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作者: シグマ君

 そのカラオケ屋の建物は新しくない。各部屋がアルファベットで示された平屋のカラオケ屋。

 ここは北海道の人口20万人程度の地方都市で、公立と私立を合わせると12の高校があり、近隣の町村からも多くの高校生が通ってくる。高2の俺は友人の玉置と二人でD室にいる。学校は昼から抜け出し、サボった。


「玉置、次入れたか? …………さっきからナニやってんだ?」


 玉置は窓のカーテンを開け、外を見ていた。

 このカラオケ屋にはどういう訳だか窓がついてる部屋がある。このD室だ。他の部屋には窓など無いし、そもそも防音が必要なカラオケに窓は不要だ。だがこの部屋には窓があり、さっきから玉置はずっとその窓から外を見ている。


「この前、お前と来た時もこの部屋だった………D室」


 玉置は振り向きもせずにそう言った。俺は、玉置が歌わないなら続けて歌おうと次の曲を探していた。


「………え? そうだったか?」


 いったいなんなんだ? 面倒臭ぇヤツだな。どの部屋だったかなんて覚えてねぇよ。日記でも付けてんのか? 前と同じ部屋だったらなんだってよ?

 そんな俺の思いなどお構いなしに、この部屋ってやっぱり敬遠されてるんだ、との呟きが聞こえた。


「なぁ佐伯、ちょっとこっち来て見てみろって」

「ああああ??」

「いいから来いって」


 玉置が執拗に言うから俺は溜息をつき、立ち上がって傍に行った。


「ほら、他の部屋に窓なんか無いだろ」


 このカラオケ屋は上空から見ると「ロの字」になっており、建物が中庭を囲むような造りだから、窓から他の部屋の外壁が見える。玉置が言うように見える他の部屋には窓など無いが、そんなことは言われるまでもなく知っていた。このカラオケ屋は他店に比べ値段が安いから、カラオケと言えばここに来てる。だが他の部屋は窓が外から塞がれたようになっているのを初めて知った。部屋に入ってしまうとそんな造りになっていることなど分からない。どうしてD室だけが塞がれてない? 妙に気になる。


「いっ、いや、知ってたし…………お前、今頃気づいた?」


 玉置の言うように、この部屋だけに窓があるのが気になった。だがそんな素振りを見せたくないと、俺は強がっていた。


「池あるだろ」

「ああ、あるな」

「あの池、この部屋からしか見えないんだよな。他の部屋に窓ないし。あの池………なんなのよ?」


 確かにそうだが、池が見えるからってそれが何だ? 意味が分からず玉置を見ると、じっとその池を見ているようだ。

 池は建物に囲まれた中庭の1/3を占める大きさだ。見るからに風通しが悪い中庭は、全部がコケだらけのように緑緑していて、その中庭の真ん中を掘って造られた人工池なのだろうが、生き物が棲んでいるようには見えない。空が晴れていないせいか水が濁って見える池。


「この中庭、桜もない。ツツジやシャクナゲもない。花なんてなにもない」

「ツツジ? シャク……なに?  お前、そっち系好きだったっけ?」


 なんだこいつ? いきなりジジー臭ぇこと言い出しやがった。シャクなんだかって花か? どんな花よ?


「俺の実家から車で1時間くらい行ったとこに、あるんだ」


 そう言えば、コイツは道北の聞いた事のないクソ田舎が実家で、高校からコッチに来たんだった。だけどいきなり実家の話しか?


「あるってナニが?」

「池」

「いや………池なんてどこにでもあんだろ」

「………あれは沼かな」


 池と沼の違いがよく解らない。湖ってのもあるな。違いは大きさか? それを言おうと思ったが、玉置は勝手に喋り始めた。


 玉置の実家から車で1時間ほど走ると廃墟があるという。昔は栄えた炭鉱の街。その廃墟が当時のままの姿ーーーコンクリートは水を吸ったり凍ったりを繰り返し、崩れかけ、酷く荒れた姿で、当時とはかけ離れた姿を晒してはいるが、どういう訳か全てが取り壊されずに残っているから、当時のままの姿でと言うが、完全なゴーストタウンがあるらしい。そのゴーストタウンの中を通っているのが道道という北海道が管理する道路なのだが、日が落ちるとその道を通る車は極端に減る。誰もが怖いからだという。道路の左右にある窓ガラスの1枚も残っていない鉄筋コンクリートでできたアパート群や診療所の跡。灯りなど一つもない建物から誰かが見ている、見られていると感じ、恐ろしいのだと言う。

