ライネル伯爵領Ⅵ
屋敷に侵入してきたモブ視点です。モブ達の結末は悲惨です。だいぶ詳細に描写しているのでご注意ください
【魔獣の森】
ライネル領を始めとした東部辺境伯でもある、この私、ベレンツァの最大の悩みの種でもあり、多くの人類にとってどうしようもない地域。強力な上級モンスターが多く住み、定期的に数が増えすぎて【魔獣の大氾濫】が起きてはライネル領へ進行してくる非常に危険な場所。ほぼ毎年大氾濫が起きては私が大金を使って大陸の中央に位置する王国へ【英雄級の人物】や【伝説級の傭兵】へ依頼を出して大氾濫を押し返しているのが現状だ。なぜ「ほぼ」かと言うと、去年から大氾濫が起きていなかったからだ。理由は私には分からない。新しいヌシ級の魔獣が他の魔獣を食い散らかしているのか、過去に存在していたと言われている【森の賢者】が定期的に魔獣の数を減らしているのか、原因は不明だったが、魔獣が大挙してこない事に越した事は無い。私は、北部カデンリーナ領の反乱鎮圧について新しい命令を出しつつ、そんな事に少しだけ思考を割いた。
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暗闇の中、仲間の持つ松明の光が時々、私達の周囲を駆け回る赤目の猟犬を映し出す。一瞬、その猟犬を目視すると同時に、周囲の仲間から悲痛な叫び声と生暖かい血飛沫が私の顔に飛んでくる。
「だ!だずけ」
チェーンメイルでしっかり守っていたはずだが、隣にいる仲間のドービンは、自分の喉からかひゅーかひゅーと空気を漏らしながら私に最後に命乞いをした。だが、彼の喉からはどくどくと救いようの無いほど赤い血が溢れ出しており、私に近づこうと、2歩歩いた所で、ばたりと動かぬ死体になってしまった。私は何度も手に持った松明を捨てようかと思った。なぜなら、周囲を見渡すたびに、私が掲げた松明の光が、仲間の死を映し出すのだ。赤い猟犬だけではなく、青白い狼達も仲間へ襲い掛かっている。その青白い狼は、赤目の猟犬程の致命的な攻撃を繰り出さないとも、的確にドービンの喉を噛みちぎったり、私の前にいた仲間のギースの両足の筋を噛みちぎり、彼が動けなくなった所で、私の松明の光が届かない、闇の中へと引きずって行ってしまった。反射的に私はギースを追って走り出したが、恐怖と冷や汗と戦慄が自分で抑えられない中、彼の断末魔を最後に、私は気がついたら屋敷の壁に激突して、彼を見失ってしまった。
「いたた...」
どうやら顔を壁にぶつけてしまったようで、ぶつけた拍子に手にした松明も落としてしまったようだ。自分の鼻を手で擦りつつ、もう片方の手で松明を拾い上げようと身体を少し落としたところで、ヒュンと言う風切り音を共に、私は腹部から思いっきり身体を先ほどぶつけた壁に叩きつけられた。
「な...んだ?」
松明を拾うために折り曲げた身体が途中で動かなくなってしまった。それどころか、しゃがもうとした脚が言う事を聞かない。まるで下半身が痺れているような....
「ああ...ああああ!あああああああ!」
私は地面に落ちた松明の光に照らされた自分の下半身を見てみる。自分の腹部に、腹部から、巨大な大剣の柄が生えていた。そこまで見てようやく理解した。私は、あの赤目の猟犬が手にする大きな大剣に、腹を貫かれたのだと。遅れて私の身体が腹部の痛みを私の脳に伝えてくる。痛い、熱い、寒い、腰から下の感覚がない、漏れている、寒い、熱い、動けない、痺れる、脚が、腹が、下半身に力が入らない。失ってはいけないものがどんどんと身体から流出していく。必死にそれを塞ごうと、自分の腹に手を当てようとも、大きな剣の柄が邪魔をして私の腹を塞げない。
「ああ..あああ....ああ...神様..ごめんなさ」
腹から生えている剣の柄を自力で引き抜こうともしたが、それはビクともせず、私は死に際の、後悔交じりに、一度も信じた事がなかった神様に謝罪を言う。それをすることによって、少しでもマシな死に方がしたかったのだが、そんな私を見捨てるように、私の最期を迎えに来たのは、綺麗な天使でも神々しい神様でもなく、血塗られた恐ろしい牙と、仲間の食いカスを牙の隙間に挟んだ、青白い狼がその大きな口を開けて私の頭を丸呑みにする姿だった。
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「おらっ!ここか...ついたぜ」
