新タイトルと色々慣れてきたクロウ
【イリアス戦記】
【オーバーザホライゾン】が世界中にVRMMOの火を付けたゲームと言うならば、この【イリアス戦記】は第三世代のゲームタイトル。無数の登場キャラクターとプレイヤー達が織りなす群雄割拠の大戦記が売りのゲームだ。他のゲームとは違い、内政や戦略に重きを置いたこのゲーム、その難易度の高さと規模の大きさから、消えかけたVRMMOの熱を世間に再び爆発的な人気をもたらした。
洗練された職業システムに膨大な数の技能、更には加護や天性の才能が存在するこのゲームは、その組み合わせによりプレイヤーに無数のプレイスタイルや無限の可能をもたらしていた。
【イリアス戦記】
友人に勧められて新しく始めたフルダイブ型VRMMO、以前にプレイした【オーバーザホライゾン】とは違い、何やら戦記と言うくらいだから何やら戦略シュミレーションに比重を置いたゲームなのだとか。
既にゲームが発売されてから少し時間が経ってしまったが、今から始めても十分に遊べるとの事なので、早速このゲームを始める事にした。
「えーと、イリアス戦記は....」
早速意識をヘルメット型ゲーム機にフルダイブさせ、ゲームタイトル選択画面から【イリアス戦記】を視線で選ぶ。タイトル画面はライブムービーらしき映像がバックで流れており、ファンタジーらしいエルフやドワーフが陣形を組んで互いに激しい戦争を行っていた。
「ほー!いいじゃんいいじゃん、内政もあるっぽいし、たまには部下に全部任せて自分の領地でのんびり金稼ぎってほのぼのプレイもいいな」
クロウは早速NEW GAMEを選択する。すると、いわゆるキャラクリ画面に切り替わった。
職業、出自、勢力、家系、加護、才能などなど、無数に選べる要素が目の前に広がった。
「なるほど!これ滅茶苦茶時間かかるやつだ!」
なぜなら選択した要項の横に、勢力の説明やスキルの特性、派生、ジョブの進化先など、余すことなくゲーム運営が全て説明してくれている。今一度自分がやりたいものをきちんと考えないと、もはやゲームすら始められない。クロウはここから数時間、公式の要項説明や攻略情報を照らし合わせ、自分のやりたいプレイとゲーム内での強さも考えつつ、キャラクリを進めていった。
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「おいガキ!起きろ!飯の時間だ!」
次にクロウが目を覚ましたのは、誰かに顔に冷水をぶっかけられてからだ。
「ぶはっ!?」
「ちっ、売れ残りの半悪魔が!」
「ぐっ!」
目の前にいる小太りの30代後半の男性は、いきなり体が少し浮くほどの蹴りを腹部に入れた。
「けっ、とっとと飯食いな」
クロウが周囲を見渡すと、どうやら小さい牢屋に他の子どもと一緒に閉じ込められているようだった。とにもかくにも空腹感が凄かったので、先ほどの男が地面に乱暴に放り投げた泥のようなスープを飲む。カビの生えたパンもあったが、カビている部分だけ千切って、その他の部分はお構いなしに全て食べ尽くした。
ふむ、どうやらゲームは無事に始める事が出来たようだ。今の自分は恐らく設定通りの出自【魔神と人間の混血】と言うおよそ最悪の出自を選択できたらしい。自分の額を触ってみると、小さな角のような突起が2つ出てきており、腕には魚の鱗のようなものが生えようとしていた。脱出しようにも今のままでは何もできないので、とりあえず様子を見つつ、時期を見計らって逃走しよう。
【魔神】、いわゆるゲーム内最悪最強の神格であり、余りの強さと凶悪さから多くの人を引き付けてやまないのだが、並みの方法では触れる事も関わる事も出来ない。だが、自分のように自身の出自を【魔神と人間の混血】にすれば、一応その系列に参加する事はできる。ただし、多くの人々がこの出自で長期間プレイできた試しはない。なぜならイリアス戦記において【魔神】は絶対悪であり、まともな人間ならば誰もが子供だろとお構いなしにその存在を抹消しようとするからだ。だからクロウは賭けた。もう一つの出自である【悪魔崇拝者の実験体】
残念ながらまだメニューを開く方法を見つけていないが、自分の設定通りなら....
