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【本編完結】高い城の男は、仕事をする。  作者: マンムート


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56 『『高い城』の男は、仕事をする』


『この本を。我らが若き司令官と、その守護天使である乙女に捧ぐ』



 これは今から一年前。


『高い城』で行われた三日間の攻防戦の全記録である。


 全て生存者の証言と、公式の記録に残った事実からのみ構成されていることを明記する。




 という短い前書きのあとに著述されるのは以下のごとき内容。




『高い城』


 それは難攻不落をうたわれた関所。我が国の誇り。


 300年前、隣国ミリオンの侵攻を幾度となく跳ね返し、国を救ってきた関所。


 だがそれは、全て伝説や神話に等しい昔。


 今の『高い城』は我が王国の堕落の象徴。


 歴代司令官は、汚職に励み財を蓄え。天国。


 兵員達は、定数500なのに実数は300。


 そのうち冤罪で送られてきたものが半数。


 給料は中抜きされ、兵役が終わっているのに帰れない。地獄。


 彼らは数少ない娯楽である博打にふけるくらいしか楽しみがなかった。



 そこへ18歳の若者が司令官として着任した。


 ヒース・マグネシア男爵。学園を出たての若者。実戦経験も運用経験もない素人。


 容姿も平凡。そして体格も平凡。何かに秀でているとは到底見えない。


 また新しい貴族様が来た、と冷ややかな視線を向ける兵達。


 どうせ何かやらかしての厄介払いか、そうでなければどこかの大貴族が、家を継げない下の方の息子のために、ひと財産稼がせるために送り込んだのだろう。


 そのうち、王都へ帰って、名簿上の司令官になるんだろう。


 いっそ早く帰ってくれ。むかつくだけだから。


 女なんか引っ張り込んだら、殺してやると息巻いていた兵も多かった。



 だが、若者は兵達の予想に反して、黙々と仕事を始めた。


 兵達全員と面談し、ひとりひとりの話を辛抱強く聞き。


 仕事が判らないと、平民や犯罪者とされている兵員達にも頭を下げて、教えを乞うことを厭わなかった。


 兵員達の給料もきちんと払われるようになり、生活環境も急速に改善された。


 横行していた賭博に対しても、厳しく取り締まる代わりに、兵員達には新しい娯楽を次々と紹介した。


 丁寧な面談によって、兵員達がこの関所に来る前にどんな職業だったかを把握した若き司令官は。


 単なる十把一絡げの兵員としてしか扱われていなかったもの達に、それぞれの得意な分野の仕事を任せ、しかも、タダ働きなどさせず、仕事には特別手当をもって報いてくれた。


 元王都の一流店で働いていたシェフは調理班の頭に。石工の名人は石工班の頭に。鍛冶屋も大工も、細工物師も、作家までも、それぞれにあった職につけて、その意見をきちんと聞き、尊重した。


 かといって全てを人任せにして司令官室で安穏としてはおらず、日々、関所を回り、自ら現場には足を運び、予算内で精一杯の手当てを行い、自分で汗を流すこともいとわなかった。


