07 オレはキチンと仕事をしただけだ。
司令官室に乗り込んで来たデブは、居丈高に言い放った。
「ヒース・マグネシア。貴様は告発されている」
居丈高にふんぞり返ってる人は、どうして腕を組むのだろう。
ふんぞり返ってるのに手をだらんとさせていると、落ち着かないからなのか。
「いかような疑義ですか?」
あ。心の中とはいえ、デブはまずいな。
目の前で、ふんぞり返っている脂ぎった中年のデブには名前がある。
デーブ・アブレイン侯爵令息。法務省綱紀適正運用局第三室長であらせられますからね。
「横領。不適切な勤務態度。などなど上げれば切りがないぞ。いくらでも思い当たることがあるだろう!」
デブじゃなかったデーブ室長の後ろには、査察官達4名がずらり。
ひとりを除いてどいつもこいつも頭の中身でなく筋肉で選ばれてるっぽい。
そのムッキムキで無駄にでかい体格を銀で縁取りされたガッチリした制服で包み。
しかもデブの背後に並んだ3人は、デブと同じくふんぞりかえって腕を組むポーズもお揃い。
4人並ぶとスゴイ威圧感。
吹けば飛ぶようなオレは、その圧だけで思わず土下座。
……の筈なのだが、明らかに筋肉どもはビビってる。
司令官の机についたオレの背後には、あの顔面力が強力なバルゴフが、目だけで人を殺せそうな勢いで立っているからだ。
あいつを見慣れてると、この程度の筋肉はこわくない。
これが野生と家畜の差か。
「思い当たることですか……ありませんね」
オレにはないがな。前任者達だったらいくらでもあったろうね。
誰が告発、と聞くだけ無駄か。どうせそいつを護るために名前は言えない、ってトコだろう。
そもそも実在するかどうかすら怪しいし。
「くっくっく。強がりもそれくらいにしておいた方がいいぞ。我は全て知っているのだからな!」
屈服すると判っている(つもりの)相手を恫喝するのって、気持ちいいんだろうな。
「ただ、素直に罪を認めれば、我が温情をもって、自首したという形にしてやってもいい」
その温情を得るためには、袖の下を払えっていうわけなんでしょうね。
前任者達だったら2年間に得られた横領分の8割とか9割。
脅しただけでそれだけポケットに入っちゃうなんて、ぼろい商売でつね。
「そう言われましても。してもいないことなので」
「優しく寛大な我は、全部とは言わんぞ。そうだな8割か9割でよいのだ。人間というのは間違いをおかすものだからな」
予想通りでした。
「全部も何も、していないので」
ゼロの9割はゼロなんだよなぁ。
「ふん。身の程を知らず破滅しようというなら、やむをえまい。そこまで潔白を言い張るなら、それを明かす書類でもあるのだろう? まさか、ないとは言わないであろうな?」
ドヤ! ぐうの音もでまい、みたいな感じで仰るから。
「あります」
「そうであろう。ないのだろう。なら認めるのだな。貴様とて金より命の方が大切であろう?」
「ですから、あります」
「……」
なに驚いてるんだよ。仕事してりゃ作るに決まってるじゃないか。
「……ほう。莫迦には見えぬ書類だとでも言うのか。この部屋には何もないようだがな! その事実をもってしても、貴様の勤務態度の唾棄すべき怠惰さが――」
オレは部屋の隅に控えていたセンセイに目で合図を送り。
「隣の部屋にあるので。あの者に案内させます。好きなだけお調べになってください。ただ2年ともなると大量にあるので、かなりの時間がかかると思いますが」
書類に埋もれている執務室とかって、いかにも働いてる人っぽいけど、かえって使いにくそうじゃん。
必要なものを、必要なだけおいておけばよいのだ。
「ふん。大量の書類とは大きく出たな。そう言っておけば我らが調べる気をなくすと思っているのだろう。だがっ甘い! そんなハッタリで査察を逃れられるとでも思ったか!」
男は、顎をしゃくると、引き連れてきた筋肉バカ3号が、センセイの案内で隣の部屋へ。
「貴様の言い逃れを粉砕するためにも、一応は目を通してはやる。一目見て終わりだろうがな。教えてやろうメモやイタズラ描きは資料や書類とは言わんのだ!」
「以後よく胸に刻んでおきます」
知ってたけど。というか誰でも知ってるよなぁ。
「ここで貴様の戯言につきあってやっているのも、我が温情だというのに……書類など調べるまでもなくここへ来る間にも、すでに貴様のいい加減な管理の実態は把握しているのだぞ!」
何を見たのか知らないが、なぜにこんなに自信満々なのだろう?
侯爵家の跡取りともなると、何をしても全肯定してもらえるからなのか?
