基礎スキル習得タイムⅠ
「よし」
思わず声に出てしまったが、特に誰か反応する様子もなかった。
才能、キャラクターが生まれ持つ能力の一つであり、時には攻撃スキルだったり、強力な防御結界だったりする。先天的に所持している場合もあれば、後天的に発現する場合もある。クロウの場合、【魔神と人間の混血】と言う出自でのみ取得できる才能[魔神の種]と言う能力があった。
[魔神の種EX]:全魔法習得可能、獲得魔法熟練度大幅増加
最悪の出自でのみ取得できる最強のタレントの一つ。究極のランクEXにしてその効果は全ての魔法を覚えられる事と、獲得できる魔法熟練度が増えると言うものだ。つまり[瞑想D]から[瞑想C]にランクアップするのに他の人だと100時間以上必要な魔法スキルも、自分だとかなり短い時間で十分と言う事だ。
「おら!夜飯の時間だガキ!」
夜、再びカビたパンと泥のようなよくわからないスープを持ってきた小太りの男性、挨拶がわりにと今度は顔に一発パンチを入れてきた。
「けっ、命だけはしぶとい連中だ」
男が出て行ったのを確認し、地面に落ちたパンの埃を払って、再びカビた部分を千切る。今朝のように再び食べようと思ったが、右目を抑えた、57番と呼ばれていた少年と、顔の半分を包帯で巻いている少女が涎を垂らしながらこちらを見ていた。
「食べる?」
「いいのか?」
まずは57番と呼ばれた少年に話しかける。
「その様子だと、今日は食べてないんだろう?」
「ああ、実験が無い日は飯が無いんだ」
「おいおい、餓死させる気かよ」
「さあな」
手にしたパンを半分に千切り、俺は少年の方に投げた。彼は受け取ると、ゆっくりと手でパンを千切って食べ始めた。
「お前も食べるか?」
物陰にいる少女に話しかける。彼女も自分たちと同じようにぼろぼろの服を着ており、自分の両膝を抱いて、まるでその膝に顔を隠すようにこちらを見ていたが、少ししたのちに、クロウの問いにこくりと頷いた。
「ああ、そいつは確か104番だったか、喉が潰されて喋られないんだ」
「な!?」
改めて彼女の方を見る、長い間栄養不足だったせいか、骨と皮しかないようなやせ細った身体に、その長く伸びる黒い髪を乱雑に伸ばした彼女は、確かに喉の周囲にちらりとだが、痛々しい傷跡が残っていた。
「危害は加えない、このスープをあげるから、それでいい?」
少しずつ彼女に近づく。最初はこちらが近づくたびに驚いて恐怖の表情を浮かべて自分の両膝に顔を埋めたが、クロウが近づいて、なにもせずにじっと待っていると、再び顔を上げた。
「飲めるか?ゆっくりでいい」
スープ入った器を軽く彼女の口に近づける。彼女は膝を下ろし、雛鳥のように顔を少し突き出した。器の縁を彼女の口にあて、少しだけ傾ける。彼女は遠慮がちだが、少しだけ口に含むと、自然とそのスープを飲み込んだ。
「ごほっ!ごほっ!」
が、どうやら喉の奥にまだ傷があるようで、反射的に吐き出してしまった。
「ちょっと待っててくれ」
手に持ったパンを更に半分千切り、少しだけパンをスープに浸す。少しだけ待って十分にスープの水分を吸わせ、再び彼女の口元に近づけた。
「これで、ちょっとずつ、パンに染みたスープを吸い取れるか?」
彼女はパンの底に口を当て、少しだけ吸う。最初はまだ慣れないようで、再び咳き込んでいたが、何回かするうちに慣れてきたようで、彼女はもっともっとと言わんばかりにクロウの腕を掴んで急かした。
「俺の分もやるよ」
57番の少年は残った分を半分千切ってクロウに渡した。
「ありがとう、スープは残り半分くらいだが、いるか?」
「うん」
彼女はヒタヒタになって柔らかくなったパンを食べている。固形食はまだ早いと思ったが、どうにか食べようとしている彼女の必死さから、何も言えなくなった。
夜になり、2人が寝静まった後、クロウは相変わらず[瞑想]のランク上げに勤しんでいた。と言うのも、[瞑想]をAランクまで上げると、新しい魔法スキルを複数習得できるからだ。どれも強力なスキルであり、普通は魔法学園等の育成機関で魔法書を使って覚える代物だが、自力で覚えることも可能である。
寝る間も惜しみつつ、瞑想を続け、自分の奥へ奥へと潜り続けるクロウ。[瞑想]のスキルがAランクになる頃には既に一週間が経とうとしていた。
一週間後、今日も実験が終わり、夜飯が投げ込まれる。最近はあの男がこちらを殴る事もなくなったが、ここ一週間ずっと自分だけが実験に呼ばれていた。
「あ」
スープの入った皿を上手くキャッチすると同時に、包帯の少女がとてとてと近づいてくる。どうやらかなり打ち解けられたようで、以前のように怖がられる事は無くなった。だが...
