57 英雄はお仕事です。
オレは、最後まで読み終わって、ばたん、とベッドに倒れた。
「でたらめだ……ひどい、ひどすぎる……これじゃあオレが、まるで――」
オレよりも早く読み終わって、新聞を読んでいたマリーは。
「素晴らしい司令官みたいじゃないか? でしょ」
平然としている。
「そうだよ! こんなのおかしいじゃないか! オレはあそこで精一杯仕事をしただけなのに」
「でも、この本、ウソは書いてないでしょ。あんたと違ってざっと見だから、多分だけどね」
「え、いや、そんなはずは、だって、ここに出て来るオレ、オレとは思えないんだけど!」
「ヒースが『ふっふっふ。帝国軍の動きは我が知略のうちにあり!』とか『敵は気づいたか……だが遅かったな』とかニヒルに言ったって、書いてあるなら、アレだけど」
「そういうことだらけじゃないか!」
「だけどこれは兵隊さんたちの証言と、実際の記録だけを元に書かれてるでしょ」
「そう……なの?」
マリーはうなずき。
「これは、あくまで兵隊さんが見たあんたで、覚えているあんたで。実際のあんたとは違うのは当然でしょ。あんたが言ったことになってるカッチョイイけどお芝居みたいなセリフは、兵隊さんの証言にしか出てこない」
「いや、だから、そこが変でしょ!」
確かに! 兵隊さん達の証言と、オレが提出した戦況記録に基づいてるけど!
足してあるのは、戦闘描写くらいだけど!
証言の切り取り方が、えぐい!
オレがこんなに恰好よかったはずがない!
「だってもうあれから一年前よ。記憶が美しくなったり、格好よくなってても仕方ないでしょ。実際、あれは凄い戦いだったんだから。人に話したら盛るでしょ」
「そりゃ……ほとんど高いところで立ってただけのオレ以外の人は、みんな大変だったんだから……」
なぜかマリーは溜息をついた。
「……それは、あんたの主観でしょ」
「そんなことないぞ! だって帝国軍に向かって矢を撃っていたのも、火壺を投げたのも、石を崩したのも、危険なところにいたのも、みんな兵隊さんたちじゃないか!」
「その作戦計画を全て作ったのは、ヒース・マグネシア司令官でしょ」
「計画作っただけだよ! 仕事だから!」
「計画を作ったのはあんた。それを実行したのは兵隊さんたち。だけど、彼らが実行したのは、司令官があんただったからよ」
「いや、だって、それがあの人らの仕事だから……」
「本当にそれだけだと思ってる? あんたの前任者たちに300対7000で戦えって命令されたら、彼ら戦ったと思う?」
「…………」
みんな逃げ出しただろう。
そうじゃなければ、その司令官を捕まえて敵に差し出したか。
「兵隊さん達には、あんたがこういう風に見えたのよ。だからこれはウソじゃない」
「だけどっ。おかしいよ!」
「ヒースの証言が捻じ曲げられていたら、おかしいって言えるでしょうね。でも、あそこにいて生き残った人の中で、ヒースと、あたしと、センセイの証言は、この本に入ってないよ」
「あ……確かにそうだった……なぜだろう」
「あたしはさ、なんのかんの言って彼らよりあんたのことを知ってる。センセイは、兵隊さん達のあいだであんたを素晴らしかっこいい司令官に仕立てるのに一役買ってる。だから証言にはいれなかったんでしょうね」
「オレは?」
「仕事でしただけ、脚を引っ張らないように頑張った、くらいしか言わんでしょ。つまらないじゃない」
「当事者のひとりなんだけど……そうだ! こうなったらいっそ、オレが談話をどこかへ出せば!」
「こんな面白い戦記が出てしまったら、これからヒースが何を言っても。『自分を誇らない謙虚な人だ!』ってことになるでしょうね。それもセンセイの計算のうちってことでしょ」
「うわ……最悪だ……確かに面白かったけど……」
激しくも臨場感あふれる戦闘描写! 敵と味方の知略のぶつかりあい!
絶望をもたらす新兵器の登場! 死を覚悟した者たちの最後の宴!
そこへ今までの積み重ねがもたらした助けが!
そして大団円!
オレのことでなければな! 素直に楽しめたのに!
