ライネル伯爵領Ⅱ
「下がれ!下がれ!それ以上近づくな!」
暴動の民衆はむしろライネル邸に多く集まっており、木の板に【減税】とか【賃金増加】とか【貧困手当寄越せ】とか、はてには【嫁が逃げた】などと書いてあり、そんな物を何人も掲げてはガヤガヤとライネル邸の正面入り口を囲んで騒ぎ立てていた。
「あー、これどうやって入ろう」
魔馬を嘶かせて無理矢理人混みを分ける事も可能だが、そんな事をすればのちのち問題になるかもしれない。困ったなぁと思っていると、ピクリピクリとメルティの耳が動いた。
「[吸血]」
突如としてメルティが道を塞ぐ民衆から血を吸う。直接的に血を吸ったわけではなく、血に含まれる生気、所謂やる気とか気力を吸ったみたいだ。おかげで先ほどまで騒いでいた人々は突如軽い眩暈や気怠さに襲われ、のそのそを頭をぶるぶる振りながら家に戻っていったようだ。
「お、おい!まだ今日の分は終わってないだろ!」
のそのそと民衆が帰る中、数人の黒いフードをかぶった人物が帰っていく民衆を引き留め、抗議を続けるように急かす。
「パパ」
「了解」
クロウはすぐさま魔馬を走らせ、黒いフードを被った人物の服を魔馬に噛ませ、空中に放り投げた。
「よし動くなよ」
クロウも軽く自分の乗っている魔馬の鐙を蹴り、そのまま空中に飛び上がってアイテムバッグからロープを取り出す、それと同時に布を空中に放り投げた人物達に噛ませ、自害させないようにしながら拘束する。
「メルティ、こいつか?」
「そいつじゃない、左手の奴」
「ほい」
予想通り、メルティが耳を澄ませた時、同じくクロウも注意深く民衆の声を聞き分けていると[扇動]と[アンガー]の魔法を使っている人物が複数人いた。あまりスキルランクは高くないはずだが、複数人が同時に発動すればそれは大きな効果をもたらす。そこでメルティは民衆から軽く[吸血]をし、彼らを疲労させれば、誰が一番焦るかを炙り出せるわけだ。我が娘(のような存在)ながら非常に効果的な方法だと言える。これも【賢者アルルの冒険譚】と言う本を読みこんでいるからかもしれない。あの本物凄く分厚いだけあって、詳しく読み込むと兵法とか人心掌握術とか心理学とか、何気に滅茶苦茶役に立つんだよなぁ。全部アルルがやってきた事の記録本なんだけど。そんな事を思いながらメルティには先ほどこっそり俺達の悪口を言ったやつを放り投げる。とくにこいつは俺の悪口を言ったようで、どうやら「低能冒険者が...なにしに来やがった」と言っていた。残りの3人は全員メルティの悪口を言ったのでロープで空中に吊り下げて[エアロマニューバ]全開で高高度空中立体飛行の旅へご招待する事にした。メルティもその半吸血鬼の権能を生かしてクロウに投げ渡された人物に[魅了]スキルを使ったようだ。クロウが高高度空中立体飛行から3人を連れて帰ってくると、先程自分の悪口を言ったフードの男はメルティの特殊な[魅了]スキルにより、【下水道の汚水でしか性的に興奮出来ない】と言うなんとも悲惨な性癖を上塗りされ、自ら下水道に飛び込み、全裸で気持ち悪い動きをしている。
「悪質すぎるでしょ」
「良いの、あいつ大した情報も持っていなかったし、パパの悪口言ったし」
「そうなんだ」
空中から器用に魔馬の背中に降りてくるクロウ。ふわりとロープで繋がれたフードの男3人は、空中での体験が恐ろしすぎたようで、体中の穴からさまざまな体液をまき散らしたまま気絶している。
「汚いね」
「【龍言】で自らの手で両目と金玉を握りつぶさせても良かったんだが、あくまで伯爵への手土産だからなこいつらは」
「パパそれ名案だわ...」
「おい」
全く容赦のないメルティを見て、少し心配になるクロウ。大丈夫かな...一応元人間のはずなんだけど、吸血鬼の臓器と悪魔の血のせいで大分人間性失ってる気がする。
「あー、ライネル伯爵の食客として来た者だ」
先程からぽかーんと呆け顔でこちらを見ている4人のライネル邸門番の騎士達にライネル伯爵の紋章が入ったペンダントを見せる。
「し、失礼しました!どうぞお入りください!」
軽鎧を着た騎士達はクロウの持つペンダントを見ると、急いで武器をしまい、クロウ達に綺麗な敬礼をした後、急いで大きな正門を開けた。
