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【本編完結】高い城の男は、仕事をする。  作者: マンムート


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43/60

43 『高い城』の男は、仕事を終える。


 ようやく面接が終わり、書類仕事が出来る3人組で遅い昼食を食べる。


 平民であるオレとマリーと現オライオン伯爵のゲールさんという、普通はありえない組み合わせだ。


「ヒースの話、軍務に経験のあるゲールさんはどう思われます? あっ。年上だし伯爵様だから、ゲール伯とかゲール様と呼ぶ、お呼びするべきですよね」


「あ。そうか……すいません。つい数日前まで一応男爵だったんで」


 現オライオン伯爵というかゲールさんは、恥ずかし気に手を振って、


「いいよゲールで。君たちは戦友でもあるし……それで、さっきの話だが、確かに、交代人員が来ないから特別手当を払って兵役を続けてもらう、という事はあった」


「あるんだ……」


「あくまで例外措置だからね。長くてもせいぜい一か月だ」


 マリーが確かめる口ぶりで、


「……それって法的根拠はありませんよね?」


「ない、とはいえない。だが条文の付則にある例外規定だ。交代する人員がないままその兵が離れると業務に支障をきたす時のね。こんなに横行してるのは聞いたことがない」


「ですよね……法的根拠があるという事が正式な書面で回答された……つまり、証拠が残っているのだから、向こうには、それなりの法解釈で言い逃れが出来ると思っているわけで……となると、その例外規定が怪しい……」


 マリーは額に人差し指をあてて考えていたが。


「可能な方法がある……その例外規定の拡大解釈だと思う」


「どういうこと?」

 

「この『高い城』の人員は、罪科がある人か、徴兵されてきた人だけで構成されていて、しかも、ほぼ全ての人が兵役年数を越えている。つまり、兵役年数を満たした人が全員が一斉に離れると業務に支障が出る。つまりここ全体が例外規定の対象というわけ」


「そんな理屈!?」


 そりゃ確かに、『高い城』から人員がごっそり減れば、業務に支障はきたすだろうけど。


 ゲールさんは苦笑いを浮かべた。


「なるほど……王都で違法を適法に変える手品ばかりやってる連中が考えそうなことだ」


「向こうがその理屈なら、突き崩すのは簡単」


「え?」


「確かに、拡大解釈とはいえ業務に支障が出るという理屈は通っている。そこはふざけていると思うけど突っ込めない。だけど、そもそもの問題は交代人員が送られてこない事でしょ?」


「そりゃそうだ」


「交代人員を送ってこない人事当局を職務怠慢で告発すればいい。それこそ法務省綱紀適正運用局第一室か第二室に。念のため、軍の人事にちょっかいを出したがっている貴族様がいれば、そこにもご注進すれば喜ばれる、と思うな」


「なるほど……その手なら人事局は動かざるを得ないだろう。彼らにとってはとるに足らない『高い城』で、他の部署に弱みを握られるくらいなら、さっさと弱みを消す方を選ぶだろう……局員の何人かは尻尾きりで飛ばされることになるだろうが」


「そんなんでいいのなら何で今までの城代は誰もしていない……ああ、そりゃそうか」


 利権をポケットにためこむために来た奴や、厄介払いされて来た奴が、ここで真面目に仕事なんかするわけがない。ましてや部下のために人事局と対立するなんてありえない。


 まぁオレは、ここをクビになるし、二度と官吏なんかになりたくないので、どうでもいいけど。


「はぁぁ……これでもう、あんたが官吏として出世する目はゼロだね」


「残念?」


「告発しないほうが残念」




 解決できる筋道が見えてホッとした。


 これで、兵隊さんたちの不条理な状況はかなり改善されるはずだ。


 告発状を書くという仕事が増えてしまったけどな!


