ライネル伯爵領Ⅲ
「これ、この服にしようかな、いやこっちだな、第一印象は大事だし」
「うわぁ、パパカッコイイ....」
特殊交配を繰り返した魔羊と魔蚕の糸で作った最高級の生地を惜しみなく作り上げた【傑作級スリーピーススーツ】重厚な黒色を基調としたジャケット、襟付きベスト、スラックス。そして赤と黒の高級のネクタイと白く柔らかいシャツを身に着ける。髪型もいつもツーブロックで適当に前髪を垂らしていたが、きちんとした貴族に会うため、前髪を自作のワックスでワイルドにかきあげる。ふんわりとだが野性味あふれる髪型と、顔立ちの良さ、最高級のスーツも相まって、横で仕上がったクロウを見たメルティの脚がガクガクしていた。
「おい」
「ごほん、わたくしは大丈夫です」
メルティも【傑作級のピンクローズドレス】を着ている。彼女の瞳と同じようなドレスは妖艶な深紅色のシルク生地を利用しており、彼女の着ているドレスの細い腰と肩の部分に同じような生地で出来た薔薇を模した装飾もついている。魔馬での移動の為に髪型をポニーテールにしていた彼女もその髪もおろして魔法でふんわりするようにパーマをかけ、お気に入りのルビーの付いたティアラを装着して、何度も何度も備え付けの全身大スタンドミラーで自分の姿を確認した。
「うん、似合ってる。世界で一番美しいよメルティ」
ガクガクの脚に気合を入れて、何度もスタンドミラーの前で心配そうにくるくる回ったりするメルティ。そんなメルティの肩を後ろから掴み、後方から彼女の右耳でそう囁く。
「ふにゅぅううう」
しまった。やり過ぎたか。そのドレスと同じくらい顔が真っ赤になってしまったメルティ。そのままビクビクしながら地面に座り込んでしまった彼女はキッとクロウを涙目で睨みつけた。
「これに懲りたらもう俺をからかうのはやめるんだな」
「べーだ!やめないもん!」
メルティと楽しくちょっかいを掛け合っていると、トントンと2人のいる部屋の扉がノックされた。
「お!お二人とも!入ってもいいですか?」
「どうぞ」
「し、失礼します....ふぁあ」
どうやら先ほどのメイドさんが2人の姿に見惚れてしまったようで、特に我慢できずに思わずクロウを下から上までまじまじと見入ってしまった。
「そ!れ!で!、どうしましたの?」
いつの間にか復活していたメルティはそう言いながら呼びに来たメイドとクロウの間に割って入る。
「そ!そうでした、えと、主様がお呼びです!どうかこちらへ!」
「行こうか」
「はい、では」
自然とクロウの腕を取るメルティ、クロウも昔のゲーム経験を元にメルティをエスコートする。2人してあのどたばたメイドの後ろをついていくと、一際大きな執務室と書かれた部屋の前にたどり着いた。
「お嬢様、失礼、いたします!お客様をお連れしました!」
「入れてくれ」
扉が開かれると、中には仕事の束に埋もれた男装の令嬢が必死に仕事をしていた。執務室の中も質素な作りをしており、大きな机と来賓用のソファが2つ、そしてそんなソファが向き合うように置かれた間の空間に小さなテーブルが置かれていた。
「お客様をお連れしました」
「ありがとう、悪いが紅茶を3人分入れてきてくれ」
「かしこまりました」
静かに先ほどのどたばたメイドが扉を閉める。別人のようにテキパキと話す彼女に驚きつつも、クロウとメルティは静かに執務室のソファに腰かけた。
「少し待ってくれ、キリの良い場所までやってしまいたい」
「分かった」
約5分後、ぐーっと男装の令嬢は両腕を上にあげ、大きく伸びをする。そのままふっと力を抜くと、改めてクロウ達の方を見た。
「すまない、待たせたな」
「大丈夫か?」
「まあ正直かなり大変だが、これも自分の領地のためだ。仕方あるまい」
