ライネル伯爵領XIII
「では、夕食の後、手筈通りに、ヒューズマン卿とギード卿の文をお願いします。書け次第私にお渡しを、夜分遅くですが、事態は一刻争いますので、すぐに私が届けてきます」
「分かった、では後で緊急伝令の身分証明となるライネルの紋章が入った羽衣と共に渡す。頼んだ」
クロウとメルティはクロエに軽く会釈をし、先に自室に戻った。クロウは動きやすい服に着替えて、身体のストレッチを始める。同時にメルティはテーブルに向かって紙に何か書きながらうんうんと唸り出した。
「どした?」
「いや、これからどうしようかなって」
「そうだね、一緒に考えるか」
クロウはベッドの端に腰掛け、メルティの方を見る。
「まずメルティも思ってるだろうけど、この様子だとクララは確実に捕まってると思う」
「賛成、殺しはしないと思うけど、あんまり良い体験はしてないかも…」
「フェンデル卿に屈したりはしないと思いたい」
「でも心配だからいち早く救出したいよね」
「うん、これは俺がヒューズマン卿とギード卿から兵士を借りてきたらそのままこっそり救出に向かう予定」
「ほんと?ならクララちゃんは大丈夫だね」
「そうだね、メルティはどうする?」
「えっ、普通に腹立つからパパが借りてきた兵士達と共に南部戦線行く。叩き潰す」
「え?戦場出るの?」
「必要ならね、私は後方で基本指示だしかな~って思ってるよ」
「そうしてね?前線行っちゃだめだよ?」
「は~い」
「だめだからね!」
念のため強めにメルティに釘をさしておく。そんなこんなで夜に動きやすい服に着替えていると、コンコンとクロウ達の部屋の扉がノックされた。
「く、クロウ様!お手紙が書けました、そしてこちらは緊急伝令の羽衣です」
「ありがとう、マーノ、じゃ行ってくるわ」
クロウも既に動きやすい身軽な長シャツや伸縮性のある黒ズボンに着替える。その上から薄い羽衣を羽織り、そのまま屋敷を飛び出す。外にはブラッキーが恐らく伝令のための馬を引いて待っていたが、要らないと言ってそのままクロウは[エアロマニューバ]を発動し、ジェット機のように飛び上がってライネル領の夜空の星々を切り裂くように空を飛んでいった。
ライネル領を飛び立ち北西へなだらかな平原と夜空を暫く飛んでいくと、10分ほどした場所に小さな街が見えてきた。本家領と比べては少し小さいが、中規模な町の集合体のような形態をしている。1万人ほどの兵士を借りれないかと思っていたが、この様子だと多くて4000人くらいだろうか。目立った城壁等は見えない物の、近づいてみてみると、中央領に比べてかなり多くの冒険者や騎士、そして兵士の姿も見えた。クロウは大至急一番近くの詰所に降り立ち、すぐさま大声を上げる。
「伝令!ライネル伯爵様より伝令!フェナード卿の裏切りによりクララ様はフェンデル卿に囚われた!それに加え現在フェンデル軍が侵攻中、大至急増援の用意を!」
詰所の兵士はクロウの羽衣の紋章を見ると、大慌てで近づいてきた。
「伝令殿!ヒューズマン卿は中央のお屋敷におります!すぐに!」
「助かる」
クロウは詰所の兵士に銀貨4枚を投げ渡した。そしてそのまま遠慮もせずに再び[エアロマニューバ]で飛び上がり、先程の詰所の兵士が指さした大きな屋敷に向かう。
「どうぞ!中へ!」
クロウの大声が屋敷の門番にも聞こえたようで、クロウがたどり着く頃には既に門は開かれていた。流石に飛んでヒューズマン卿の屋敷をぶち破るわけにはいかないので、屋敷に着地してからは走って入口へと向かう。既にメイドがクロウの待っており、そのままメイドに連れられて2階のヒューズマン卿の執務室へと連れていかれた。
「話は既に聞いている、私の可愛い姪っ子が攫われたと、君達より先に情報を手に入れていたが、流石に自分勝手に兵を動かすわけにはいかないからな」
