降伏するならば武器装備を全て剥いでライネル領へ、抵抗するならば数人を見せしめとして殺せば大人しくなるはずです」
「承知しました」
「その後は速やかにフェナード領へ逆侵攻を開始、ドーベルマンのグイーリとイエーリをファイーム領に送り込み、向こうでブルーノの偽装指揮官達と呼応するように速やかに占領、それでフェナード領ファイーム領は完全に陥落します。平民と子供、無抵抗な領民に手を上げる事は決して許しません。ただし、少しでも抵抗の意があるのならば、きちんと説明したうえ、それでもなお抵抗する意があるならば、殺しても構いません」
「わ、わかりました」
「速やかに占領を終え次第、ドーベルマン、貴方の部隊にはフェンデル領との間にある森林地帯へ赴き、残存しているライネル騎士団と合流、彼らを全員連れ帰ってきて欲しいわ。何人残っているかはまだ不明だけど、ジークの部隊に合流させましょう。そして貴方のグイーリの部隊はそのまま森林地帯に残ってゲリラ戦の準備を始めて頂戴。もしフェンデル軍が森林地帯へ進軍を開始したら、なるべく相手を長く森に留まらせて。それもなるべく多く、その間に左右からジークの軍を全速で通過させ、森から逃げ出そうとする相手だったり、相手の後方を分断する作戦よ。こちらも同じく出来るだけ森の中で包囲するわ。森の中で【足止めして、囲んで潰す】それだけよ」
「承知した」
「わかりました、早速配置を始めます」
「ドーベルマン、今回の戦い、貴方の部隊にはかなり無理強いをさせているのは分かってる。ジーク、貴方もよ、だから、今回の戦いが終わった後、必ず私からクロエちゃんには物凄い褒美を要求しておくわ。パパに兵士も含めた別荘を建ててもらうのもありね。期待してて」
「ふふ、期待しよう」
「ぜひぜひ」
今度は3人同時に拳を突き出し、3人で拳を合わせた。こうして彼ら彼女達の戦いが始まる。
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夜の帳が空を包む時間、鳥の夜鳴き声も小さくなった深夜、カンカンカンカン!と言う非常に大きな音がフェナードの街中に響き渡った。
「うるせぇ~!」
「なんだぁ~!?」
門番や街の守衛が外を見てみるも、どこにも人影が見えず、周囲を散策してもどこにも怪しげな物はなかった。不思議に思ったが、何も見つからなかったので、守衛や見張り達が再び持ち場に戻ってから数分後、再びカンカンカンカン!と言う大きな音が街中に響いた。
「うるせぇ!!」
「またかよ!?」
実に日が出るまでの約7時間、フェナード領の全方向から、ドーベルマンの部隊は特性の金具で延々と大きな音を出し続け、フェナード領全員の睡眠を妨害した。
「へーい!泣き虫弱虫フェナードくーん?フェンデル伯のケツ〇舐めて爵位貰ってご機嫌ですか~?」
ドーベルマンの部隊がまともに眠れなかったフェナード領の周囲であまりにも火力の高い罵倒を浴びせる。
「想像の12倍汚いわね」
「もちろんです、私達は訓練されていますので」
「罵倒の?」
「はい」
「*****の****で*****を****した気持ちはどう?さぞ******」
あまりに酷すぎてメルティも流石に顔を顰めた。だが効果は抜群であり、昨晩の睡眠妨害と今朝の罵倒により、フェナードの街へ入るための大きな桟橋が下ろされた。中からは酷い目のクマの兵士が怒りと共に武器を抜いて先ほどから罵倒を続けているドーベルマンの部下へと鬼気迫る表情で襲い掛かろうとしている。
「うわ!出てきたぞ!****の****卿のち*****兵士が****持って襲い掛かってくるー!」
罵倒しつつもフェナードの兵にぎりぎり追い付かれそうで追い付かれない絶妙な速度で戦闘予定地へと走るドーベルマンの部隊。現在は丘陵の安全地帯で、彼女のスキルを使用し、戦場全域を飲料水の入った水桶の水面に映し出している。小さな作戦司令部には現在メルティとドーベルマンしかおらず、ジークは他の歩兵と共に平原で潜伏している。
「てめぇ!待ちやがれごらぁ!」
「絶対許さんからなぁ!!!」
「昨晩の恨みぃいいい!」
