ライネル伯爵領Ⅶ
【バトルスタイルを解除します。お疲れ様でした】
青白い魔狼達をなでなでしつつ、彼等を還した。同時にバトルスタイルも解除して再び身体を起こすクロウ。
「うぐぐ、腰が…」
身体は18歳のはずだが、どうしても中の人の感覚が抜けなくて、何の違和感もないのに、腰を伸ばすストレッチをしてみたりする。
「[水魔法・瞬間洗浄][風魔法・乾燥]」
髪の毛や服に付いた血糊を魔法で綺麗にする。手にした武器も同じように綺麗にして、[火魔法・灯火]と言う魔法で頭上に小さな火の玉を生成し、消えた屋敷の明かりの代わりにする。[光魔法・灯火]と同じように使用者を追尾してくれるの便利な魔法で、唯一光魔法に比べて悪い点は、MPの燃費が悪い事くらいだろう。
「確か2階だったな」
ダイニングルームで拝借した大剣を肩に担ぎ直し、そのまま2階への階段を駆け上がる。曲がり角をいくつか曲がった先に
「キシャアアア!」
またもや以前のブラッキーと戦っている狂乱状態のメルティがいた。
「またかお前![龍化・喉]【地に臥せろ】」
メルティはそこらへんに転がっている死体の血で作った大きな斧をブラッキーめがけて振るっており、ブラッキーも短剣2つでなんとかその攻撃を受け止め、まさに鍔迫り合いと言う状況下だったが、クロウの【龍言】の効果で共に武器を捨て、地面に平伏している。
「【立ち上がれ】、本当毎度毎度ごめんね!うちのメルティがごめん本当に!」
ブラッキーだけ地面から立ち上がらせる。少し彼女の服が血で汚れてしまったので、先程自分に使用したのと同じ魔法で綺麗にしてあげる。ついでに彼女の頬についていた血糊も優しく拭う。
「…ッ!」
はぁ、と言わんばかりの呆れ顔で未だ地面に臥しているメルティを一瞥すると、ブラッキーは軽く自分の身体の前面を手ではたき、両手をクロウめがけて少し大きく広げ、「早くしろ」と言わんばかりに顔を赤らめて目を閉じた。
「えっ....と?」
クロウの不思議そうな声を聞いて、顔を赤らめたまま片目だけ開けるブラッキー。何もして来ないクロウの表情を見て、ブラッキーは何やらジェスチャーを始めた。
「うん、私、武器、メルティ、鍔迫り合い、あっ、彼女を止める、はい、俺、来る、はい、私、ハグ、はい、はい?」
彼女の言いたい事は、恐らくだが「私が狂乱するメルティを止めたらクロウがご褒美でハグしてくれる」と言う事なのだろう。
「いやしないから、そりゃ暴走するメルティを止めてくれたのは嬉しいけど」
そこまで言ってブラッキーが物凄い形相でメルティを睨みつけ、再び短剣を太ももから引き抜いた。
「わー!分かった分かった!抱くから!ハグするから!武器をしまってくれ!」
分かればよろしいと言わんばかりに彼女はふんす!と大きく鼻から息をして、両手を腰に当てる。そのままクロウが両手を広げたのを確認すると、彼女も手にした武器をしまい、クロウの胸元へ両手を広げて顔ごとダイブした。
「よしよし、メルティには早急に発狂しないようにコントロールを覚えてもらわないと…」
いや、いらないよ?と言う顔でブラッキーはクロウの胸元からクロウの顔を見上げた。
「はい!じゃあここまで!もうハグはいいね!」
ブラッキーは少し残念そうな顔でしぶしぶクロウから離れる。だが上機嫌になったようで、ウキウキの足取りでどこからかモップを取り出して地面の血溜まりを掃除し始めた。
「メルティは…ん?気絶…いや寝てる?」
どうやら地面に転がっている2人の死体との戦いの疲労もあるのか、いつの間にかすぴすぴと眠っていた。狂乱状態も解除され、ビリビリのドレスのまま地面に俯せになって眠っている。
