08 あいつは変わっちまったのか
デブと査察官達が出ていったのを確認してから、オレは溜息をついた。
「若親分。お疲れ様です」
「その呼びかた……」
「全員消しちまいましょうか?」
バルガスはひどく物騒なことを言い出す。
一瞬。できるもんならなぁ。こいつならやってくれそうだな、と思うが。
いやいや。だめだろう。
「オレは合法的にやりたいんだ」
「ほっほっほ。それは随分と不利だね」
センセイが評論家面で口を挟んで来る。
「相手は、是が非でも閣下を罪人にするつもりだというのに」
「だろうね……」
「大丈夫ですぜ。山は広い。4人くらいなら完璧に隠してくれますぜ」
誘惑するなよ。
ん?
「なぜ4人?」
デブ、筋肉1号2号3号と、もうひとりで5人のはず。
いや、別に5人目も含めてほしいというわけではないんだが。
バルガスはニヤッと笑った。顔の傷が怖いよ。
「女はいろいろと使い道がありますから。顔がてぇした作りじゃなくってもあのスケベな体なら」
うん。顔にふさわしいゲス悪役台詞だ。
「ひとりでは体がもたんよ。むさ苦しい男ども300人ではな」
センセイも涼しい顔してロクなことを言わない。
「ちげぇねぇ。一緒に始末しちまったほうがいいか」
デブの部下4人のうち、ひとりは女なんだよ。
オレは、風呂の使用時間表(もちろんオレが作った)を引き出しから出すと、
「バルガス。随員の女には内側から鍵がかけられるひとり部屋を。あと風呂も個室の方を、時間帯はこれで」
「そこは逆に、奴らと仲良く一緒に入れるよう気を利かせた方がいいんじゃねぇですか? アレ、デブ公閣下の愛人ですぜ。あの恰好見たって」
「常識的に考えればそうじゃろね。こんな場所にわざわざ同道してるんだからの」
あのデブの愛人。
そうなんだろうな。きっと多分。
「ほっほっほ。あの御仁。私が社交界に出入りしていた頃と、なーんもかわりゃせん。あの当時から、女のおっぱいとシリを追い回しておったからな。成長がないのぉ」
「……愛人だとしてもだ。女に飢えたここで、刺激的なことをされるのは困る」
「まぁ確かに、ここの誰かが愛人様に手ぇ出しちまったら、若親分の責任だと騒ぎそうだ」
「しかしですなぁ。先方が拒むかもしれませんぞ。愛人だとしたら余計」
ふたりとも愛人愛人言うなよ。そうかもしれないけど。
「……ここの管理責任者として風紀の乱れに繋がるものは看過できない。と伝えておけ」
「ガッテンでさ!」
「あと査察官殿には護衛をつけて欲しい」
「へへへ。腕が立つのと気が利く奴をつけておきますぜ」
気が利くとつけるあたり、判ってもらえてて助かる。
つまり監視役だ。
バルガスが出ていくと、センセイが改めて口を開いた。
「閣下はあの女とゆかりがあるのでは? かなり親しかったと見ますが」
「……センセイどうしてそう思う」
「おふたりは、妙なくらい目を合わせなかったのでね。見たくない見られたくない、のかと」
自称小説家だけあって、めざとい。本当に小説家だったのではないかと思うほどだ。
言われた通りだった。
オレは見ないようにしていた。見てはいけないものがそこにある感じだったからだ。
向こうもそうだったのだろうか。
4人目の査察官は、女。
オレがよく知っていた人だ。2年ぶりの再会。
マリー。
いや、今でもそう呼んでいいのかはわからない。
ライト子爵令嬢マリールー嬢だった。
パッと見た瞬間は別人かと思った。それくらいちがう姿だったのだ。
くすんだ黒髪は、金髪に染め直され。
一重のまぶたは、長いつけまつげに。
小さめの目は、ひとまわり大きく見えるように濃いアイラインに飾られ。
唇にきらめくどぎつく濃厚な赤い口紅。
何もかもが、女であることを過剰に強調していた。
監察官として他の4人とお揃いの制服を着てはいたが、それも奇妙だった。
銀線にふちどられた灰色の上着は、マリーのだけひどく小さめで、前が開いたままだった。
あのサイズでは、前のボタンがはめられないだろう。
そのくせ、下の白いブラウスは身体にぱっつんぱっつん。
立体裁断で、体の線が隠しようがなく浮かび上がり。
小さめの上着から、大きな乳房が絞り出されたように飛び出していた。
しかもすそが短いので、へそが見えてしまっている。
下も同じで、
スカートは、極度に短く、脚の付け根に届くかいや届いていないなという有様。
そのうえ、前には小さな切れ込み。脇にはスリットまでが入っていて。
あれでは歩くだけで、いや、立っているだけで、下着がちらちらと見えてしまうだろう。というか見えてたし。黒が。
部屋からの立ち去り際にも、かつてのあいつならありえない光景が繰り広げられた。
デブと査察官達は、マリーの強調された乳房や尻をなでまわしていたのだ。
そしてマリーはなすがままだった。
バルガスが愛人だと断言したのも、まぁ当然だ。
だが、あるいはだとしてもだ。
マリーがその境遇に満足している……かどうかは判らない。
目が合いそうになると、マリーは目を伏せた。
少なくとも、オレには見られたくなかったんだろう。
そして、部屋を去り際。
一瞬だけもの言いたげな視線をオレに向けて、すぐ目を逸らした。
いや……オレの知らない2年間が、マリーを作り変えてしまったかもしれない。
全て、こちらの思い込みか、それを利用した芝居という事だってありえる。
「……2年は、あっというまだったけど、長い年月でもあるんだな」
昔の彼女を根拠に、今のマリーを判断するのは危険、かもしれない。
いつ冤罪を掛けられるか判らないこの状況で、接触などしないようにするのが安全。
最悪。あのデブが、マリーとオレが知り合いだったことを知っていて、何か仕掛けてくるために連れてきた、というのだってありうるのだ。