約20分後、メルティとドーベルマンも遠くで微かに罵声が聞こえるほど距離まで相手の兵士達をおびき寄せる事に成功したようだ。本来ならば全軍フェンデル軍と合流するはずだったフェナード兵達は、ろくな装備も身に着けず、寝不足と罵倒の怒りから、陣形も何もなしに、ただわらわらと纏まりなくこちらに突っ込んでくるだけだった。
メルティはこっそりジークのいる方を向く。吸血鬼特有の視力の良さで、潜伏しているジークを見てみると、既に彼は部隊に移動命令を出しており、じっくりととだが、怒り狂う相手に気づかれないようにじりじりと自分の部隊を配置につかせていた。
「ひゃっほうー!また後でな!」
指定の丘陵まで予想よりも大量の敵兵を罵倒によって連れてきた先ほどの兵士は、小さな丘陵の段差を下へ飛び降りる。
「逃げるなゴラァ!」
怒り狂ったフェナード兵もその少しだけ勾配のある丘陵を駆け上がろうとした瞬間、
「ぐわぁ!」
「に!逃げろ!伏兵だぁあ!」
突如鉄の鎧を身に着け、大きな盾と剣を持った殺気溢れるジークの重装歩兵に容赦なく切り裂かれた。
同時に鋭い矢が空を切り裂き、地面へと降り注ぐ悪魔のような風切り音も聞こえてくる。さらには平原中に響くほどの大きなホーンの音が響いた。戦闘開始の合図だ。
「弓兵隊、一斉射撃開始」
きちんとした隊列も組めず、ただこちらの思惑通り、ろくな装備も盾も持たず、まんまとこちらの包囲網に囲まれたフェナード兵士達。ジークは素早く弓兵達の配置を移動させ、巨大な包囲網の中へ360度死角なく大きな弓矢を降らせる。兵士達の損害を最小限に抑えるため、ただ延々と大包囲されたフェナード兵達は、空から降り注ぐ弓矢に、その命を奪われる事しかできなかった。
「射撃停止、歩兵隊、素早く残りを処理した後、侵攻を開始する」
「はっ!」
ジークが歩兵大隊を象徴する軍旗に前進の合図を出す。騎兵隊も同様に高速でフェナード領への侵攻を開始した。それと同時にドーベルマンの部隊員達は既に街中に入るための間所や城門を全開にしており、領内へジークの部隊が突撃し、最もフェナード領内が混乱している中、成りすましをしていたドーベルマンの部下達が内部から敵の指揮系統の破壊工作を開始した。残り少ない兵士達は、昨晩一緒に眠れなかったはずの仲間にいきなり背中から剣を突き立てられ、驚きの感情を消化する前に命を落とし、こうしてフェナード領内に残っていた残存兵力もあっという間に掃討された。
「ドーベルマン、ジーク、フェナード領内の掃討が終わり次第、速やかにファイーム領への攻撃を開始して、その後同じくファイーム領も内部を全て掃討し、終了後、速やかに森林地帯への連絡を開始して、休む暇はないわよ」
「問題ありません」
「かしこまりました」
メルティは黒豹に、ドーベルマンとジークは軍馬に乗って兵士達と共にフェナード領へ侵入。2人に指示を出し、2人がそれぞれ別方向へと軍馬の向きを変えて駆け出したのを見ると、メルティも兵士達に加わって魔法で残存兵力の掃討を手伝いつつ、フェナード領内の一番大きな屋敷目掛けて移動を開始した。
「飛び越えて、[血魔法・ブラッドランス]」
大きな鉄の正門も黒豹は難なくひょいっと飛び上がる。メルティも空中で容赦なく血魔法を使い、フェナード邸の門番を魔法で磔にする。
「突っ込んでいいわよ、[血魔法・ブラッドバレッド]」
先程の殺した門番の血を使い、巨大な血を空中で凝縮・凝固させて屋敷の正門めがけて射出する。轟音と共に屋敷の正門は破壊され、中からは未だに何が起きた分からない様子のメイドと執事が多数いた。
「えっ!?えっ!?誰!?」
「[血魔法・ブラッドウェポン・血の槍]、今すぐフェナード卿の元へ案内して」
赤い鮮血で作り上げた武器を近くのメイドの首元に突きつけ、殺気を込めた言葉と気迫でそう脅迫する。脅されたメイドは泣きそうな顔でコクコクと頷いた後、メルティを先導し始めた。メルティもついていくついでに後ろから襲い掛かってきた執事を度々槍で串刺しにし、そのままフェナード卿のいる部屋も切り裂いた。
「なっ!?なんだちみは!?」
「醜い人....パパとは大違いね」
部屋の中には豪華絢爛な内装と大きなベッドがあり、下品なまでに過剰な金と宝石で全身を固めた醜悪な肥満体系の男性が、ベッドの上であられもない姿の明らかに年端もいかない少女に全裸で跨っていた。
「[血魔法・ブラッドコクーン]」