「近い....」
早く食べさせろと言わんばかりに彼女は地面に座ったクロウの胸元に抱き着く。もうすっかり喉の調子もよくなり、今では普通に食事ができるようになったはずだが。
「あ」
先程の急かすような声とは違い、口を開けて親鳥の餌付けを待つ雛鳥のようだ。
「もう自分で食べられるだろ?」
「あーあ!」
「....ったく」
クロウはいつものように先にパンを三等分して、そのうちの一切れを57番に渡す。
「ありがとう」
「おう」
そうして胸元で自分の胸に額を当ててぐりぐりと急かす104番の少女にヒタヒタのパンを差し出す。
「あむ」
以前のようにもうパンを吸う必要はなく、ヒタヒタのパンをその小さい口で少しずつ齧る。以前より懐いたせいか、彼女の素顔を見る機会も増えた。喉だけではなく、顎にも手術跡が有り、そのせいで上手く口が開かないようだ。
「よしよし」
「あー!」
「はいはいおかわりね」
再びスープにパンを浸し、彼女に差し出す。あっという間に自分の分を平らげた彼女は、まだ足りないと言わんばかりに今度は指ごと口に入れた。
「こら」
「あー」
物足りないと言わんばかりにクロウの胸元に再び額をぐりぐりする彼女を他所に、残ったスープを57番に渡す。
「ありがとう、いつも思うが、お前は足りるのか?」
「ああ、見ての通り、身体だけは丈夫だからな」
前髪をまくり上げ、自分の少しだけ伸びた角を指さす。事実、やはり身体は常人より丈夫なようで、最近ではあの男に蹴られたり殴られたりしても特に痛みも感じなくなった。
「ん?寝たか」
「みたいだな」
身体を抱きしめて背中をぽんぽんと規則よく軽く叩いていると、少女はいつの間にか丸くなって眠ってしまった。
「よいしょ」
起こさないように彼女を抱き上げ、牢屋の中にある少ない藁をかき集め、彼女を隠すように被せる。
「お休み、72番」
「お休み、57番」
[瞑想A]になってから、新しく習得した2つのスキル[魔力感知D]と[魔力吸収D]
[瞑想A]:MP1/秒回復
[魔力感知D]:半径2m内の魔力を短時間感知する
[魔力吸収D]:触れた対象の魔力を少量吸収する
この2つの魔法スキルもいわゆる極めれば強いスキルだが、非常に使いづらいと言われている。[魔力感知]は見境なく感知してしまうため、そこらへんの草木や昆虫まで全て感知し、脳に非常に負担がかかる。[魔力吸収]もそれこそMP1か2しか吸収できないので、一般的な魔法使いは属性魔法の習得に時間を費やす。
が、今の状況では他に習得できる魔法スキルもないので、ひとまずこの2つの熟練度を上げることにした。