魔獣の森XV
「む、まずいな」
「どうしたんだアルル?」
すっかりとクロウも自分の新能力に慣れた頃、いつものように朝起きてシルキー達と共に朝食の準備をしていると、アルルがドタバタと家中を走り回っていた。
「小娘の姿が無い」
「メルティ?自室じゃないのか?」
「自分の部屋にはおらんかった」
「メルティの部屋だ」
「む、そうじゃった」
昔のようにいつも添い寝をしている感覚だったのだろう。もうかれこれアルルの元へ来てから1年と半分が経つが、いまだに出会った当初にような小さい娘の感覚が抜けないのだろう。それにしても、この1年間の間に様々な魔獣の血や肉を食べたせいで、彼女もすくすくと大きく育ったものだ。しみじみと出会ったばかりのガリガリだったメルティが、今では立派な銀髪に美少女になった事に感心しつつ、うんうんとうなづいていると、家の壁が豪快に破壊される音がした。
「うわなんだ!?」
急いで家の外へ行く。そして音のした方へ向かうと
「キッ」
「シャァアアアアア!」
狂乱したメルティがブラッキーに襲いかかっていた。
「え!?メルティ!?」
「シャァ…?」
クロウの声に少しだけ反応し、真っ赤に血走った目にイキリたった髪と牙を逆立てたメルティが一瞬こちらを向くが、すぐに目の前のブラッキーに襲いかかった。
「おいメルティ!」
「待てクロウ」
急いでメルティを止めようとしたクロウを引き止めるアルル
「どうした?!」
「あの症状は、【貧血】じゃな」
「えぇ?そんな鉄分不足みたいな」
「吸血鬼の場合はちと話が変わってくる。この場合だと、いつも常備しているただの魔獣の血では既に彼女にとってエネルギー不足になっていると言う訳だ」
「そうなのか」
「うむ、それに加えて、かなりの量のヌシ級の魔獣の血も飲んでおるから、どうやら並の魔獣の血ではまともなエネルギーが取れず、ヌシ級かそれ以上の血が必要だ」
「なら俺の」
「ドアホ!お主の血なぞ飲ませたら口に入れた瞬間爆発四散するわ!」
「えぇ…?」
やれやれと言いながらアルルは自分の服の袖を捲り上げる。
「この場合はわしの血しかあるまい、これでもヌシ級の中のヌシ級、お主には及ばないがかなりの強者だ」
そう言いながらクロウが作ってプレゼントしたアイテムバッグから小さなナイフを取り出し、自分の腕を薄く切る。
「シャァ…スンスン…シャァアアアアア!」
狂乱したメルティは新しい血の匂いを嗅ぐと、すぐさま襲いかかる方向を変えて飛びかかってくる。
「ほれ、お主はあの黒いメイドの機嫌を直すことを考えた方がよかろう」
アルルの腕に噛み付いたメルティを宥めるように「よしよし」と言いながら頭を撫でる。当のメルティ本人は容赦なくゴクゴクとアルルの血を飲んでいる。幸い、一口飲む度にどんどんと落ち着きを取り戻していってるようで、数分もすると逆立った髪も牙もすっかりと落ち着き、いつもの調子に戻ったようだ。
「やべ!ブチギレてる!」
自らのスカートを翻し、太腿のガーターベルトとガーターリングに括り付けられていた短剣を2本抜いて問答無用でメルティ達に襲いかかるブラッキー。召喚された時から思ったけど、通常のシルキーが1mちょいの身長に対して、なぜかブラッキー達は160cm近くある。それに加えて、今現在戦闘モードに入ったブラッキーは魔法で戦いやすい身長にしているせいか、メルティとあまり変わらない170cmまで成長している。
「ストップ!代わりに俺が謝るから!落ち着け!」
急いでメルティとアルルの前に立ち塞がり、襲いかかるブラッキーを宥めようとするが、ビリビリに切り裂かれたその服装と、彼女の首元にメルティとの歯跡が残っている事から、彼女は怒りのあまり正気を失っているのかもしれない。