彼女が向かいのソファに座るのと同時に、先程のどたばたメイドさんもティーワゴンを押して部屋に入ってきた。
「ありがとう、さて、初めまして。私の名前はクロエデュフォン・ライネル。ライネル伯爵の長女だ。君達と普段文通をしているのは私の妹、次女のクララ・ライネルだ。今彼女は残念ながら南部前線で兵士達の慰問している。明後日には帰ってくるはずだ」
「ご丁寧にどうも、私の名前はクロウ。こちらはメルティです」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
貴族令嬢同士が良くやる挨拶だ。初めて生で見た。
「早速だが本題に入ろう。妹からは君達はライネル領内の問題解決を手伝ってくれる者だと聞いているが、具体的な現状を把握しているのかい?」
「大方は。南部伯爵の侵略とライネル領内の動乱、それに加え北部ベレンツァ領で民衆反乱が起きているだっけ?」
「その通りだ。追加事項だが、先程フェンデル伯爵の使いがこちらに請求書兼開戦状を送り付けてきてな。領土全域と私の娘であるクララを妾にするといういかにもふざけた内容だった」
「だいぶ舐められてますね」
「その通りだ、だがベレンツァ侯から北部カデンリーナ領に反乱鎮圧のための増援を送るようにも命令が出ている。おかげでこちらはもうどうしようもないという感じだ。手早く傭兵を雇用したが、ご覧の通り街でひたすら飲んだくれているだけで、働かない上治安維持の騎士団達もほぼ全員南部前線に送ったため、領内もこのありさま、まさに火の車と言うわけだ。父上も病で床に臥せている今、猫の手も借りたいというものだよ」
「なるほど、ではあなたが現在代理領主と言う事で?」
「そうなる、私の兄上は残念ながら小さくに命を落としてしまい、次男、私の弟もまだ齢4つと幼すぎる。それにより、私がこうして伯爵代理をしているというわけだ」
「失礼ですが、お母さまは?」
「私の母は父上に付きっきりの看病だ。優しい人ではあるが、政治的な事にはさっぱりの人物でな。兄上とは腹違いで、その兄上の母であり、次男を生んだ私の義理の母は、実家に次男を連れて帰ったよ。領内の問題が解決したら戻ってくるそうだ」
「そうですか...」
目の前のクロエデュフォンは言い終えると、紅茶の入ったカップを手に取り口に近づける。一気に話したせいで、彼女も少し喉が渇いたのかもしれない。
「それで、どうする?これだけの現状を知って、それでもまだ私達の手伝いをしたいのか?」
「え?それはもちろん」
「むっ、そうなのか、物好きだな貴殿も」
「お気軽にクロウとお呼びください」
「では私もクロエと」
「私はメルで構いませんわ」
「助かるよ」
「では、そうだな、まずは君達の出来る事を知っておきたい。クロウ殿、貴殿は何ができるのだ?具体的に言えば、私が先ほど羅列した問題の中で、どれを手伝えそうだと思う?」
「そうですね、結果と将来を考えなければ、全部解決できると思いますよ?」
「何?どういう事だ?」
「まずは南部フェンデル伯爵の差し向ける軍団の問題ですが、これは実際に見せた方が早いですね」
そう言いながらクロウは右手を[龍化]する。そのまま[魔力支配]を活用しつつ、小さな黒い球体を生成する。
「これは【ブラックホール】と言われる私のオリジナル魔法の1つです。周囲のあらゆる物質を無限に吸い続ける特性があり、しかも吸い込んだものを中で圧死、それと同時に吸収した物質が多ければ多いほどどんどんと大きくなります」
クロウは自分の紅茶をその黒い球体の中に流し込む。すると、ブラックホールは一滴も漏らさず紅茶を全て吸収し、少しだけ大きくなった。
