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二、突き指

 合唱コンクールで伴奏をすると決まってから、ワタルは毎日のようにピアノの練習をした。


 そして、もうすっかり弾けるようになった頃だった。体育の時間に球技をやり、ボールを取り損なって突き指した。すぐに保健室に行き、手当てをしてもらった。

 

 手当てを終えて教室に戻ると、クラスメイトが一斉にワタルの方を見てきた。圧倒されて一歩さがってしまった。


吉隅(よしずみ)。どうすんだよ、ピアノ。本番、あさってだぞ。今日だって、この後練習なのにさ。弾けるのかよ」


 一人の男子がそう言ったのが引き金になって、他のクラスメイトも、「そうだ、そうだ」とはやし始めた。こんな経験は初めてだったので、どうしていいかわからず立ち尽くしていた。


 ワタルは、たとえ一本指が使えなくても代わりの指で弾けばいい、そう思っていた。が、クラスメイトはそれがわからないから、こうして責めるように言うのだな、とワタルは思った。軽く溜息を吐き、諦めの気持ちになったその時だった。


「みんな、黙れ。うるさい」


 いつも人を楽しくさせるような言動をしているところしか見た事のない飯田(いいだ)光国(みつくに)が、低い声で言った。あまりの意外さに、教室は一瞬にして静まり返った。


 光国はワタルのそばまで来ると、険しかった表情を柔らかくして、


「大丈夫か? 痛いだろう。ピアノ、弾けそうか?」


 優しい口調でワタルに訊いてくれる。ワタルは頷くと、


「大丈夫。この指使わないで、他の指で弾くから」

「そっか。よかった」


 そう言って光国は、ほっとしたように息を吐き出すと笑顔になり、ワタルの肩を軽く叩いた。それは、ワタルをねぎらってくれているみたいだった。


 光国は、ワタルから視線を外すと、いつもの表情でクラスメイトに向かい、


「だそうだよ。大丈夫だってさ。信じようぜ。きっと大丈夫だ。絶対一位になろうぜ」


 明るい声で言い放った。それまで神妙な顔をしていたクラスメイトも、急に元気が出たようで、「おお」と言いながら、拳を突き上げて賛同していた。この人は、なんてすごい人なんだろう、と、ワタルは感動すら覚えた。そして、ワタルは、何故だか胸がドキドキしていた。が、その理由はよくわからなかった。


 幼い頃、ワタルがドキドキすると言えば、ピアニストの演奏を聞いた時だった。本当に胸が高鳴って、会場から出たら急いで家に帰って、ピアノを弾いた。とにかくピアノが好きで、自分で弾くのもそうだが、人の演奏を聞くのも好きだった。


 会場に満たされる空気。あの独特の雰囲気が好きだ。録音された物を聞くのもいいが、あの空気感は、その場にいないと味わえない。それが、ワタルにとってのドキドキだった。


 が、今感じているこれは何だろう。すごい人を見た時、人はこんな風に感じるものなのだろうか。


 ワタルは、混乱したまま光国の横顔を見ていた。

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