手にした槍を投擲し、背中からフェナード卿を壁に縫い付ける。その間にメルティはベッドの上にいた年端もいかない少女を助け出そうと近づいたが、小さな少女の身体に付着した白濁の液体と、あられもない方向に曲がった頭と、全身の打撲痕が、生前の凄惨さを物語っていた。
「そのまま自らの血に包まれて死になさい、腐れ外道が」
背中からメルティの槍で貫かれ壁に縫い付けられたフェナード卿、傷口から染み出る自身の血液は、液体のようだが、怪しげな蜘蛛が吐いた悍ましい糸のように、しゅるしゅると血が糸のように固まって足の先からフェナード卿の全身を締め付け始めた。
「待ってくれ!死にたくない!謝るから!」
フェナード卿の汚い言葉をこれ以上メルティは耳に入れたくないのか、彼女は深紅の瞳で壁に縫い付けられている彼を睨みつけると、より一層出血が激しくなり、新しく出てきた血は真っ先に糸になって彼の口を縫い付けた。
「んーーー!ーーーー!」
じたばたと暴れまり、自らの血で出来た糸で塞がれた口で何かを言おうとしていたフェナード卿をメルティはもう見向きもせずに、そのまま彼の部屋を後にした。
「執事長、いる?呼んできてくれるかしら」
「わ、わかりました」
道案内をしてくれたメイドはパタパタと急いで駆け出す。数分後、かなりふくよかだが、とても気品あふれる一人の女性がメルティの前にやってきた。
「お待たせしました、メイド長のアンネです」
「ごきげんようアンネさん。私はライネル領クロエ様の食客、メルティです。先日のクロエ様の元にフェンデル伯から開戦を知らせる手紙が届き、それと同時にクロエ様の妹様であるクララ様の誘拐にフェナード卿、及びファイーム卿が関与した証拠があります。私がここにいるのは、クララ様誘拐の代償をフェナード卿及びファイーム卿に支払わせることです。既に目的は達成しましたので、屋敷に人物全員に武器を捨てて抵抗しないように伝えてください。ファイーム卿の死亡もしくは捕虜を確認し次第、我々はすぐさまここを臨時統治下とし、フェンデル伯の軍隊を迎え撃ちます」
「分かりました、何かあれば私達メイド達にお申し付けください、私はすぐに知らせを入れてきます」
「やけに積極的ですね」
「話しが長くなるので、それはまた後程に、ですが、我々は貴方達を歓迎しますよ」
メイド長のアンネが優雅に一礼すると、すぐに彼女は屋敷中のメイドにメルティの話を伝えた。その数時間後、ジークがドーベルマンと共にファイーム卿の頭を袋に詰めて持ってきた。
「ここにいたかメルティ殿、ファイーム卿はこの通りだ、残念ながら激しく抵抗を見せたので、こちらで処理しておいた。現在ファイーム領全域は私、ドーベルマンの部隊とジークの歩兵部隊が掃討を開始している、数時間もあれば終わるだろう」
「分かったわ、ありがとう、第一段階は大成功よ」
メルティはフェナードの執務室で見つけたメイドを呼びつける魔法のベルを鳴らす。どうやら心の中で来いと願った相手にしか聞こえないらしく、数分するとアンネがやってきた。
「ごめんなさいアンネ、少し酷なのだけど、その首がファイーム卿か確認してくれないかしら」
「ああ、そうです!この男が...私の夫を....」
アンナはドーベルマンに渡された麻袋を開けて中身を確認する。涙の流しながら中にあったのはファイーム卿の頭であった事を確認すると、彼女はその場にへたり込んで泣き出してしまった。
「貴方にもつらい過去があったのね、でも大丈夫よ、これからは私達がいるから」
メルティは彼女の肩を抱きつつ、アンネを宥める。
「ドーベルマン、ジーク、両領の掃討が終わり次第、まずは見張りを除く兵士達に休息を、同時にライネル領へ資金や材料、その他有用な物の輸送を開始して頂戴。もともと商人だったのだし、輸送用の馬車ならたっぷりあるのでしょう、フル活用しなさい。それと同時に領民へ食料を配給して。窓や扉から除く彼らの顔は酷い物だったわ。もし足りないなら私達の食料もケチらず配給してあげて、同時にこれはクロエ様の意思である事も忘れずに伝えてね」
「分かりました」
「それらが終わり次第、森林地帯のライネル残存兵達と合流、次の戦いは、苛烈になるわよ」
「「はっ!」」
指示を受け取った2人は、見慣れたその特別な敬礼を行った後、素早く行動を開始した。