「これを1個、フェンデル伯爵軍の真ん中に放り投げれば、周囲の地形をえぐり取るほどの威力と共に全滅させられます。1人残らず。まあ私がそんな事をしなくてもメルティを持ってしてフェンデル伯爵軍を壊滅させられます。ですが、それはフェンデル軍との徹底抗戦をすると言う意思表示と同義では?」
「そうだな」
「なので、貴方が必要ならばそれこそ私はフェンデル軍を壊滅させた上で、そのまま南部フェンデル領に逆侵攻、ちり1つ残らず領内に存在する全てを焼き払う事も可能です」
「それは大層な...」
「[龍化][龍の威圧・極小]」
自分の瞳を龍の瞳孔に変化させ、極小の龍の威厳をクロエにぶつけるクロウ。最強種としての威圧とその圧倒的な力を思わせる瞳孔は、一瞬にしてクロエの心の底に眠る恐怖と絶望感を抉り出すのに十分だった。
「できますよ、何の迷いもなく、後腐れもなく」
あまりの恐ろしさにクロエもクロウの龍眼から目を離せなかったようで、クロウが[龍化]を解除してようやく瞬きをする事を思い出した。彼女はクロウから慌ただしく視線を外し、目を閉じて呼吸を整え、改めて手を自分の目の前のティーカップに手を伸ばす。口に近づけていく途中で、彼女の手がぶるぶると震えてる事に自ら気が付いたようで、結局飲まずにティーカップをソーサーに戻した。
「でもまあそんな事をしたらベレンツァ侯爵はきっと怒りの大噴火間違いなしですので、この解決策は最終手段にしておきましょう。そして次の、領内動乱ですが、一番穏便な策を取るならば、前線やカデンリーナ領に行く予定の、領内治安維持のための騎士団を呼び戻す事ですね。恐らく南部前線での戦闘が開始するのに後1週間程、北部への増援もまだ派遣していないのでしょう?」
「その通りだ」
「ならば騎士団達を呼び戻し、再び治安維持に当たらせるべきです。同時に3つ目の問題であるカデンリーナ領の民衆の反乱を鎮圧するための増援、これを少人数のライネル伯爵所属の騎士と傭兵達で解決させるべきかと」
「しかしそれでは」
「傭兵とは所詮ごろつきの集まり、少し戦闘力があるだけの有象無象とあまり変わりありません。もちろん中には非常に良い傭兵団もいるでしょうが、現に今回、こうして大金をはたいて雇用した傭兵達は、領内での治安維持はおろか、ただ酒を飲んで寝ているだけです。ですから、彼らは早く南部前線か北部カデンリーナ領の増援に組み込むべきですよ」
「なるほど、その手があったか」
「そういうわけです」
「ありがとう、早速君の言う通りまずは前線の騎士団の召還と傭兵達の最配置を行うよ」
「はい、ぜひそうしてください」
「貴殿の意見、誠に目からウロコだった。良ければこの後の晩餐を共にしたいのだが、それでもかまわないか?」
「ぜひ、光栄です」
「ありがとう、そうだ、私は暫くここで仕事をしている。何も無い場所だが、ゆっくりと領内や屋敷内を見て回ってくれ」
「そうだ、メイドや執事が1人しか見当たりませんが」
「ああ、すまないな、彼らには治安維持を任せているんだ。執事の殆どが元騎士団から雇用した身分故、こうして有事の時には彼らも兵士として働かせている」
「うーむ、では私のメイドを」
「おお、連れてきたのか、構わないよ。ぜひ私達の屋敷で自由にさせてくれ。少しでもメイドや執事がいるのは嬉しい。彼女、【マーノ】は見ての通り私の前だと立派なメイドなんだが、物凄い人見知りでな」
「あー、道理で」
「彼女が粗相をしたなら代わりに謝罪しよう」
「いや大丈夫ですよ」
「それは良かった。そういうわけだ、晩餐になったら彼女を呼びに行かせるよ」
「ありがとうございます、では」
クロウとメルティはクロエに綺麗に礼をすると、自ら扉を開けて彼女の執務室を後にした。
クロエ「死ぬかと思った...あっちょっと漏れてた」