 そして全ての責任は自分がとると、常に言った。


『高い城』のなかで、一番朝早く起床し、一番遅くまで働く若い司令官。


 その姿を見て、兵員達も、この若者はいままでの司令官とは違うのかもしれない、と徐々に思うようになっていった。


 いつしかゴロツキにも等しかった兵達は、若い司令官をこの関所の司令官と認めるようになり。


『若親分』『若旦那』『閣下』『司令官』などと思い思いの名前で呼ぶようになった。


 万が一、この若くどこか頼りなげにさえ見える若者が窮地に陥れば、命をかけても助けようという心持に変わっていく兵達。


 その輪は、いつしか地元の村々にも広がり、監獄にも等しかった関所は、地元との交流も盛んな、開かれた関所へと変わっていった。


 それでも、若い司令官の態度は変わらなかった。


 どんな名称でも、少しだけ困ったような顔で受け入れ『自分はそんなたいそうなものではなくて、ただ仕事をしているだけなんだ』と言うばかり。


 ますます若い司令官に心服する兵達だったが、ひとつ疑問があった。



 この若者が、どうしてここへ送られねばならなかったのか。



 若者あてにくる私信はなく。


 毎月、給料の半分と手紙を王都の奥方に送っているようだが、奥方からの返信はない。





 その謎が解かれる日がやってくる。


 若き司令官を罪に陥れるべく、王都から役人たちがやってきたのだ。


 その疑惑は全て冤罪。


 憤慨する兵達。


 だが、役人のひとりであった乙女の存在が、兵達の疑問を氷解させる。


 この乙女との悲恋こそが若き司令官がここへ来た原因。


 2年前。この若者は、高位貴族令息の婚約破棄に巻き込まれ、その元婚約者と無理やり結婚させられてしまったのだ。


 だが若者は、婚約寸前だった乙女の存在を忘れられず。若者の一途な純情さで、結婚を受け入れることができず王都から去りここへ赴任してきたのだ。


 縁を引き裂かれた乙女のことを心の奥にしまいこみ、だが、片時も忘れずに。


 若者と引き裂かれた乙女もまた、若者を思い続けていたが、王都で高官に目をつけられ、その貞操を執拗に狙われて、実家からも見捨てられ味方のない場所で、卑劣な権力に追い詰められていたのだった。


 ついに高官は乙女の心を完全に折るべく、逃げ場のない関所の査察へと同行させ、部下まで使って力づくで貞節を奪おうと企んだ。


 乙女はそれを悟りつつも、最後ひとめ若者に会いたいと、同行を受け入れたのだ。


 若者は、乙女の危機を知ると、その身が危うくなることも顧みず、敢然と乙女を助け。


 積年の思いがかなって、ようやくふたりは結ばれたのだが。



 そこへ帝国の旗をかかげた大軍が襲来して来たのだ。



 敵は7000。味方は300。


 兵達は、ふたりに逃げるように勧めた。


 だが、若き司令官は、兵隊達を置いて自分だけが幸せになるわけにはいかない、と宣言。


『高い城』の司令官は自分の仕事。仕事は最後までやりぬくのだと。 


 乙女も、また引き離されるくらいなら、自分も一緒に戦うと。


 兵達はみな感涙号泣。


 ふたりの恋を今度こそ成就させるべく、一致団結して敵に立ち向かうのだった。



 だが精神だけでは圧倒的な大軍に勝てるわけがない。


 兵達はいざとなったら、若き司令官と乙女だけでも逃そうと覚悟を決める。


 しかし、若き司令官は静かに告げるのだ。


「『高い城』を守備することこそ自分の仕事。敵の襲来もその規模も全て想定済みだ」と。


 若き司令官が心血を注いで作成しておいた作戦計画は、敵の知略を全て先読みしていたのだ!



 激烈な戦闘が始まる。


 最初は『高い城』を侮っていた敵も、すぐに若き司令官の有能さを悟り。


 次々と強力な手を繰り出してくる。


 だが、若き司令官の事前に立てた計画は、常にそれを上回り続けるのだ。



 兵達は、『高い城』の一番高いところに立ち続ける若き司令官を仰ぎ見て。


 その動じぬ様子に励まされ、絶望的としか考えられない戦いに、恐れを抱かず身を投じるのだ。


 なぜなら。


「俺達の司令官は、最後まで仕事をなさる人だからな! あの人がああやって立ちなさってる限り。オレ達も仕事をするだけさ!」



 だが、ついに敵の暴力的な機械力と物量が全ての計算を上回る日がやってきた。


 兵数は200を割り込み。矢玉は残り少なく。無敵の城壁も今や半壊。


『高い城』の兵達は最後のはなむけとして、若者と乙女に、ささやかな婚姻の儀を贈り。


 全員が討ち死にを覚悟したその時。



 若き司令官の今まで積み重ねてきた日々の仕事が奇跡を引き起こしたのだ。



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