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05 高い城の男は、仕事くらいしかすることがない。



 さて、オレが貰ったお仕事は、ガブリアスの関の司令。


 ガブリアスの関と言っても誰もわかんないだろうから言い直すと『高い城』の城主。


 城主というと、なんかすごいが、まぁぶっちゃけ管理人である。



『高い城』という通称も、なんだか凄い。


 ハッタリきいてるよな。



 それもそのはず。



 もう誰もが忘れてしもうたむかしむかしのことじゃ、


 300年前よりも昔の話じゃからなぁ。


 ここは国境の関所で、隣国ミリオンの大軍が何度も何度も攻め寄せて来て、激戦が展開されたんだそうな。



 誰もが知っとることじゃが。


 我が国ドラピタと、隣国ミリオンは、巨大な三角形の半島の東と西を占めておる。


 その境が、ユーラー山脈。


 南端部は商業共和国ダラーが占めており、こちらは見渡す限り湿地帯。


 水路の隅々まで把握しているのはダラーの商人達のみで、奴らは生活や商売に携わる人々はウェルカムだが、軍勢の通過は許さない。


 そういうわけで、ドラピタ、ミリオンが争うのは、境目のここだったというわけじゃな。


 ミリオンの兵どもが押し寄せるたびに、この城塞兼関所の壁は、倒した兵の血をたっぷり吸って赤く染まったんだと。


 累々たる死者を生産しても越えられない城壁を見た敵将ガルバリが、忌々しげに『くそ。なんて高い城壁なのだ!』と叫んだのが由来だとか。


 むかしばなしはおしまい。



 確かにハッタリ利いてるよな。



 ま。それも今は昔。大昔。



 ミリオンとの何度目かの戦争で勝利したうちの国は、国境線を向こうへ押しやった。


『高い城』の向こうの小盆地までを奪った。


 そここそが、今では、うちの国のベローサ侯爵領だ。


 まぁ、これでまた戦争が再開されれば、ここが国境に戻ったり、はたまたついに陥落しちゃったりもしたかもしれんが。


 幸か不幸か、北に強大な神聖ルーシー帝国が出現したせいで、うちとミリオンは戦争なんかしていられなくなり。


 因縁の敵同士だったが、しぶしぶ同盟を組むことになってしまった。



 それからはや3世紀。



 仕方なく手を携えた両国は、帝国と激闘を交え続け、繋いだ手を放すような余裕は全くなく、徐々に貴族同士の交流や婚姻が盛んになり。ついには王家同士の血もまじりあい。


 貴族同士の関わりだけじゃない。平民たちの商売なんかも、年々盛んになり。互いに足りないものを補い合い。


 今や、国境などなきがごとくで、経済は一体化。


 どっちかが滅んだら、残ったほうも終わりって関係。


 両国のどちらかが相手に戦争なんかしようとしたら、複雑にからみあった血縁や人の縁を通って筒抜け。


 反対者続出で、発案者の命が危なくなるだろう。


 実際、300年の間、ぽっくりお隠れになった王様が、あちらにもこちらにも数人いたが、そのうちの何人かは、戦争を計画していた、とか。だから、ぽっくりってね。


 つ・ま・り。


 隣国からは近いが、帝国からは離れたこの城で関所が攻められることなんて、ほぼ、ありえないってワケ。


 しかも。


 これだけ交流が盛んになると、こんな間道めいた険しい道よりも、使いやすく通りやすい開けた街道を作ろうということになり、南の商業共和国ダラーの協力も得て、50年ばかり前に湿地帯を突っ切る新たな街道が完成。


 山地を避けたために、ここを使うより2日ばかり余計にかかるが、大部分平地なので馬車を引く馬が疲れず、替え馬もいらないから、運賃が全然安い。


 その後、海路まで開拓されちゃったから、『高い城』が通る街道は、急速にさびれて、今にいたる。



 そんな事情は、『高い城』の現状に反映されていて。


 戦続きの間、常時5000の兵が配置されていたというけど、今やその定数は500。実際は300行くか行かないか。で、空きスペースだらけ。


 山々にめぐらされた巨大な城壁はあちこちで崩れて、ほそぼそとだが整備されている関所の周辺以外は、いつ崩れるかわからん状態。


 予算がどんどん削られてるんですよ。予算が。


 今ではなんで『高い城』と呼ばれているか、知らない奴らが大部分という有様。


 知ってたところで「へぇそうなんだー(棒読み)」で終わっちまう豆知識。



 さて、なんでオレがこんな場所の司令官に任命されたかって言えば。ズバリ邪魔者だからさ。



 アンナン侯爵家にしてみれば、不要になった婚約者を押し付けた負い目があるから、王都にいて欲しくない。


 ブーベ侯爵家にとっては、『真実の愛』(だってさ)で結ばれたふたりにとって、オレ達夫婦は目障り。


 性悪なキャサリンが、姉を王都から追放して、その惨めな境遇を見て喜びたかった、という線もありそう。もし金かけるならこいつに賭けるね。




 まぁ給料高いから、正解なんかどうでもいいけどさ!


