42 急に恩赦とか言われても、困っちゃうんですよ。
それから。
オレとマリーは、ただひたすら仕事を続け、双方の確認が必要なこと以外は口をきかなかった。
今までにない書類の山だったが、実地で2年鍛えたオレ達に勝てない書類はないはずだ。
オレだったら細かくかつ面倒なことを考えて処理スピードが鈍りそうな書類を、マリーがさりげなく回収して処理してくれたのも大きかった。
それなのに、書類の怪物は無情。
その日いっぱい、後から後から報告が上がり続けて、書類の山が減る速さは微々たるものだった。
終わることなどないのでは、と思われた。
それでも、真夜中になると新しい報告は途絶え。
処理が増加を上回り。
ついに。
オレが手元にあった書類を確認して確認して確認してサインを入れると同時に、
「はい……これ確認して……最後……」
「了解」
マリーの前にあった最後の書類がオレに回された時、とっくに夜中を過ぎていた。
敵の巨弾の攻撃で水漏れを起こしてしまった水道管の補修発注書類だった。
オレは司令官としてサインをして――
朝になっていた。
何を言っているか判らないだろうが、気づいたら朝になっていたんだ。
オレもマリーも机に突っ伏したまま眠っていた。
オレの口元に寝涎がひろがっていたが、無意識のうちに書類をどけて安全な所へ置いてから突っ伏したらしい。ちょっとだけ自分を褒めてやりたい。
マリーはオレの方へ腕を伸ばしたままの姿で、机に突っ伏していた。
彼女で恋人で奥さんのこんな姿、他人に見せられないよな……。
でも、マリーだってオレにも見られたくないだろうな……。
お互い今更なんだけどさ。
オレは、さっきのポーズにもう一度戻り、わざとらしく。
「ううっ。いつのまにか寝てしまった! 不覚!(棒)」
と、いかにも今、気づいちゃいました! びっくり! を装って大声をだす。
「うう……朝……うそでしょう……」
マリーが、のろのろと顔をあげる気配がした。
「あ。マリーも起きたか。どうも朝らしいぞ」
マリーはまぶたを指でもみ目をパチパチすると、机に手をついて立ち上がり窓をあけた。
「やっぱり朝……初夜で……いきなり書類仕事とか……あたしたち終わってる……」
窓わくに手をついて、がっくりしてるので、
「終わるのは、いやだよ」
「同感……どうせもう初めてじゃぁないんだし……らしいと言えばらしいか」
こっちを振り返ったマリーは、既にいつものマリーだった。
「さ、顔を洗って、ごはん食べたら仕事しましょう!」
「まずは……面接か」
罪人としてここにいる人たちに恩赦を伝え、どうしたいかを聞かないといけない。
昨日からの続きの報告と処理は、だいぶやりかたが判って来たというマリーと、オライオン伯爵にお任せして、オレは恩赦される人たちひとりひとりと面接した。
泣いて喜ぶ人もいたが、戸惑う人が大部分だ。
放り込まれて10年以上経つと、トム棟梁のように、外部の生活基盤が消滅している人が多数だからだ。
急に解放するとか言われても、どうしようもないよね。
中には、外の親せきや親類には会いたいが、ここで暮らし続けたい、という人もいる。
恩赦するからには、そのあとのことも配慮して貰わないと困ってしまうよな。
何かいい方法はないかな……。
ここを去ったあとでも、収入が得られるようにしてあげたいよな……。
「恩赦とはまた恩着せがましいですな」
センセイの反応は予想通りだった。まぁ同感だ。
「まぁ……センセイは冤罪だからね」
「でも、くれるものは貰っておきましょうか。大手を振って外へ出られれば……ほっほっほ」
悪い事考えてる。
「復讐でもします?」
この人が、いかにして自分は『高い城』に放り込まれたか、なんて実録本を書いたら……うまくやれば評判になるけど、下手すりゃここへ逆戻りだ。
「復讐しようにも、私をここに放り込んだ奴らは死んでますぞ。まさに戦わずして勝つ」
なんかちがう気がするけど……
「じゃあまた小説を書くんですか?」
「私は全身これ小説家ですぞ。いいネタが入りましたからの。王国を揺るがす爆弾のような小説を書くに決まってますぞ」
「ネタ?」
センセイは意味ありげに笑った。
「英雄の話を書こうと思っていましてな」
「英雄……?」
バルガスから北部戦線時代の話でも聞いたのだろうか? それとも他の人だろうか?
「完成したら閣下には献本しますからの、詳しくはお教えてできませんが……国に見捨てられた英雄の話ですぞ。それだけでもドーラマチックではありませんか!」
「ああ、ここで伝説とかそういうのを聞いたんですか。外へ出られれば堂々と書けますね」
別に悪いことを考えているわけではなさそうで、ホッとする。
ここに逆戻りとかして欲しくないし。
何が面白いのか、センセイは愉快そうに
「ほっほっほ。楽しみにしてくだされ」
バルガスは恩赦の話はどうでもよさそうだった。
「まぁオレは何とでもなりますし、若親分がいねぇここにゃ未練はねぇですが……若親分がこのまんま留任ってぇことにならないですかね?」
「ならない、だろうね」
「……まぁそうだわなぁ。こっちがくたばったってぇ思っとる連中ですから」
「使者殿の報告を聞いたら、余計にそう思うだろうね」
あの時は、陥落するって覚悟してたもんな……。
「昨日、勝利を伝える使者を出したってぇことは、王都につくのは早くても今日の午後。向こうからの返事は早くても明後日の夜ですか……その前に若親分はクビってぇことか」
「だからこそ今日中に、この問題の目鼻をつけておきたいんだ」
「いっそ、全員で逃げちまいますか?」
「脱走兵になってしまうよ」
「バラバラじゃなくて、どっかにまとめて隠れるってぇいうのは?」
「それで反乱者として討伐対象になってしまうよ」
前の国王陛下も頼りなかった(不敬)けど、今の国王陛下もそういうことやりそうな信頼感だけしかないんだよね。
「そりゃそうですがね……マジな話、ここにいるゴロツキどもってとっくに兵役期間をすぎたヤツばっかりですぜ」
「知ってる。妙に年数の長い人が多いとは思ってたから、王都へ何度か問い合わせしたけど……」
「返事はない、と」
「軍法により、許可なく持ち場を離れた兵は、脱走兵として扱うっていう返事が来た。更に法的根拠もあるって」
「そいつは前任者や前前任者やその前の奴らにも聞かされましたぜ。代わりがくれば帰れる。と言われ続けて、来た試しなし」
「うわ……」
頭痛が痛い。
いい加減すぎるだろう。
「こんなどうでもいい場所ですからねぇ。新しい兵を送り込むよりも、いるやつをそのまんま使い倒した方がいいってぇことで」
全くヒドイ職場だ。前からそう思ってたけどヒドすぎる。
上司は、ほとんどお飾り。
利権を与えるためだったり、ヤバい奴や邪魔な奴を隔離するために任命されていて。
下の方は頭数がいれば(それだって定数500に300しかいなかったんだけど)いいという扱いかよ。
どいつもこいつもどうして仕事をしないんだ!
お金貰ってるんだから仕事しろよ!
「怒ってなさるんで?」
「……どうかしてる」
「くっくっく。こんなクソダメみたいなとこで真面目に仕事してる若親分のほうが、どうかしてると思いますぜ」
ほんとうにそう思う。
オレには仕事しかできない。




