ライネル伯爵領Ⅷ
「ん?あっ、起きた?」
キッチンで夕食を作っていたクロウ。どこからかボサボサの髪の毛のマーノがやってきた。
「く、クロウさんにお仕事をさせるわけには...」
「ブラッキー、あいつ風呂に入れてこい」
「.....!」
横でクロウの夕食作りを手伝っていたブラッキーは、ぼさぼさの髪で眠気眼をこするマーノを見て、ぷんすかしながら彼女を引きずって風呂場へ向かっていったようだ。ちなみにメルティも既に目が覚めており、今現在は風呂に入っているはず。
「手伝いに来たよ!」
そうこうしているうちに、メルティが風呂を済ませたようだ。ビリビリのドレスから、動きやすい服装に着替えたようで、今は赤い半袖の暖かいワンピースを着ている。
「おう、そろそろクロエも起きてくるかもしれないから、先にそこの更に盛り付けちゃってくれ、俺はダイニングルームを整えてくる」
「はーい、わぁ!クリームシチューだ!」
「おう、お前の大好きな甘めのとろとろクリームシチューだぞ」
「やったぁ!パパ大好き!」
大きな蓋を開けて鍋の中を覗き込んだメルティは、自分の好物に喜びのあまりクロウに抱き着く。
「はいはい、ほら、盛り付けよろしくな」
「はーい!えと、私とパパと、クロエと」
「マーノとブラッキーの分もだ」
「りょうかーい!」
キッチンで慎重に盛り付けをしているメルティを後にして、まずは配膳用のワゴンを探す。幸いな事にキッチンのすぐ近くにあったので、がらがらとキッチンの中へ引いていき、メルティに一言言ってからクロウはダイニングルームへと向かった。
「[ライトアウト]でシャンデリアとかも全部壊されたから、ひとまずこれで代用するか」
腰につけているアイテムバッグから、いくつものランタンを取り出し、引っ掛けられそうな場所やダイニングルームの周囲の置き場にいくつものともしておく。同時に倒れていたダイニングテーブルも起こし、[風魔法]と[水魔法]で軽く洗浄して、大きなテーブルクロスを一枚広げる。その上に花やろうそくをならべ、次々と光を灯していく。午後までメルティもクロエもマーノもぐっすりと眠ってしまったので、日中、クロウはブラッキーと共に軽い屋敷の修繕を行っていたのだ。そうして夕食の時間になり、日が落ちてきた時間に全員起きてきたので、この後の事も考えて多めに光を灯しておく。
「パパー!持ってきたよ、うわぁ、なかなか幻想的だね」
「そう?」
シックなダイニングルームには暖かいランタンの明かりと、蠟燭が複数灯されている。暗すぎず、明るすぎないその空間は、彼女には幻想的に映ったようだ。
「とりあえず並べるか」
「はーい」
きちんと家主や客としての位置に椅子を並べなおし、それと同じ場所にフォークやナイフ、スプーンもきちんと並べていく。食前酒なんてのもあれば良かったんだが、まだこちらでの成人年齢がいくつかも、クロエが成人しているかも分からなかったので、一応出さないでおこう。
「お、おはようクロウ殿」
「ん?おはよう」
「おはようございます、と言うにはいささか遅い時間ですわね」
どうやらクロエが起きたようだ。彼女はしっかりと身支度を済ませていたようで、昨日ほどびしっと男装の令嬢を決めているわけはなく、どちらかと言えばスポーティな格好をしていた。長ズボンにシャツ、その上から薄手のジャケットを羽織ると言う、男装っぽい服装には変わりない。マーノもブラッキーにしっかりと顔を現れたようで、少なくともしっかりとメイドとして働く顔になっている。
「どうぞ、おかけください。お口に合うか分かりませんが、クリームシチューを作りました」
「クロエ様、まずは私が」
「いい、マーノ。私は彼を信用している」
毒見をしようとするマーノを制止して、クロエは自らスプーンでクロウのクリームシチューを掬って一口食べる。
「ん、美味しい」