屋敷の正面扉から侵入せず、俺達は簡易的な鉤縄を使って、直接2階の窓ガラスをぶち破り、別ルートから屋敷へ侵入する。フェンデル伯爵は生かして【クロエデュフォン】と【クララ】と言う女を捕まえろと言っていたが、逆に言えば俺達が先に楽しんだ後でも、殺しさえせずに伯爵に引き渡せば問題ないと言う事だ。領内でも美人と名高い2人の事だ。きひひ、だいぶ楽しめるぜ。
「おい、行くぞ」
「おう、下で[ライトアウト]発動したみたいだな」
突如として2階の光が全て消滅する。俺達は事前に貰った[夜目]のポーションを既に飲んでいるので、暗い廊下をすいすいと昼間のように進んでいける。事前に寝返った屋敷の門番に、この屋敷の見取り図を貰っているので、恐らく女2人が隠れているであろう部屋、病に伏したライネル伯爵の部屋へと向かった。
「後はここを曲がれば...」
「[血魔法・血の槍]」
「おっと!」
曲がり角を慎重に曲がると、いきなり赤い礼装を着た銀髪赤目の少女が、手にした真っ赤な細剣を地面に突き立て、足元の赤いカーペットから血で出来た槍を俺達目掛けて放った。
「手癖の悪いお嬢ちゃんだ」
「お、こいつは昼間の!」
「あっ!昼間あの男に空中引きずり回された時に横にいた」
「そうだ!こいつだよ!ディンの野郎が未だにドブから出てこないのはこいつのせいだ」
「くっそ、てめぇが....いやでも結構美人だな」
「お前....確かに」
俺達は我慢できずにいやらしい視線で銀髪少女を上から下までじろじろと舐め回すように視姦する。
「きひひ、お嬢ちゃん、どうだい、ライネル家なんて見捨てて俺達と来ないか?今なら俺達がフェンデル卿に口添えするだけで、一生使いきれない程の金が入る。もちろん、お嬢ちゃんが俺達のあそこに【口】添えをしてからだけどな」
「ぐひゃひゃひゃ!お前も口が悪いぜ!」
「けけけ!お前もしてほしいくせに!」
「いや、俺はどちらかと言えばあの【胸】だな」
「けっ!両方でいいだろ!」
「違いねぇ!」
「この下種共がッ!」
下品な俺達の言葉に耐え切れなくなったのか、再びレイピアを地面に刺して少女は攻撃を繰り出すが、狙いがバレバレなので、難なくちょいっと後ろに飛んで回避する。
「[血魔ほ...]」
「おっと、それは困るな[沈黙]」
相棒がスキル使用を封じる[沈黙]のスキルを使用する。運よく成功したようで、少女は驚いて自分の口をぺたぺた触りだす。どうやら少女はスキルも魔法も口も利けなくなったようだ。
「全く、おてんば娘は黙らせるに限るぜ」
そう言いながら俺達は使い慣れた武器とロープを取り出し、目の前の少女に近づく。
「ッ!」
少女は瞳に恐怖を宿していながらも、それと同じように瞳に闘志を宿し、近づく俺達目掛けてしっかりとそのレイピアを突き出した。
「あぎゃああああ!」
「このアマ!」
少女の持つ職業のせいか、俺達は[夜目]はしっかりと機能してのにも関わらず、油断した所を彼女は的確にそのレイピアで俺達の急所を突き刺した。どうやら太ももと股間を的確に貫いたようだ。あまりの痛さと、少女相手に油断したという事実が俺達を激昂させる。
「気が変わった!ぶち殺してやるぞこのアマァ!」
「このクソ野郎が!死体にしてから遊んでやる!」
いつもより速いスピードで流血しているのにも気が付かず、俺達はレイピアを構えなおす少女に自分が手にした武器を大きく振りかぶって襲い掛かった。
「や!やめろなのですぅうう!」
突如として後ろから2つの足音がする。急いで振り返りながら距離を取ると、1人はキッチンでデザートの準備をしていたであろう、地味なメイドがフライパンを持って、もう1人はすまし顔をしているの黒いシルクの服を着た美人のメイドが立っていた。
「誰だお前は?」
「わ!私はマーノ!です」
「マーノ!早く部屋の中へ!クロエも中にいるわ!」
「わ!わかりました!」
どうやらマーノとか名乗った地味なメイドは銀髪少女の背後にあるドアから伯爵の部屋に入っていった。彼女達の話からすると、目標のクロエデュフォンも背後の部屋の奥にいるようだ。
「へっ、今更女が増えた所で変わらねぇ、楽しみが増えるだけだ」
「おい、[沈黙]を」
「あ、そうだな、へへ、今度は2人共に「沈も」あがっ!」
横にいる相棒が突如として奇妙な声を出す。一瞬視線をそちらに向けると、黒いシルクのメイドがどこからか取り出した短剣で正面から相棒の両頬を切り裂いていた。同時にそのメイドは短剣の柄で相棒の両顎にも強力な攻撃をしつつ、空中へジャンプしてそのまま闇に溶ける。あまりの速さに詳しくは見えなかったが、どうやら相棒の頬は切り裂かれ、顎骨が砕けて完全に開けちゃいけない角度まで口が開いてしまっている。
「ああ!あああ!おあああああああ!」
「おい!うし...」
「あ?」
