剣と魔法の世界ラーキッド①
ここは、剣と魔法の世界ラーキッド。
今目の前にいる大きな蜘蛛は、それをいろんな意味で裏付けるように最大サイズのヤシガニ(蜘蛛じゃないが)の2倍ほどの体躯を持つ。
こいつはただデカいだけじゃなく、優に50センチを超える牙を持ち、それには強力な毒を持つ。
真正面から斬りかかるなど愚策も愚策。
それに蜘蛛らしくご丁寧に糸を吐くこともでき、捉えられれば振りほどくこともかなわず子蜘蛛のおやつとなることだろう。
まさに近距離から遠距離まで隙がない。
聞いた話では王都の騎士団でもなかなかに苦戦する厄介な魔獣らしい。
(さて、どうしたものか…)
改めて今持っているカードを頭の中でまとめなおす。
切れるカードを適切に切れなければ、死あるのみだ。
「なぁ、こいつどうしたらいい?」
「ちょっと待ってね、今考える」
「考えるったって、避け続けるにも限界が…あるって!」
巨躯を生かした突進、からの逃げ先への糸吐き攻撃。
すんでのところで何とかかわすも、一連の動作に用いた体力は戻らない。
このまま時間だけが過ぎれば、そのうち幼馴染のメンバーともどもお陀仏だ。
毒牙での攻撃を刃でいなしながら、冷や汗が頬を伝う。
刻一刻と体力を失い、軸がぶれ、動作にキレが無くなっているのが見て取れる。
毒牙と鍔迫り合いを行う刹那、蜘蛛の口元が何やらもぞもぞと動いた。
本能的にまずいと思ったのか、残り少ない体力を総動員し無理な体制からのバックステップ。
こういう無茶ができるのも、剣と魔法の世界ラーキッドならではであろう。
それでもわき腹をかすめた吐しゃ物とでもいうべきなにかは、肉の代わりに鉄でできた鎧の一部を奪い去った。
直撃していたら、など考えたくもない。
「あ、ごめん言い忘れてた。そいつの毒、飛んでくるから気を付けて。当たったら死ぬよ」
「今身に染みて体感したわ!お前はいつもいつも伝えるのがおせぇよ!」
「ごめんごめん。でもわかったよ、こいつの倒し方」
「だから、もうちょっとこいつと踊って?」
「簡単に言いやがる…!」
だって、しょうがないだろう。
少なくとも現時点では、これが一番有効な倒し方なんだから。
剣戟のさなか痺れを切らした毒蜘蛛が、またも口をもぞもぞと動かす。
毒液飛ばしの予備動作を見て取り、回避行動に移ろうとした。
「躱さないでいいよ」
私は初級魔法しか使えない。
それは、市場にどこからともなくポップするおばちゃんたちでも使えるような、本当の初歩の初歩の魔法だ。
でも、それで充分。
使いどころさえあっていれば、の話だけど。
「ーお湯を沸かしましょう、料理をしましょうー」
「《炎》」
毒蜘蛛の動作が一瞬止まる。
でも、それで充分。
なぜなら、毒蜘蛛の口にはいま、鉄さえ溶かす強力な毒がある。
その毒は、停止したこいつとは裏腹に、重力に従って滴り落ちる。
つまりこいつは。
自分で自分を溶かしちゃうってわけだ。
「うん、大勝利。ブイ」