「ブラッキー、悪いけど彼女が目覚めるまでベッドで寝かせて暫く様子を見てくれ。俺達の部屋は一階の真ん中あたりに部屋だ。分からなかったらクローゼットを探してみてくれ。いつも着ている服をかけてある」
ブラッキーは了解の意味を込めて頷くと、地面で寝ているメルティを抱き上げて1階へと向かった。
「俺は…ここで朝が来るのを待つかぁ…」
大剣を抱く形でライネル伯爵達のいる部屋の扉の前に座り込む。恐らく太陽が出るまで後数時間と言った所だ。
「ふぁ〜、ねみ」
湧き上がる眠気と欠伸を口の中で噛み殺しつつ、クロウは朝日が屋敷に差し込むまでずっと伯爵の部屋の前で座ってぼーとしていた。
「ク、クロウ殿…いるか?」
「んあ?居ますよクロエさん?」
太陽の光が燦々と屋敷に開いた大穴から次々と差し込んでくる時間の頃。クロウの後ろの部屋の扉はゆっくりと開かれた。中からは結構恐怖に怯えた顔のクロエが出てくる。
「[木魔法・沈静化][木魔法・自然の恵み]」
気持ちを落ち着ける魔法と、大自然に包まれる抱擁感を感じさせる魔法をクロエに使用する。
「あ、ありがとう、だいぶ気持ちが楽になりました」
「はい、これ食べて」
「これは?」
「チョコレートだ」
「チョコレートですか、以前に父が中央の王国から手土産に買ってきた時以来です。ありがとうございます」
太陽の光を浴びつつ、包装紙を向いた甘いチョコレートの表面を丁寧にぺろぺろと舐めるクロエ。あっ、そういう風に食べるタイプの人なんだ。
「な、なんですか?…私の顔に何か?」
「いや、仔犬みたいにぺろぺろ舐めてチョコレート食べるんだなって」
「えっ、こうやって食べるものじゃなんですか?!」
「いや、うん、良いと思うよそれも!」
「な、なんですかその顔は!」
笑いを堪えつつ顔を逸らすクロウ。クロエも安心したせいか、素の調子が出ているようだ。
「こ、こほん。さて、クロウ殿、我々を守ってくれた事、誠に感謝する」
「あっ戻った」
「うるしゃい!こほん!それでなのだが、これからどうしよう」
「えっそれ私に聞きます?」
「お門違いなのも重々承知なのだが、正直今も色々とあり過ぎて頭がパンクしそうだ」
「じゃあまずは何も考えず、一睡したらどうですか?」
「いやしかしそれでは」
「まあまあ、パンクしそうな頭で考えたって何も思いつきませんから、まずはしっかりと休養を取ってください」
「だがこのまま何をしないのも」
「まあまあ、まあまあまあ」
口調は丁寧だが、優しく彼女に近づくと【おやすみ】と【龍言】で彼女を無理矢理眠らせた。
「マーノ?いる?」
あのどたばたメイドがどこにいるか分からないため、荒れた2階に響くようにとりあえず声を上げると、クロエが出てきた部屋から今度はマーノも出てきた。
「うわお前もか、ひでぇ顔…」
「そ、それは…昨晩が怖すぎて…」
「それもそうだな、よしマーノ、クロエを彼女の自室に連れて行って寝かしてやってくれ。後、[木魔法・沈静化][木魔法・自然の恵み]、ほれ、チョコレートだよ」
クロエと同じようにマーノにも気分が良くなる魔法などをかけて、彼女に小さなチョコを渡した。
「あ!ありがとう、ございます!」
「ん、いってら」
2人を見送った後、クロウも我慢できなくなってマーノにあげたような一口サイズの小さいチョコレートを取り出し、包み紙を開けて口に放り込む。
「少し甘すぎたかな?」
アルルやメルティは大絶賛していたが、いまだに少しだけ甘すぎるんじゃないかと少し反省するクロウ。次に作る時は、自分用にもう少し苦いチョコレートを作ろうと思った。