 だけどこれも『高い城』を管理運営するという仕事の一環だもんな……もうそれだけじゃないけど。



 その日の午後も、オレとマリーは仕事をしていた。


 前日ほどではなかったが、それなりにまだあった。


 というか、いつもよりはまだ多い。


 もちろん告発状も書いた。



 そして午後遅くには、ようやく、両軍の戦死者の数がほぼ判明した。



 悲しいことに。


『高い城』の重傷者のうち、何人かは亡くなってしまった……。


 オレは、その人たちも戦死者に加えた。


 直接戦闘で死ななかった人を戦死者に数えない人もいるらしい。


 戦死者はなるべく少なくした方が、手腕が高いと評価されるからだ。


 だけど、オレにはそんなことはできない。

 

 お医者さんの話だと、残りの負傷者たちは、助かる見込みらしい。



 最終的に、ガブリアス関……いや『高い城』をめぐる三日間の戦いで。


『高い城』の戦死者は134名。重傷者18名。


 援軍に来てくれたオライオン伯爵の軍の戦死者は51名。重傷者23名。


 義勇兵の戦死者は0名。重傷者2名。



 敵軍のうち戦場からの離脱に成功した者は。


 最終段階で帝国側にいた傭兵達(概算推定1000名)のうち、900名。


 帝国正規兵(概算推定1000名)は200名程度と思われる。


 ベローナ侯爵軍2000のうち。


『高い城』との戦い、退却する帝国軍との戦いで合わせて928名戦死。重傷者294名。



 数字を見ているだけでも、気分が沈む。



 オレは仕事をしただけだ。


 城代として『高い城』を維持管理し。日頃から準備を整えていた。


 だけど、もっとなんとか出来たのでは、と思ってしまう。


 亡くなった人の中には、恩赦を喜び、親しい人たちと再会できた人だっていたはずだ……。


 それは思い上がりもはなはだしい傲慢なんだと判ってるけどね……。



 オレが戦死者の数字を見て、沈んでいた時。


 マリーは仕事の手を止めて、席を立ってオレの後ろへ回ると。


 何も言わず、ただ後ろから抱きしめていてくれた。


 ありがたかった。


 側に居てくれてよかったと思った。


 そして……マリーにとっても、オレがそういう存在であって欲しいと思った。



 夕食も過ぎた時分に、オライオン伯領から3人の文官さんが到着した。


 早速、マリーにも手伝って貰いつつ、日常業務の引継ぎを始める。


 オレがここの司令官でいられるのは、今日の夜中まで。


 それ以降、ここにいる資格のない単なる平民になる。


 それまでに済ませなければならない。


 すぐに後任が来るとは思えないけど、何かあった時のために引継ぎは必要だ。



 3人の文官さん達はオレが渡した書類を見て驚いていたけど、伯爵領の仕事と関所の仕事は違うから見慣れていないだけだろう。


 これを一人で? と聞かれたので、城代の仕事だからと答えたら。


 なぜか、化け物を見るような目で見られた。


 あ、誤解されていると思って、オレは説明した。


 毎日やる、三日に一度、一週間に一度、一か月に一度、一年に一度、滅多にない、など業務には頻度があって、今はそれをまとめているから量が多く見えるだけだと。だから慣れれば誰でもできます。


 それ以上聞かれなかったから納得してくれたのだろう。


 それに、オレが残した手引きもあるから、だいぶ楽なはずだ。


 その手引きの分厚さに退かれたけど。


 マリーに言わせるとオレって細かいから、いらない部分もいっぱいあるんだろう。



 引継ぎには窓の外がうっすら明るくなるまでかかった。


 かなり端折ったんだけど、真夜中までに間に合わなかった。


 最後の方では、司令官でも何でもなくなったただの男が、プロの文官さん達に教える形になってしまったのは申し訳ない。


 マリーが、手引書を見れば判るところは飛ばそうと言ってくれなければ、三日経っても終わらなかったかもしれない。



 こうして、オレの『高い城』での仕事は終わった。


 一応、今後の『高い城』と勤務している兵隊さん達の将来への筋道はつけた。つもりだ。


 少しずつ明るくなり始めた関所の中を抜けて、オレ達は部屋へ戻った。


 もう何もする気がなかった。


 着替えもせずふたりでベッドに倒れこむと、意識が消えた。


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