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四、夢か、まぼろし

 合唱コンクールは、ワタルのクラスの断トツ一位で幕を閉じた。クラスメイトは、お互いに肩を抱き合い喜びあっていた。飯田(いいだ)光国(みつくに)も、拳を突き上げて「やったー」と言った後、ワタルの肩を抱くと笑顔で言った。


「絶対いけると思ったんだよね。やったな」

「やりましたね」


 笑顔で答えると、光国がワタルをじっと見て、


「ワタル。可愛いねってよく言われるだろう」


 からかうように言われた。光国の言葉にワタルは顔が赤くなるのを感じ、それを見られないように俯くと、首を振った。すると光国は、ワタルの顔を覗き込むようにしながら、驚いたような声で言った。


「うっそだー。そんなはずないだろう。ワタルが気付いてないだけなんじゃないのか」


 ワタルが何も言わずに俯いたままでいると、光国は、ワタルの頭を軽く叩き、


「じゃ、教室に戻ろうぜ」


 ワタルは頷き、先に歩き出した光国の後を追った。教室に戻ると、担任の広田(ひろた)が、一人一人に声を掛けながら約束の飴を配っていた。ワタルたちに配られる頃には、もう残り少なかった。ワタルは、イチゴの飴を選んだ。広田は、ワタルに笑顔を見せると、


吉隅(よしずみ)。おまえ、本当にピアノ上手だな。将来、プロのピアニストになったらどうだ?」

「ピアノは大好きです。でも、ピアニストには、なれない気がします」


 ならない、ではなく、なれないと言ってしまった。ピアニストになりたいと思ったことがないとは言わない。が、それを目指して努力していこうという覚悟が、ワタルにはまだなかった。覚悟が出来ない以上は、なれるはずがない。そう思った。


 ワタルがそう答えると、広田はワタルの肩をポンポンと叩くと、


「そうか。ならなくてもいいぞ。なりたいものになればいいさ」


 笑顔で言ってくれた。無理強いしない、良い先生だと思った。ワタルは笑顔になり、「はい」と返事をして席に向かった。


 ワタルが着席すると、広田が笑顔で教室をぐるりと見回し、


「今日はみんな、お疲れ様。頑張ったな。すっごく良かったぞ。何度も聞いてたのに、本当に感動した。今日の事、一生忘れないと思う。それじゃ、解散。また明日」

「さようなら」


 声を合わせて挨拶し、広田が出ていくと、教室内は急に賑やかになって、今日のコンクールのことを話し始めた。


 指揮者の光国は、何人かのクラスメイトに囲まれていた。気分が高揚しているようで、何か大きな声で話し合っている。


 ワタルはそれを横目で見た後立ち上がり、鞄を手にすると教室を出た。役目を終えて、ほっとしていた。


 教室を出て行くワタルに、誰も気が付かない。日常が戻ってきた、と一人微笑みを浮べていた。


 校内は、どこも賑やかだが、ワタルの周りだけ、静けさに包まれているようだ。それが、ワタルの()()だ。


 今日までの半月ほどを振り返ると、どのシーンにも光国がいた。いつでもワタルに優しかった。指揮者と伴奏者。目が合う度に、胸がドキドキした。そして、その感情が何だったのか、ようやくわかった。


 ──そうか。ぼくは、飯田くんの事を、好きになってしまっていたんだ。


 ワタルは、自分が同性を好きになるという事実に驚いた。が、これはもうごまかせない。


 といって、光国と付き合いたいと思っていたのかと訊かれたら、答えに困るだろう。淡い想い。憧れのようなもの。そんな、ふわふわした感情。


 光国は、誰に対しても優しい。突き指した時の優しさも、特別な意味があるわけではない。わかっている。


 あの優しさ。あれはきっと、夢か、まぼろし。時が過ぎれば、忘れてしまうものだ。


 家に帰り着くとすぐに、ワタルはピアノを置いている部屋に向かった。ピアノの蓋を静かに開けると深呼吸をし、この半月、何度も何度も弾いてきた曲を弾き始めた。

                             (完)


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