「お、おぉ....お?」
正門からライネル邸に入ると、そこに広がっていたのは名門貴族の豪邸....のような廃墟だった。枯れた庭に壊れた噴水、荒れた花壇に蔦だらけの窓、想像の伯爵邸とはいかなかったが、これではもはや幽霊屋敷だ。
「すいませーん!誰かいませんか?」
いつまでも馬に乗っているわけにはいかないので、先程の門番に魔馬を渡して屋敷へと歩き出す。一本道で分かりやすいが、ずっと2人で歩くには少し道を知らなすぎる。
「誰かー?誰かいませんかー?クロウです!森の賢者アルルの!」
屋敷の入口までたどり着いたので、どんどんと扉を敲きつつ、誰かいないか確認するためにクロウは声を張り上げた。
「はーい!」
扉の中から若い少女のような声がする。どうやらメイドさんがいるようで、トタトタとこちらに駆け足で走ってくるのが聞こえた。しかし、「あいだっ!」は「あっ落としちゃった!」とか「緊張するな私、頑張るぞ!」などと言う典型的なドジっ子のような発言も聞こえてきた。
「パパこれ大丈夫かな」
横で立っているメルティも思わず心配そうに扉の向こう側の人物を指差す。
「まあまあ、指差してやるな。新人なんだろう、多めに見てやれ」
「それもそうね」
どうやらメルティは淑女モードに切り替えたようで、ピリッと自分の顔を引き締め、背筋をピンと伸ばしていた。
「お、お待たせしましたぁ!」
ゴンッ!と言う何とも痛々しい音と共に大きな扉が開かれる。中から出てきたのは身長150cmほどの小さくて色々大きいメイドさんだった。
「えと、ど、どなたですかぁ?」
「ご機嫌よう、私達は賢者アルルの親友にしてライネル伯爵の問題を解決しに来たクロウとメルティです。食客とでも思ってください」
メルティが凛々しい良く通る声でそう言ったので、すかさずクロウも手に持ったペンダントを渡す。
「わわ!そのペンダント!本物です!初めて見ました…はっ!すいません!す、すぐにお部屋にご案内いたします!」
屋敷の中は思いのほか質素に整っていた。だが、調度品があるべき場所は全て取り外された形跡があり、それこそ最近、名画や貴重な花瓶など最近売りに出したと思われる。クロウも過去のゲームで贅沢をした事はあるので、その経験から伯爵クラスの貴族がどのような家具や調度品を飾り付けていれば他の貴族に下に見られないか知っている。それを考慮したうえでも、今のライネル伯爵は「だいぶ資金がないのかな?」と思わせる内装をしていた。
「えと、お、御二人のお部屋はこちらになります。何かありましたら私達メイドにお申し付け、ください!それでは!主様を呼んできます!」
「え!?いや別に呼んでこなくても」
そう言い切る前に、彼女はぴゅーん!と長い廊下に消えていった。クロウ達が割り当てられたのは恐らく第三客室、無数にある客室の中心にある部屋だと思われる。
「あれ?意外に良い部屋じゃん」
こじんまりとした最低限のビジネスホテルのような部屋だと思っていたが、ダブルベッドが2つ、小さいながらも化粧台とテーブルがあり、部屋の奥には大きなビルドインクローゼットとウォークインクローゼットが合計4つ。それに加え中くらいの浴室もあった。だがシャワーヘッドはなく、恐らくだがこれはメイドや執事が水魔法や火魔法を使ってあらかじめバスタブに水を張っておくタイプなのだろう。
「とりあえず着替えるか、メルティも軽く身体拭いておく?」
「そうだね、そうする」
そう言いながらメルティは一足先に更衣室に着替えを持って向かった。クロウもその隣の浴室に入って中央の大きなバスタブに水魔法と火魔法を組み合わせた少し暖かめの水をどばどば流し込んでいく。
「ふむ、もう少し熱めがいいかな?」
袖を捲り上げて、腕を大きなバスタブに突っ込み、そのまま火魔法でゆっくり加熱していく。
「パパー!拭いて♡」
「自分でやらんかい!」
「あだだだだだだ!」
バスタオル一枚だけで身体を大事な所を隠すメルティ、更衣室側の入口から飛び込んできてそのままクロウに抱き着こうとしたので、空いた腕の方で容赦なくメルティをアイアンクローした。