クロウが目の前の初老の男性に礼をする前に、素早く腕を引かれて再び屋敷を出た。腕を掴まれた感覚から、目の前のライネル伯爵の弟である彼は、かなり鍛え上げられた人物である事が伺える。屋敷を飛び出し、暫くヒューズマン卿の後を続くように走っていると、兵士の詰所のような場所にたどり着いた。見張りの兵士はヒューズマンの姿を見つけた瞬間に剣を抜いて剣の柄を自分の左胸に当てる独特な敬礼をしていた。
「伝令殿、本当は自ら赴きたいのだが、もうそんな事ができる歳でもなくなったから、私の副官を任せる。ぜひクロエには自由に彼女を使ってくれと伝えてくれ、ドーベルマン大佐!出陣だ!お前の部隊を全員連れていけ!私の姪っ子を連れて帰ってこい!」
そんな兵士にヒューズマンは軽く視線で挨拶をすると、すぐに詰所の中に入ってそう声を上げた。その後すぐにどたばたと数多くの人間が詰所内の部屋から飛び出してきた。そんな人物達の中で、一番最初にヒューズマン卿の声につられて出てきたのは、軽鎧を着た長い茶髪を束ねてポニーテールにした女性だった。見た目はかなり若いが、全身から良い殺気と鋭い目つきをしており、軽鎧の間から除く体つきは、しなやかで非常に引き締まっていた。
「ヒューズマン卿!ドーベルマンです!今すぐに部隊を整列させ、出陣させます!」
「うむ、具体的な居場所についてはこの伝令に聞くように」
「分かりました!」
それだけ言うと、ドーベルマンと呼ばれた女性は素早くヒューズマン卿に先程の詰所の門番と同じ敬礼をし、詰所の裏へと向かった。
「では伝令君、後は彼女に」
「分かりました、ありがとうございますヒューズマン卿」
「構わない、良い知らせを期待している」
詰所の裏に行くと、ドーベルマン大佐と呼ばれた女性は既に馬に乗ってクロウを待っていた。
「伝令殿、今から我々の部隊の駐屯地へ向かいます。馬には乗れますか?」
「あっ、飛行魔法使えますので」
「なんと、魔法使いでしたか、では」
簡潔に会話を交わすと、すぐに彼女は馬を走らせた。走る事数十分、クロウは空を飛んでいるので、馬で走っている彼女よりも先に、街のはずれに大きな訓練場とそれに合わせた巨大な建物が見えてきた。
「ドーベルマンだ!全員緊急集合!」
彼女がそう言うと、すぐに駐屯地中に響くカンカンと言う鐘の音が響いた。その後、ものの5分で約3500人の兵士が集まった。兵士は全員革の装備を身に着けており、背中には短い槍とバトルアックスを所持しており、腰には鉄のダガーが装備されていた。
「ドーベルマン大佐!ブルーリ連隊全員集合しました!」
「ドーベルマン大佐!イエーリ連隊全員集合しました!」
「ドーベルマン大佐!グイーリ連隊全員集合しました!」
「よし、全員ついてこい!」
ドーベルマンが3人の同じような軽鎧を着た人物から集合した兵士についての報告を受けていた。
「よし、伝令君、行こうではないか、まずは」
「あっ、いえ、大丈夫です、全員纏めて転移させちゃいますね」
「え?」
「[軍団転移]」
駐屯地全てを覆うほどの魔法陣が出現し、一瞬でクロウを含めた全員を包み込む。黒紫の光が全員の視界を遮ったと思うと、次の瞬間には本家領の街中に出現していた。
「なっ、なんだ!?」
「なんだなんだ、なんだあの光は....ドーベルマン大佐!?」
「クロエ様!?」
寝間着姿でマーノと共にクロエが屋敷から飛び出してきた。ドーベルマンも久しぶりにクロエに会ったようで、驚きと再会の感動と伝令兵だと思っていた空飛べる魔法使いが急に大規模転移魔法とかいう高難易度魔法を軽々と使った事に対する驚きで、流石に訓練された彼女も驚きを隠せなかった。




