魔獣の森Ⅷ
「おかえり」
深夜、外で【豹王】を含めて、大量の豹を解体していると、アルルがやってきた。
「ん?寝てなかったのか」
「今夜は月が綺麗だからな」
クロウも彼女につられて上を見てみると、確かに綺麗な月がしんしんと輝いていた。
「君がいずれ出ていく事を考えると、少し悲しいな」
「どうしたんだ急に」
珍しい事を言うので、流石のクロウもアルルの発言に驚いてしまった。
「いやなんだ、試しに行ってみただけだ」
「俺で試すなよ」
少し苦笑して、夜食がてらアルルに切り分けた甘い果実にはちみつをかけたデザートを渡す。
「ありがとう」
「そういえば豹王もお前の事を森の賢者だとか言ってたけど」
「なんだ気になるのか?私の事が」
「そりゃあまあ」
「まあ特に面白い話でもないが、短く話そう」
どうやらアルルも、他のヌシ級の魔獣同様、最初は【魔鹿】として数百年前からこの森に住んでいたが、ある日突如として他の魔獣の数倍の知恵を手に入れた。そのおかげかあっという間に【魔鹿】の群れの長になり、草食獣として森の中の安息地を求めて住処を転々としていたという。アルル自身は自然と[木魔法]や[水魔法]を覚え、多少は自分の群れを守れるものの、やはり捕食獣が多すぎて、必死な彼女とは裏腹に、どんどんと群れの数が減っていってしまった。最終的に、彼女は単独で他のヌシ級の魔獣を複数体倒せるようになるほど強くなったが、そのころにはすっかり一人になってしまった。
「大変だったんだな」
「まあそれからはここにずっと一人で住んでいたよ、[人化]のスキルを身に着けてからは、以前に言ったあのライネル伯爵の村や街で人間として生活していた事もある。彼の娘や息子の先生をしていた事もあったなぁ....今になっては懐かしい記憶だ」
「道理であいつに教えるのが上手いわけだ」
「ま、そんな事があって今に至るわけだよ」
おかわりと言わんばかりにアルルは空の器をクロウに再び差し出す。
「確か後1年と少しであいつが完全に【吸血鬼化】するんだよな?」
「うむ、半だから完全なヴァンパイア程不便な事もないだろう。戦闘力は劣るものの、日光や聖水が弱点、などと言う事も無いぞ。弱点は普通の生物と変わらないな、心臓だ」
「頭は吹き飛ばされても生きてるんだ」
「それくらいなら魔力と血を消費して回復する。回数に限りはあるがな」
「結構強くなりそうだな」
「そうね、もちろん生半可な強さにする気はないわ」
なぜかメラメラと少女を物凄く強くするという強い意志を感じる。
「なんか母親みたいだな」
「ふふ、そうかもな」
アルルはそんな冗談を笑うように、だが少し嬉しそうにクロウの言葉にそう返した。
「さて、私はそろそろ眠るとするよ」
「分かった、俺も軽くシャワーを浴びて寝るとする」
「....背中を流そうか?」
「やめい」
いたずらっぽく笑うアルルは、月明りに照らされて、どこまでも神秘的で、どこか人懐っこかった。
翌朝、少し早めに起きたクロウは、先に2人の分の朝食を食べてから、魔獣の肉が足りなくなったので、再び森へ出て魔獣狩りをする事にした。
「む?」
森の南西へ向かい、周囲の生物を探していると、
「お嬢様!お下がりください!」
「じいや!」
「ここは私の命に代えてでも」
以前の壊れた馬車があった場所から悲痛な声が聞こえてくる。
「ん?魔犀か」
[エアロマニューバ]の速度を更に上げて声のする方へ接近する。
「ぶるる、ぶるるる」
魔犀が[突進]の準備を始める。老年の馬車の御者はレイピアを握りしめて受け流そうと構えているが、残念ながらもうレイピアも折れており、自身も死にそうになっている。
「[魔力支配]」