「参考までに教えていただけないでしょうか?」
「参考にしたところで、愚かにも我が温情を理解しなかった貴様に未来などないがな!」
いや、理解してましたって。ただ払う必要を認めなかっただけで。
「兵士の勤務態度がたるんでいるようだな! 賭け事が横行し――」
「ああ。それは改善済みです。アブレイン室長閣下が見かけになったのは、非番の兵士らが盤上遊戯をしているところでしょう」
「ふん。語るに落ちたな! 認めているではないか!」
「あれはドボンや、ヨイヨイではありません。王都ではやっているとかいう、『ショーギ』とか『オセーロ』とかです。賭け事ではありませんよ」
「そんなはずはない、貴様シラを――」
後ろに控えていた筋肉バカ1号が、慌てた感じで耳打ちした。
デブは筋肉1号を、怒鳴りつけた。
「ほんとうなのかそれは、ありえないだろう、ここで賭け事がないとか! 貴様の目は節穴か!」
ほんとうなんだよね。これが。
「く……我がブラフに引っかからないとは……貴様はふてぶてしい悪人であるらしいな。だが、うまく隠したつもりだろうが、悪事というのは隠しても現れるものなのだ!」
立ち直りが早いなデブ。
「この関の管理において一番重要なもの! それは城壁の維持だ! 貴様が城壁の修復や備品の補充、更新を怠っていること! それは明――」
「ああ、もちろん、全て予算内でやっております。明察なる閣下であれば、資料を見ていただければ判るはずです。ただ予算が限られているので、全てを直すのが無理である、というだけです」
オレは落ち着いていた。
自信があるとか、誇りがあるとか、そういうわけではない。
ただ、オレは与えられた仕事を出来る範囲で遺漏なくしていた。
それだけだ。
「国のためには身銭を切るのが忠臣というものだろうが!」
「そうしたいのは山々なのですが、予算外で修復や補充などを行うと、私的に武器を集めていた、などと言われかねませんので」
オレがそうしていたら、そっちの罪状になってたんだろうなぁ。
「ああいえばこういうとは反省の色がない奴め! それだけではないぞ! 我は聞いているのだ! この関で始終、なんとか大会だの決定戦だのが行われているといううわさをな!」
ついに、根拠が単なる噂レベルになってしまった……。
「弓矢の腕や力比べなどをさせることで、配下の兵らの力量のほどを把握しているのです。もちろん、中央に申請し、許可もとっております」
「そんなことは聞いていないぞ!」
「では、お確かめください」
デブは、口をぱくぱくとして、言葉を探しているようだった。
恐らくだが、前任者達までだったら、挙げたうちのどれか、またはその全部(最後の腕比べは除く)をやっていたのだろう。
つまり、デブがこの関所について持っている情報は、古い。
オレが赴任してからのは、何も調べていないのだ。
筋肉2号がデブに耳打ちした。
こいつは眼鏡をかけている分だけ1号と3号より頭がよさそう(やめよう偏見)。
デブはたちまち居丈高になると、オレの背後に立っているバルゴフを指さし、
「! そうだ! 貴様は私兵を雇っている! 関という公的な場所に私兵をもちこみ。その暴力をもって牛耳ろうというのだな! 反逆のにおいがするぞ!」
筋肉1・2・3号を引き連れているデブに言われたくないんだが。
「ああ、彼はかつて兵として北部国境で帝国と対峙していたツワモノ。若輩者であるオレを補佐してもらうために、司令官の権限で副官として任命したのです」
「許可なく任命するのは――」
「正式な書類で申請し、王都から許可ももらっております。もちろんその書類も保管してあるので、いくらでも確かめてください」
デブは再び口をぱくぱくさせて、
「ううううううっ。うるさい! うるさい! 貴様は犯罪者だ! 横領をしてるんだ! 絶対そうなんだ決まってるんだ!」
目の前の人がブザマにエキサイトしてるとさ。
見てる方は、なんか、かえって落ち着いてしまうよね。
オレは、赤ん坊をあやすようなやさしさと丁寧さで、
「責務に忠実な閣下ですから、告発があったら調べるのがお仕事だと理解しておりますよ」
「だったら認めろ! 今すぐいまいまいま!」
「こちらとしては、閣下の調査に全面的に協力する所存であります。全ては規則にのっとって手続きされているので、書類は全て残してあります。いくらでもご覧になってください」
筋肉メガネの2号が、また何かささやいた。
でっちあげればよいのです。と聞こえたような気がしますが。どうなんでしょう。
「く。貴様、ここまで私を愚弄し、罪を認めなかったこと。後日後悔するぞ。獄門台でな!」
「厳正かつ明朗、公正な調査のあとであればいかような処罰も受けましょう。ちなみに全ての書類は王都の監督官庁や、記録保管所に写しを提出しておりますので、照合もお願いします」
オレは、顔から血の気が引いた2号をちらり見してつけくわえた。
「身に覚えのない告発が行われるくらいですから。どこかに捏造された書類が紛れ込んでいるかもしれません。閣下にとっても公的な証拠を捏造する重罪犯をあげるチャンスですね」
センセイと3号が戻って来た。
3号は戸惑った顔をしている。
その様子に気づきもせず、再び調子を取り戻したデブは、ふんすっ、と鼻息を荒げ。
「くくく。貴様の嘘もこれまでだな! 書類などないことを、こいつが見てきた!」
3号がデブに耳打ちすると
「なんだと! 莫迦な! そんなものがあるわけがない! 貴様見間違えたのだろう! 書類などあるわけがないのだ! ないといったらないのだ!」
まぁ今までここに座っていた奴らは、なんにもやってなかったんだろうね。面倒だから。
だが、オレは仕事をしていた。それだけだけど。
「見間違えかどうかお調べになったらどうですか? 先程も言いましたが、写しが王都にも2部あるので、心行くまで照合なさってください。調査ご苦労様です」
にっこり笑ってつけくわえてやる。
「来客用の部屋を用意しますので、調査の間はそこでお過ごしください」