[夜目]が利く中、どうやってあの黒いメイドが闇に消えたかを考える余裕もなく、武器を持ったまま、自分の顎が落ちないように、自分の顎を元の位置に必死に戻そうと、だらんと垂れ下がった顎を必死に守ろうとした相棒は、今度は背後から出現した黒いシルクメイドに左右同時にその首へ短剣を深々と突き入れられ、まるでビンの蓋を回して開けるように、メイドは相棒の頭をねじ切り飛ばした。
「あ、ああ、相棒!」
あまりの衝撃にその場に立ちすくんでしまう俺。相棒の頭があった場所は、ぶしゅーと勢いよく、赤く暖かい液体を周囲にまき散らしている。すぐに首から下は、ばたりと力なく崩れ落ち、まるで腐ったスイカのように地面に転がり落ちている相棒の首から上のすぐ横に倒れこんだ。
「チッ」
相棒の背後に立っていた黒いメイドは、俺が理解できない舌打ちをすると、すぐさま空中へジャンプする。その速さは、そいつが相棒の首をねじ切るのとほぼ同じ速度だった。ふわりと先ほどまで対峙していた銀髪少女の後ろへと着地をしたと思うと、おもむろに自分のスカートの裾を詳しくあちこち見渡していた。そして一通りスカートの裾を確認すると、ホッと一安心したようにその黒メイドは自分の胸をなでおろした。俺はあのメイドが何をしているか理解できず、怪訝そうな顔で無意識にじっと見つめていたが、向こうも俺の視線に気づいたようで、まるで俺の事を何かの汚物だと思っているような、そんな汚物に見つめられているような、そんな感情を思わせる険しい顔で睨んできた後、俺の視界は突如真っ黒になった。
「なんだ!?目が!?見えねぇ!」
何かの魔法かスキルで自分の視線を潰したのだろう。俺は慌てて武器を周囲目掛けて滅茶苦茶に振うが、どうやらその勢いで地面に転がる相棒に躓いたようで、へしゃげた蛙のような声と共に地面に倒れこみ、その弾みで手にしていた武器も落としてしまった。衣服の上からでも伝わる暖かく生臭い、すこしどろついた相棒の血も構わず、急いで自分の武器を探すが、視界の見えない今、どこにあるのかも分からず、惨めな犬のように壁や何かの手すりに頭をぶつけながらあちこちを、地面を這うよう触って武器を探している。
「どこだ!どこだ!俺の武器は!どこだ!」
焦りと絶望で思わず声が出る。早くしなければ、早く武器を見つけなければ、早く視界が戻らなければ...そうだ、まだ使っていない[夜目]のポーションがあるんだ、俺は急いで懐から貰ったガラス瓶を取り出す。ぺたぺたとそのビンを触って、早く栓を抜いて自分の目に、そう思った所で手にしていたビンはひょいっと誰かに取り上げられてしまった。
「おい!触るな!それは俺のポーションだ!返せ!おい!」
両腕を左右にぶんぶんと振って、自分のポーションを奪った相手を見つけようとするが、空を切るばかり、それどころか、硬いブーツのような物に自分の側頭部を思いっきり蹴られ、そのまま頭が地面に叩きつけられる。
「あがっ!」
キーンと耳が痛くなり、頭に激痛が走る。まるで脳を揺らされたような、床に倒れこんでいるはずなのに、自分の身体がどんどんと右側へ傾いているような感覚に襲われる。
「き、きしし、きしししし、血だぁ!血だぁ!鮮血だぁああ!キシャシャシャ!」
化け物の声がする。金切り声のような、老婆のような、断末魔のような、なんとも形容しがたい声で、何者かは血がどうこうと言っていた。
「や、やべ...に、にげ」
先程激突したであろう棒状の鉄を探して両手でぺたぺたと付近を触る。だが、どうやら付近には壁しかなく、もぞもぞと、未だぐるぐると右側に身体を傾け続ける感覚と戦いながら、のそのそと身体を動かそうとすると、突如として謎の浮遊感に襲われた。巨大なフックに引っ掛けられ、そのまま空中に放りだされたかと思うと、そのまま壁に激突する。あまりの衝撃にたまらず肺と胃の中身をぶちまけそうになった。その後、地面に引かれるように身体が下に一瞬落ちるかと思ったら、突如として喉の皮膚を何か鋭い物が貫く感覚を感じる。その感覚がなんなのかを感じる前に、次は窒息感が襲い掛かってきた。
「かっ!きっ!うっ!ぐっ!」
何もできず、ただ壁を背に、空中で何者かに喉を噛みつかれ、じゅうじゅうと全身から体温を奪われ続けていく。いや、これは血液だ。空中で自分の喉に嚙みついたものは、自分の血を吸っている。最後の最期にしてようやく視界に光が戻ってくるが、今度は意識が黒くなってきた。それでも瞼に力を入れて、自分の体温と血液を奪っている存在を一目見ようとしたが、そこには蒼白な肌と血走った目でこちらを睨みつける恐ろし形相の化け物しかいなった。