「お褒めに預かり光栄です」
「マーノ、ブラッキー殿も、どうぞ」
「えっ、しかし」
「構わないよ、今は父様もいない」
ブラッキーもクロウの方を確認するために視線を送るが、クロウも良いよと言わんばかりに頭を縦に振る。
「で、では」
マーノもブラッキーも遠慮がちに椅子に座り、クロウの作ったクリームシチューを食べ始めた、
「そうだ忘れてました。これパンです、んっあっつ!」
アイテムバッグに入れていたパンを取り出す。思ったより保存状態が良く、魔獣の森で焼いてすぐにしまったから取り出しても焼きたて同様の熱さをしている事に少し驚いた。
「ッ!」
ブラッキーはクロウが熱さのあまり落としそうになった焼きたてパンを容赦なく素手で掴み、目にも留まらない速さで短剣でパンを食べやすい大きさにスライスしつつ、空いた皿の上に並べていく。
「おお~」
思わずクロウもぱちぱちと拍手する。マーノとクロエもつられて拍手をした。
「ではクロエさん、軽く今後のお話を」
「ああ」
「軽く言えば、昨晩の一件で、領民の殆どが南部に逃げましたね。どうやら門番もグルだったようで、その門番がライネル家に残った馬車や馬を使って領民を率いて南部へ向かったようです」
「...そうか」
「ですが数人は残っているので、領民ゼロとはならなかったのが幸いです」
「良かった」
「ですが、どちらにしろこのままでは何もかも出来なくなるので、何か策を打ちましょう」
「策、と言うのは」
「まあまずは、金策ですね」
「金を稼ぐと」
「はい、金のある場所に人は集まり、人のある場所に情報は集まります。特に、金の生る木がここにあれば、商人なんてどれだけ遠くの場所にいてもかぎつけてくるものですよ」
「しかし、何から始めれば」
「いきなり新規の事を始めても右往左往するだけですから、まずは【生地】商売から再び始めませんかか?」
「生地か、確かにライネル家は一時それで風靡したと言っても過言ではないが、それによって衰え始めたと言っても過言ではないしな...」
「転んだところから再び立ち上がる事も大事です。以前は確か高級路線の生地を多く売っていましたよね?」
「ああ、王家御用達や、公爵様が購入されたこともある」
「じゃあ最初は労働力や再び領民を増やすために、まずは【低価格路線】で【誰でも買える】を目指しましょう」
「それでは収益が」
「いわゆる薄利多売ですね、あくまで領民を増やす事が目的ですので、まずはそこから始めていきましょう」
「分かった」
「そういうわけで、明日からは早速私達が売り出す、新しい生地、【ライネルクロス】の研究を始めましょう」
「研究から始めるのか?」
「私は既に大方何をするか決めているので、後はクロエさんにそれが可能かどうか確かめてもらいます」
「なるほど、ちなみにどのような生地を作る予定だ?」
「絹と綿の混紡生地ですね、シルクコットンと言う生地です」
「つまり綿と養蚕も視野に入れると?」
「はい、ある程度私達の混紡生地である【ライネルクロス】がブランド化に成功したら、もちろん高級路線も再開しますよ。ですがまあそれは後の話ですので、まずは【ライネルクロス】の実現を考えましょう」
「分かった、明日からだな。もともと布商売で家を興したのが我々ライネル家だ。俄然やる気がわいてきた」
「良かったです、屋敷の修理は私の[使い魔]達にやらせるので、安心してください」
「助かる、今すぐとはいかないが、クロウ殿には必ず報酬を支払うと約束しよう」
「ありがとうございます、では私はこれで」
「私も失礼します」
クロウとメルティは綺麗に皿を空にして、一足先に自室へ戻った。ブラッキーはそんな2人より先に食事を終えており、クロウ達が自分の部屋に戻ると、彼女はどばどばと[水魔法]でクロウの為にバスタブに水を張ってくれていたようだ。




