ライネル伯爵領Ⅰ
「ハンカチは持ったか?食料も十分か?ドレスがよれておるぞメルティ、肩の部分じゃ」
「ばぁば、もう心配しなくても大丈夫だよ、ばぁばこそ身体には気を付けてね」
「大丈夫じゃ、クロウ君のブラッキーと【森の狩人】がいるんじゃ、そうそう大事は起こらん」
「いやマジでなんかあったら教えてくれよな、使い魔達を通せば俺もどんな状況か分かるから」
「分かったわい、早く行きな」
「うん、行ってくるよ」
魔獣の森の西、ライネル領へ続くあぜ道が見える場所で、クロウとメルティは【魔馬】に乗ってアルルと別れを告げていた。ちなみに【森の狩人】とはクロウが新しく召喚した使い魔であり、戦闘力はあまりないが、[採取A]と[偵察B]を持つ使い魔として、いち早くの危機察知とアルルのために家で栽培していない果実や食材を森で採取して欲しかったからだ。
「わしはあの家に住み慣れた。だからこれからも毛頭居場所を変えるつもりはないから、何かあったらいつでも帰ってこい」
「分かったよ、ちょくちょく使い魔で手紙出すから」
「うむ、待っておるぞ」
クロウは軽くアルルに軽く手を振り、魔馬の腹を軽く蹴ってあぜ道を進み始めた。メルティもばいば~い!と大きく手を振った後、クロウについていくように、覚えたての[騎乗D]で魔馬の操作を始めた。
「よし、じゃあ少し速度を上げるぞ」
「わ、分かったよパパ」
「うん、危ないと思ったらきちんと手綱を引いたりするんだよ?」
「う、うん」
あぜ道を進みながら、だんだんとメルティも慣れてきたみたいなので、少し魔馬の速度を上げる。なめらかに肌に流れる風の音を感じながら、自然豊かな森のあぜ道を2匹の魔馬でかけていく。朝方の少しピリリとした気温も、森特有のミストも、軽やかに駆けていく2人にとって非常に心地良いものだった。
「あはは!パパ速い!」
「しっかりついてこないと置いてくぞ!?」
「よし、あたしも!」
メルティも気合をいれて、魔馬の速度を上げる。2人並んで森の中を駆けていくのは、クロウにとってもメルティにとってもとても新鮮であり、非常に楽しかった。
「うわぁ!パパ見て!すっごい広い平原!」
「おお、本当だ」
魔馬の速度で走る事約30分、魔獣の森を抜けると、そこには視界一杯に広がる広大な平原だった。朝日を浴びながら、揺れる低い草道を横目に、舗装された石畳の街道を小気味よい蹄鉄の音と共に駆ける2人。先ほどよりも少しだけ速度を落として道なりに進んでいくと、平原にちらほらとハイエナのような魔物が見え始めた。
「パパ見て!モンスターだ!」
「そうだね、魔物だね」
「森で見たやつらより弱そう!」
「確かに」
[魔力支配]で感知してみると、周囲の魔物はごく微量の魔力源しかなく、本当の本当にごく微量の魔力源で、具体的に言えばいつも周囲から微量な魔力を吸って自身のMPにしているクロウが近づいただけで絶命しそう保有量だ。
「あっ!パパ!見てみて!すっごい大きな城壁が見えてきた!その奥にも大きな屋敷があるよ!」
そんな平原を進む事約1時間、今は速度を落としてとことこと2人並走して水を飲んだりして少し休憩をしている。ライネル領から届いた手紙を受け取ってから今は6日目、移動で1日かかるかもしれないと思い、早めに出発したが、思ったよりも近かったので、まだ魔馬の騎乗になれていないメルティの為に休憩しつつライネル領へ向かっていた。きちんとメルティの為に鞍や鐙を作ったので、あまり疲れないはずだが、既に彼女の額と鼻先にはうっすらと汗が浮かんでいた。それでも彼女が言う通り、目的地がすぐそこまで見えてきたようだ。
「休憩しながら行こうか」
「分かった」
風邪をひかないように彼女にしっかりと汗を拭きとる事を伝えつつ、クロウは[龍眼]を使用して道の先の城門を見てみる。1kmほど離れているが、スキルを使えば問題なくしっかりと見れる。見られた相手は龍に睨まれる思いだが、どうやら門番も暴動に参加しているようなので、1人しか城門を見張っていなかった。魔獣の森での魔獣大氾濫が起きた時の最初の防衛線になるため、他の方向を向いている城門や城壁に比べて数倍分厚く、堅牢に出来ているが、よくよく見ると分厚い城門は中がスカスカだったり、所々まだ補填がされていなかったり、なんとも心配になると同時に、ライネル領がそれほど衰退している証拠なのだと思った。
「休憩はもう大丈夫?」
「うん!もうばっちり」
メルティもすっかり休憩できたようなので、改めて魔馬の速度を上げる2人。ちなみに今のクロウ達の服装は機能性重視であり、クロウはいわゆるアイアンレザー装備、メルティも動きやすいジーンズの長ズボンと白いシャツを着ている。はたから見れば、駆け出しの戦士ジョブ2人だが、素材だけは魔獣の森での一級品をふんだんに使用しているので、その見た目からは考えられない程の防御力を有している。
2人で颯爽と街道をかけて、後200mで城門にたどり着こうと言う所で、クロウの視界の中に初めて【ようこそ!イリアス戦記へ!】と言う、なんとも今更なシステムテロップが出現した。流石の遅さに内心で悪態をつきながらも、クロウはアイテムバッグからライネル伯爵の紋章が刻まれたペンダント取り出した。そのまま城門付近の門番に見えるように腕を掲げると、ゴゴゴゴゴと言う大きな音と共に、クロウ達の前に立ちふさがる堀の端が下りてきた。同時に残念ながら正面の城門は開けられなかったが、勝手口があるようで、そこから不恰好な鎧とちんまりとした槍を持った青年が現れた。
「えっと!初めまして!2人は伯爵様のお、お人ですよね!その紋章見たことあります!ど、どうぞ中へ!」
赤毛の巻髪に日焼けした素肌、門番用の鎧の着慣れなさとその口調。もしかしてと思いこっそり[龍眼]でその門番を見てみると、Lv3の農民と言う職業に就いている青年だった。恐らく臨時で門番として働かされているのだろう。農民を門番として徴兵する程に人手不足である事に驚きだ。
「降りろ!降りろ!降りろ!」
農民の門番に魔馬を引いて街の中に入れてもらうと、思った通りというか、多くの人は酒を飲んで酔っ払っていたり、仕事を放棄して街中で寝ていたり、中には怒りのあまり建物を破壊して回ったりしていた。さらには役所やギルドに向かって罵声を浴びせたりや卵や腐った野菜、それから動物のフンを投げていたりしている。時々街の中を守衛らしき数人の騎士が怒声と共に制止しているが、それも効果はむなしく、逆に乱闘騒ぎになったりもしている。
「パパ、思ったよりもひどいねここ」
「うん、当てられるよ」
負の感情を丸出しにした人間と言うのは、周囲への影響も凄まじく、そういった人の傍にいるだけで気分が滅入ったり、やる気が下がる事もある。だが今回クロウ達はそんな現状を変えるべくやってきたのだ。周りに当てられて自分も同じように気分が滅入っては、それこそミイラ取りがミイラになると言う事、メルティの背中を軽くパンと叩いて気合を入れると、少し駆け足で街の中央にあるライネル伯爵邸に向かって魔馬を走らせた。