「しょうがないっ!ごめん!」
怒りのあまりいつもの凛々しい鉄面皮もすっかり剥がれ落ち、眼球すら真っ黒に染まっているブラッキー。このまま弱っている2人を攻撃されるわけにもいかないが、彼女を傷つけるわけにもいかない。クロウはスキル等を使わず、両手を広げて自らブラッキーに突進し、その短剣を持った両腕ごとぎゅっと彼女を抱きしめた。
「あっ」
アルルがたまらず声を漏らす。何か不味い事を目撃したような声だったので、不思議に思ったが、抱きしめているブラッキーが一瞬身体をこわばらせたかと思うと、ぽふっと、両手に持っていた短剣を地面に落とした。
「ん?どうしうおっ!?」
抱きしめているブラッキーからの予想外の行動に、思わず体制を崩してしまうクロウ。てっきり彼女は拘束を振りほどくと思っていたが、逆に押し倒されてしまった。
「おい!お前もかよ!」
先程までの怒りの表情はなく、むしろ興奮をしているブラッキー。白い頬は赤く上気しており、瞳にはピンク色のハートマークが浮かんでいた。呼吸も荒く、時々舌なめずりをしながらクロウの腹に跨り、腰を前後に動かしながらビリビリの服を脱ごうとしていた。
「うわ!このドアホッ!」
何かこれ以上不味い事になる前にクロウは自分の上に乗っているブラッキーの顔面にアイアンクローをした。
「ッ!!!」
流石に先ほどまでの興奮はどこかへ行き、あまりの痛さにクロウの腕をぺちぺち叩いてギブアップの合図をするブラッキー、どうやら冷静になったようで、騒ぎを聞きつけてきた他の2人のブラッキーに腕を引かれて、家へ戻っていった。
「ぱばぁああああ!ごべんなさいぃいいい!」
正気を取り戻したメルティは、アルルの胸元を鼻水と涙でぐしゃぐしゃにした後、今度はその顔のままクロウに抱き着こうとしていた。
「だぁもう!泣くな!しょうがない!こればっかりは!」
素早く自分のアイテムバッグから綺麗なハンカチを取り出し、メルティの顔をくしくしと綺麗に拭いてやる。
「あだじがぁ!ぐすんっ、あだじがじょうじぎに言わなかったから!ごべんなさいぃいいい!」
「分かったから!泣くなってもう!あーもう、よしよし、パパ怒ってないから!パパって言うな!」
「あだしいっでないぃいい!」
「いやごめんて、これ条件反射で、いやもう今だけは言っていいから!とりあえず泣き止んでくれ」
「ぱぁ~ぱ?」
「お前は言うんじゃねぇよアルル」
「あだだだだ!」
上目遣いで可愛くメルティの真似をするアルルに容赦なくアイアンクローを決める。意外と使いやすい技だなと思い、今後ともアホを〆る時は積極的に使っていこうと思ったクロウだった。
「ッ!ッ!ッ!」
先程クロウを押し倒したブラッキーがどこからか新しい服に着替えたようで、必死に深々と頭を何度も下げて謝罪している。
「いや大丈夫だから、怒ってないから、こっちこそごめんね、後でいっぱい美味しいコーヒーと新作のチョコクッキー作るね!」
「ッ!ッ!」
謝罪していたブラッキーは美味しいコーヒーと新作のチョコクッキーと聞いて、今度は目を輝かせてうんうんと頷いていた。もっと冷徹なキャラだと思っていたが、結構可愛い所があるなぁと思ったクロウ。そんな彼女の後ろではぷんすか怒った他の2体のブラッキーが彼女の後頭部にチョップをかまし、なんだか厳しい女教師のような顔で「淑女たれ!」みたいに怒っている。言われた彼女もこほんと言ったポーズを取った後、すぐにいつもの凛々しい鉄面皮に戻った。
「あー、あれ意識して作ってたんだ」
ふよふよと飛んで家の修繕を始める3体のブラッキーを眺めつつ、号泣するメルティをどう宥めようか考え始めたクロウだった