「前オライオン伯爵までが、『拙者がベローナ侯爵を討ち取れたのは、ヒース・マグネシア司令がいたればこそと常々言ってきたが、誰も聞いてくれなかった。そういう奴らよ見よ! これぞ真実の戦記! 真の英雄の物語である!』って推薦文まで書いてるんだよ」
「ううっ……」
こんなのが真実になってしまうのか……いや、オレの以外はほぼ真実だし、あの戦いで活躍したみんなに光が当たるのはいいんだけど……亡くなってしまった人たちだって、少しは報われるし……でも、だって……。
「この本、すごく売れてるみたい。お芝居にもなるらしいよ。ヒースの役をやるのは、王都でも評判なイケメン俳優だって」
「や、やめてくれ!」
「きっとヒース役の人は、『ふふ。計略通り』とか『敵の動きは我が計算のうちにあり』とか『見たか! これが絆と愛の勝利だ!』とか恰好よく言うんだろうね」
「ひぃぃぃぃぃぃ。聴きたくない聞きたくない」
オレは思わず夜具を被ってしまった。
「そんな大反響のおかげでさ。新聞読んだけど。なかなか面白いことになってる」
「面白いこと……?」
きっと面白くないことだ。
「あんたの実家とあたしの実家が謝罪してる……というかさせられてる」
「ええっ!?」
思わず夜具を跳ね飛ばしてしまった。
「あたしたちと縁切ったのは間違いだって。あんな悪いことをする子供たちでないのは判っていたのに、わが身可愛さに世間に流されてしまった、だって」
「……とばっちりを避けたかっただけだろ」
「んで、あたしは妾腹じゃなくて正式な娘なんだってさ。会って謝罪したいんだって、どうする。会う?」
オレは首を振った。
マリーの家族ほど酷い談話ではなかったけど、オレを切り捨てたのは確かだ。
わからんではない。
吹けば飛ぶような男爵家が世間の荒波を躱すには、オレを差し出すしかなかったんだろう。
でも、オレの悪評をマリーのせいにしたのは許せない。
「……マリーは?」
「もともと関係ない人たちだから。あたしとあんたがオライオン伯爵の後見で結婚式あげてなかったら、引き裂いて高位貴族に出荷しかねない人たちだし」
「そうか……」
きっと、オレの実家もマリーの実家も、オレ達の言い分も聞かずに縁を切ったことを周りから責められているんだろうな。そいつらだってさんざん楽しんでたくせにさ。
なんせオレ達は……
「この本を素直に読めば、救国の英雄だもんな……ハハ」
オレだって認めざるを得ない。
300の兵力で、7000と戦い、二日半にわたる猛攻を防いだ若い司令官は、大したものだろう。
その司令官がオレでなければな!
そりゃ、変な奴らが周りをうろつくわけだ。
オレ達をさんざん邪悪に書き立てた奴らの掌返しだ。
談話でもとろうとしてるんだろう。
「本で証言のないふたり。あんたとあたしから談話とって新聞に載せたり、本を書かせたりしたら評判になるって魂胆なんでしょうね」
「だろうね……」
「センセイの本が出てからは、書評なんかもいろいろ出ててさ。褒めちぎられてる。伝説の作家は健在なりだって。あと、あんたは理想の上役だなんて風に持ち上げてるのもあったよ」
「やめてくれよ……」
「あとね。王宮からも発表があったよ。ベローナ侯爵反乱事件を調査しなおすんだって。帝国の関与が疑われるようになったからって」
「? なんで今頃」
「国王陛下の権力基盤が固まったからでしょ。それにあれから一年経ったしね」
「……再調査で新たな貴族を処断したとしても、反乱が起きたりはしないってことか……時間が経ってるから『帝国討つべし!』っていう無謀な世論もそれほど盛り上がらないだろうし……じゃあ、この時期に出版したのは……」
「その辺りを考えて、かもね。もしかしたらセンセイ、王宮の高官に接触して内諾を得ていたのかも」
オレは、再びベッドに転がった。
食えない。
国王陛下もセンセイも。
「……はぁぁ。つまり作られた英雄か……」
一年が経って、オレが英雄として喧伝された方が、王宮にとって役に立つようになった。
だから物入から引っ張り出して、飾ろうってわけだ。
「いつもと同じように考えればいいんじゃない?」
「いつもと同じって?」
「これも仕事だって。それにあんたが英雄になれば、一緒に戦った兵隊さんたちも、みんな英雄と一緒に戦った勇士たちになれるしね」
「……司令官として、戦ってくれた兵隊さん達の行く末を考えるのも仕事のうちか……」
英雄なんてものになりたくないし、オレはそうじゃない、と思う。
出来る範囲で精一杯仕事をした。という意識しかない。今でもそれは変わらない。
「でも、やっぱり……いやだな……外も歩けなくなりそう……」
マリーはなぜか笑った。
「あーたが考えてるほど、悪いことにはならないと思うよ」




