剣と魔法の世界ラーキッド③
アムリタは、最初は小さな宿場町だった。
だが、人類と魔族の戦いが苛烈を極めていく中、辺境の地だったここはいつしか最前線となり、富と名声を求める若者が集まった。
若者が集まれば、そこには需要が生まれる。
需要が生まれれば、供給が始まる。
そうしてアムリタは日を追うごとに発展し、いまでは私が暮らしていた王都を追い抜かんばかりの賑わいを見せるようになった。
もう300年も昔の話だ。
残念なことに令嬢教育の一環として叩き込まれた知識は、戦闘では役に立たない。
だが、今にして思えばこの知識が、私の中に眠る前世の記憶を呼び起こしたのだろう。
私に教育を施した少し偏屈な叔母上には感謝せねばなるまい。
蜘蛛の皮をはぎながら、なんとはなしにそんなことを思う。
もちろん叔母上も、教育の結果可愛い姪が家を飛び出しあまつさえかのアムリタに向かうなど露も考えていなかったに違いない。
かくして私は家を飛び出し、シャインをもそそのかしてはるばるこの地までやってきた。
周囲で警戒を続けるシャインは飽きが来たのか大きなあくびをかましている。
ガリッ。
「あ」
骨なしチキンだと思って齧り付いたら骨ありだった時のような不快な衝撃を手元に感じた。
私の間抜けな声が洞窟にこだまする。
考え事をしながら繊細な剥ぎ取りの作業を行っていた結果、毒蜘蛛、正式名称ポイズン・ファングの牙が欠けてしまった。
牙は二対あるとはいえ、これでは片方の牙には買い手が着かないことが容易に予想される。
「どうした?なにかあったか?」
さすがに異常事態と目ざとく聞きつけたシャインが私に顔を向ける。
ばつの悪い表情をしながら、私は牙を懐にしまった。
「なんでもない。胃の内容物に驚いただけ。・・・見る?」
「・・・いい」
シャインは警戒という名の休憩に戻る。
私の勝ち。
財布を握っているのは私だから、きっとシャインが気づくことはないだろう。
買う予定だった少しお高めの化粧水を頭の中で算段から外しながら、もう片方を慎重に切り取った。
この魔物から取れて売れる素材は主に皮、牙、毒袋、毒液だ。
皮は伸縮性に優れ、防具のつなぎとして優秀だ。
現に、私が身に着けている防具の鉄と鉄の繋ぎ目にはこいつの素材が使われていたはず。
一匹から採取できる量も多く、なめしも必要ないので常に一定の価格で取引される。
なじみの防具屋に卸せば、一日の食費くらいにはなるだろう。
牙は鋭さに優れる。
少し欠けやすいのが難点だが、毒を抜きしっかりと研磨すれば料理人が用いる包丁となる。
面白いことに、欠けやすいのは難点でありつつビジネス的な側面で見れば長所であることだ。
欠けやすいということはつまり、買い替えの需要が生まれやすいことに通じる。
そんなわけで、こいつの牙は皮に比べると高値で売れる。
血と泥にまみれた乙女の柔肌を守るために作られた少しお高めの化粧品を買えるくらいには。
二本あるのがまた嬉しい。一本分はちょろまかしてやろうと思っていた私の算段は、儚くも崩れてしまったわけだが。
毒袋は主に毒矢を用いる射手に需要がある。
こちらはそう簡単に壊れるわけでも需要が大きいわけでもないので買取価格は控えめだが、個人的に試したいことがあったので売らずに取っておくことにする。
そして最後に毒液。
こいつは鉄をも溶かす強力な酸性毒で、素手で触れたら艶めかしい白肌が寂しい白骨と化すだろう。
しかし、往々にして毒とは有益な攻撃手段でもある。
剣も使えず魔法も初級しか使えないなんちゃって魔法使いの私にとって、魔力にも力にも頼らない攻撃手段はあればあるほど嬉しい。
こいつを振りかけるだけで機能停止になる機械系の魔物もいると聞くから、確保しておくに越したことはないだろう。
そんなこんなで売れるのは牙と皮。
牙が一つで400ガメル、皮が全部で200ガメルだ。
つまりこれで本来なら1000ガメル。日本円として換算すれば1万円ほどの収益になる。
はずだったが、牙は一本お亡くなりになってしまった。
そんなわけで、600ガメルが今回の戦闘の収益だ。
シャインの欠けた防具の修繕費を考えれば、ギリギリ赤字になるかならないか、夕飯一食分にはなるかな?といったところか。
剥ぎ取り作業を終え顔を上げると、シャインは剣のお手入れを始めていた。
この魔物が跋扈する洞窟の中でのんきなものだ。
「シャイン、終わったよ」
「ん、了解。探索続けるか?それとも帰るか?」
「防具がその有様じゃ、勝てるものにも勝てない。ここは撤退するべき」
「・・・誰のせいでこうなったと?」
「避けられなかったのは、シャインの回避能力が足りなかったから。責任転嫁はやめてほしい」
「はいはい、じゃあ帰りますか。お・じょ・う・さ・ま」
「ーお湯を沸かしましょう、料理をしましょ」
「わぁ!?マゼルごめんって!熱いのはやだ!」
そんなこんなで、本日の探索は終了となった。