 半分でも、オレには十分だもんね。


 ええええ。文句なんかいいやしませんよ。



 でもさ、悲劇のヒロイン様を、王都に置いてってはいけないとは言われてないもんなー。




 さて、閑職閑職と何度となく申しましたが。


 この職場、閑職という割にはやることが多い。



 武器の補充や交換。


 兵糧の補充や古くなった分を売却したり新しいのを購入したり。


 兵の訓練に立ち会ったり、万が一のための作戦計画策定。


 一週間に一回は城壁を見回って、破損個所を調べて、出来る範囲で補修。


 予算がかっつかつなので、補修しない箇所の決断もせにゃならぬ。


 人間関係のもめごとの仲裁や裁決もある。


 それらすべてに伴う書類仕事。決済。



 いやはや忙しい。


 きっと王都で下っ端やってたほうが楽だったよ!


 城主ってタイヘンです!


 オレみたいな新人がする仕事じゃないね!




 まぁ……タイヘンだからって誰のせいでもないんで仕方ない。


 なんせ、オレが自分で仕事を見つけてったんだからな!



 赴任した時には、前任者は引継ぎもせず去っていったあと。


 執務室を家探ししたが、お仕事マニュアルなんてなんもない!


 どーも随分前から前任者まで、だーれも仕事をやってなかったか、放棄してたか、手を抜いてたか。


 予算の管理は滅茶苦茶。出入どころか備品の数まで記録がなんにもないいい加減さ。


 たぶん、かなりちょろまかされていたんだろう。


 前任者はたっぷり金持って去りぬってわけだ。


 

 まぁ、ここへ追放される類のヤツだから、その後どうなったか知らないが。知りたくないし。



 なにより困ったのは、お仕事マニュアルがなーんにもなかったこと。


 仕方ないんで、帝国との国境にある砦や関所のマニュアルを、城主権限で見せて貰って、それを参考にほぼイチから作り上げるハメに。


 そんで作ったのを『高い城』のマニュアルにまとめるお仕事も発生。


 念のために三部(『高い城』保管分。王都軍務省保管分。王都図書館軍事機密資料室保管分)作ったので、それもタイヘンでした。



 特別手当欲しい!



 でも、仕事はいいよね! いろいろ忘れられるから!


 もちろん、オレだけじゃどうしよーもないんで、300もいる兵隊さんの中から、いろんな技能者を探し出して、特別手当渡して補佐についてもらった。


 びっくりされたよ。


 貴族(零細だが)であるオレが、平民の兵らにちゃんと給金を払って手伝いをさせたってことに。


 仕事には見返りって当たり前だと思うんだがな―。オレがおかしいのか?



 幸い、いろんな人材がいたんで、助かった。


 大工に代筆屋に商家の会計、猟師に細工物士に左官屋、鍛冶屋にパン屋、仕立て屋さん、泥棒、ごろつきなどの裏稼業の男ども、なぜか名が売れていた小説家まで! 何でもござい。


 のんだくれや酔っ払いだらけだし、前科者も多数(冤罪っぽいのもちらほら)だが、飲み代や賃金を払ったら、結構ちゃんとやってくれる。



 軍事機密?


 はは。この腐れた関所にそんなもん存在しなかったもんね!


 マニュアルの一部や戦時の作戦計画は軍事機密だけど、そこはオレが独りで作ったから大丈夫。



 ほんと、いろいろしたよ。



 オレが赴任した時。


 こんなに空きスペースだらけなのに、兵隊さん達は狭い部屋に10人押し込められて雑魚寝。


 5000人駐屯していた昔なら仕方なかったんだろうけどな。


 これじゃあ良く眠れないのは明白。気持ちだって荒む。


 幸い、放置された区画がいっぱいあったんで、居住スペースを3倍増。4人部屋に改善。


 近くに泉があるのに、水道管が壊れたまんまでもったいないから、石工と大工で特別隊を組織して修理。関所の中に、たっぷりした風呂も作った。もちろん特別手当も払ったよ!


 豚の餌かと思うほどひどかった食事も、王都の一流料理人だったという兵に任せて改善。


 兵の交代スケジュールも見直して、無理なく守れるのに改善。


 みな王都なんかの情報に飢えているんで、二日遅れだが新聞を複数とって、回覧するようにしたり。


 兵のあいだに娯楽がなさ過ぎたんで、王都で流行りはじめていた『ショーギ』とか『オセーロ』などと言うゲームを取り寄せたら、これが大流行り。


 あっちでもこっちでも、非番の兵隊さんたちが、パチパチパチパチ。


 こんなに流行っているんならと、『高い城 ショーギ・オセロ王者決定戦』なんてのをしてみたら。これが大盛り上がり。


 一等には賞金も出したしな! もちろんオレのポケットマネーな!


 これなら、他のものでも『大会』をやったら盛り上がるんじゃないかと、『高い城 弓名人決定戦』だの『高い城 相撲王者決定戦』だの『高い城 いだてん決定戦』だのまぁいろいろやったら、暇だった奴らが盛り上がること盛り上がること。


 今では、暇があると次こそは上位を狙おうと、自主練に励む兵がたくさんいる。


 あれ? 俺って結構ポケットマネーを払ってる……



 なんでそんなに懸命にやったのかって? 身銭を切ってまで。


 保身ですよ。保身。


 そう遠くない将来、クビにされるのは確定なんで、その時、陥れられたりしないように、手は抜けない。



 それに。


 オレは凡庸なんで、せめて全力でやらんと、普通の結果すら難しいのだ。



 そんなわけで毎日毎日忙しくしていたら。


 あらびっくり。


 気づいたら二年の月日が流れ去っていたらしい。




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ぼん……よう???  主人公サン、管理職として物凄い有能なのでは???    ちょっと凡庸を辞書で引いてきますw    まだエピソード5の序盤なのに、とっても面白いです!
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