「72番、出ろ、時間だ」
先ほどとは違う男が自分の首に繋がった鎖を引っ張る。どうやら実験の時間のようだ。
鎖に引っ張られながら牢屋を出る。自分の右腕の大量の注射跡から見るに、どうやらここの崇拝者は自分に無数の魔族か魔物の血を打ち込んでいるようだ。
「入れ、そこに座れ」
抵抗せずに言われた通り、研究室のような場所に入り、白い聖職者の服を着た人物の前にある椅子に座る。
「動くな、先生、お願いします」
「は~い、動いてはいけませんよ~」
ガスマスクのようなマスクをしている白い聖職者の服を着た人物はどうやら女性のようで、手に持った青い液体の入った注射針を躊躇いなく自分に打ち込んだ。
「うっ!?」
瞬間、心臓が脈打つたびに全身に寒さと熱さが走る。たまらずうめき声をあげて、全身を両手で搔きむしるが、一向に不快感は消えず、後からやってきた嘔吐感にたまらず先ほど食べた食事も戻してしまう。
「あら♪ようやく効果が出てきたみたいですね」
「先生、やはり強力な魔族の血ではないと」
「はい、そのようですね」
「分かりました、次は何を」
「次は雷属性の古代悪魔の血が欲しいですね」
「分かりました、すぐに依頼を出します」
「お願いいたします~」
全身の不快感と嘔吐感も収まらないまま、抗えない嘔吐に只管胃液を戻しつつ、ずるずると元の牢屋へと引きずり戻されていった。
数分後、
どうやら身体が慣れてきたようで、先程までの不快感も嘔吐感もすっかり収まってしまった。
「だ、大丈夫かお前?」
話しかけられた方を見ると、10歳くらいの、右目を閉じた少年が話しかけてきていた。
「ああ、慣れてきた」
「お前!?話せるのか?」
「?」
意味の分からない質問をされたので、聞き返すと、どうやら彼は自分と同じ時期に捕まってきたようで、一緒にいる4年間、俺はただただ毎日一言も話さず、ひたすら飯を食って寝て実験されて副作用に苦しんでを繰り返していたらしい。
「多分身体が慣れてきたんだろう、ようやく口が利けるようになった」
「そうだったのか」
右を閉じた少年は、ハッとしたように自分の口を閉じる。
「あらあら、57番君はもう元気になったんですね~?」
声のした方を見てみると、どうやら先ほど自分に注射を打ったガスマスクの女が様子を見に来たようだ。
「まあいいでしょう、72番君、お身体は大丈夫ですか?」
「慣れてきた」
「あらま!お話もできるようになったんですね!」
「ああ、注射を打たれてからだな」
「あらあら♪どうやら我々の方向性は間違っていないようですね」
うふふと言いながら、彼女?は嬉しそうに踵を返した。
「ほっ...」
他にもう一人、顔の半分に包帯を巻いた自分より少し幼い少女が牢屋の隅で自分の息を殺すようにガタガタと震えていた。恐らく先ほどのガスマスクの人物に怯えているのだろう。
「あいつは?」
右目を手で押さえている少年に片隅の少女について聞こうと思ったが、2人共口が聞けない程恐怖しているので、諦めてクロウはまず自分のすべき事を始めた。
まずは牢屋の中心に胡坐をかく。そして自分の右手で自分の心臓とは逆の位置を親指で少し押し、左手の手のひらで鳩尾を覆う。そうしてそのまま両目を閉じ、自身の中へ、奥へと意識を集中させる。これはジョブ【魔法使い】が生まれながら持っているスキルの一つ、[瞑想]を習得するための行為だ。
[瞑想D]:MP0.001/秒回復
シンプルかつ強力なスキルだが、習得方法が分かってもスキルのランクを上げる、つまりDからCにする方法が余りにもダルすぎてMPポーションを飲むのが早いと言う理由で、誰もやらなかった。具体的に言うと、【意識的に[瞑想]スキルを使い続ける】と言う方法だ。実際に試したプレイヤーがいるが、どうやらゲーム内時間で100時間やり続けても一向に上がらなかったので、検証をやめたらしい。だがクロウならその理由が分かる。
【[瞑想]のランクが上昇しました】
才能が無いからだ