 その恐怖に耐えて暫く行くと次に出くわすのが、池、というか沼というのか、水を大量に溜めた場所に出る。そこは山に囲まれた盆地のせいか、まっすぐに伸びた道路がその池のような沼のようなモノにぶつかるように作られ、そしてその水辺を回り込むように伸びている道路。

 玉置は似てると言う。今いるD室から見える池と。

 その池のような沼のようなモノも山に囲まれた狭いエリアにあるせいで、今見ている中庭の池と同じように風が吹かない、ジメジメと湿った雰囲気、不思議なくらいに花がない、全部が似ている。そう言った玉置が続けた。


「夜にあそこを車で走らせるのは凄く怖い。誰もがそう言う。誰も夜には行きたがらない。どうしようも無い理由で行かざるを得ない時は、絶対に振り向かない、バックミラーも見ない。ハンドルにしがみ付いて前だけを必死で見て、そうやって通り抜ける。中学の時に親父が運転する車の助手席に乗って、一度だけ俺も通った。前々から有名な話で俺も知ってたけど、その時に親父に言われた。絶対に後ろを見るな、バックミラーも見たらダメだって。冗談やシャレじゃなかった。あの池は………マジでヤバイ。思い出しても怖い」


 心なしか青ざめた顔でそういった玉置に、あの中庭の池が似てるのか? と聞くと、似てる、そっくりだ、と答えた。


「B組の宇野リナ……知ってるよな?」

「お前の彼女だろ、知ってるって」

「そう、俺の彼女なんだけど………もう2週間も学校休んでんだ。前にリナと二人でこの部屋に来た」

「ふ~ん………それで?」

「リナが妙な気を起こしてよ………キスやら色々としてきた。カラオケって防犯カメラ付いてるだろ。それを言ったらな、この部屋だけ何回修理してもダメなんだってリナが言うのよ。映んないらしい。前にここでバイトしてたから知ってるみたいで……」


 玉置によると、その後、リナが窓のカーテンを開けたらしい。そしてずっと中庭を見続けていたから、ナニ見てんだ? と聞いたら、突然、泣き出して大変だったという。


「それから学校休んでんだ」

「いや…………偶然だろ。なんか体調悪くなる原因が他にあって……」

「あの池にはなにか、ある。じっと見てたら分かる。………ん? もしかしたら水か? 溜まってる水に……」



 その日から玉置は学校を休んだ。携帯に電話をしても呼び出し音が続くだけだ。玉置の下宿に行ってみると、下宿屋のおばさが、玉置君は実家に戻ってる、と言われた。

 それから数日後のことだ。俺は3年生の桜井芽衣という女と付き合っている。その芽衣と二人でカラオケに行った時のことだ。


「………やめよう。D室しか空いてない。別のとこ行こ」

「マジ?」

「アタシ、ちょっと見えるんだ。あの部屋から見える池……あれに関わったらダメだよ」



 5つ年上のアネキが久しぶりに札幌から帰ってきた時に、例のカラオケ屋の話しになった。


「ああ、あの建物ね~………へ~~カラオケになったんだ。あれは古いよ~、確か昭和の初め頃からあったって聞いた。ちょっとした料亭だったはず。昭和初期の料亭っていったらさ、仲居さんが当たり前に身体を売ってた所だからね、商売替えするにしてもイメージ悪いでしょ。だから普通は壊すんだろうけど、壊せないみたいだね。どんなイワクがあるのか知らないけど、歴史的な建造物でもないのに古いまんまの建物は………近寄らない方がいいと思うよ」


 そこで俺が、建物ではなく中庭にある池がおかしいんじゃないか、と言うと。



「池? ………料亭の跡だからありそうだね。池ね~~………水は腐るよ。色んな意味で」



 玉置はまもなく転校し、実家に戻ったらしい。携帯に電話を掛けても、現在使われておりませんのメッセージが流れる。


 今も営業を続けるカラオケ屋。D室には未だ窓があるのか分からない。知り合いの中であの部屋に入ったという者がいないから。だがきっと中庭にはまだ池がある。あの池は建物に囲まれて、潰すには建物をなんとかしなければならない。まだ営業を続けているカラオケ屋。安いから高校生が多く利用する。混んでいる時でもD室は空いている。それなのにD室の噂は不思議なくらい聞かない。

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