空から急降下して魔犀に触れ、[突進]しようとするそれを[怪力]で抑え込み、絶命するまで魔力を吸い尽くす。決死の覚悟を決めていた老年の執事と、後ろで庇われていた綺麗なお嬢さんがポカーンとした顔を浮かべていた。
「その服、もしかして【ライネル伯爵】の関係者か?」
「そ、その通りです」
「ふむ、馬車は....まだ使えるな、じゃあこれ」
「そ、それは!先遣隊の!」
「先日回収した、知り合いがこれはライネル伯爵の物だと言っていたから、全部このアイテムボックスに入れておいた」
「あ、ありがとうございます」
「はいどうぞ、この中に見つかった物は全部あるので、それでは」
渡す時にアイテムボックスの独占権を消去しておく。一応誰でも使用できるようにしておいた。
「それじゃ」
「あの、貴方の名前は!」
「クロウだ」
自分のアイテムボックスを渡した後、クロウは倒した魔犀を掴み、そのまま[エアロマニューバ]でアルル達の居場所へ戻る事にした。
「クロー!」
「お、ただいま」
「おかえりクロウ君」
「アルル、そういえばライネル伯爵の執事らしい人物達に会ったよ」
「ほう、様子はどうだったんだ?」
「魔犀に襲われていたみたいでな、倒すついでに以前回収したアイテムも全部渡してきた」
「ふふ、彼も喜ぶだろう」
「後、伯爵令嬢らしき人もいたな、金髪で綺麗な人物だった」
「ふむ、年代からしたら、もしかして私の知っている令嬢の娘の娘かもしれない」
「そんなにか」
「ふむ、久しぶりに文通でもしようかな」
アルルは指を手に当て、大きな口笛を吹く。ピロロロと鳥のような音が森中に響くと、どこからか大きな鷲が飛んできた。家の屋根の上に止まった大鷲はアルルの姿を見つけると、同じようにピロロと鳴いた。
「久しぶりだ、我が友人よ」
「久しいなアルル、最後に私を呼んだのは数百年前だったか」
「もうそんなに経っていたのか、歳を取ると時間への意識がいかんせん緩くなるものだ」
「全くだ」
「して、こちらの龍の傑物は」
「彼はクロウ、私の親友だ」
屋根の上に留まっている大鷲は、アルルの言葉を聞くと、驚いたように目を大きく見開いた。
「ははははは!ふはははははは!」
「な、なにを笑っているんだ」
アルルは大きく笑うその友人に、少し怒ったように問いただした
「いや何、嬉しいんだよ」
「...ったく」
照れ隠しのようにアルルは頭をかく。
「して、何用だ我が友人よ」
「ライネルの元へ手紙を送りたい」
「ふむ、以前のようにでかまわないか」
「いや、人間の寿命は短い、当時の伯爵はもう生きていないだろう、何をされるか分からないから、以前のように、執務室の窓際に置いておくだけで十分だ」
「分かった、我が手下に任せればいいだろう」
「待ってくれ、アルル、その鷲の友人は」
「すまない、紹介するのを忘れていた、彼は【鷲王アクィラ】、私も数少ない友人であり、森のヌシの一人でもあるよ」
「俺はクロウだ、よろしくアクィラ」
「うむ、よろしくだ」
「ではアクィラ、私は少々手紙を書くから、その間少し待っていてくれ」
「かまわない、手下を呼んでこよう」
アクィラはピロロロと一際大きな声で鳴く。その間、アルルはクロウと共に家に戻り、共に手紙を書くことにした。
「そうだね、とりあえず私は生きている事を伝えるのと、彼の後代に私達のキーワードも伝えなければなるまい」
「キーワードを決めていたのか」
「そうだ、私達を語る存在がいても困るからな」
「そんな奴いるんかねぇ」
「過去に何人かいたよ、全員アクィラの手下の餌になったけれど」
「おーおっかな」
「君にだけは言われたくないな」
10分程で手紙を書き終えたアルル。外へ出ると、アクィラの隣に同じような鷲がいる。
「任せたよ」
「うむ」
アルルは手際よく手紙を丸め、文通用の鷲が器用にその嘴で手紙を加えると、あっという間に西へ飛び立った。




