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【本編完結】高い城の男は、仕事をする。  作者: マンムート


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41 オレはオレ、マリーはマリー

「う……ううん……」


 いつのまにか眠ってしまっていたらしいっ。 


「って、書類! 仕事!」


 ガバッと体を起こすと、肩から何かがバサリと落ちた。


「もう少し寝ててもよかったのに」


 机の向かい側にマリーがいて、顔もあげずにそういう。


 彼女の手元には、オレが処理していた書類が4分の1くらい行っていた。


 落ちたものを拾い上げると、一般兵士の軍服の上着。


 マリーが掛けてくれたのだろう。


「ありがとう。……それはオレの仕事なのに」


「あたしが出来る分をやってるだけだからさ。あんたの右に司令官のサインが必要なもの置いておいた。大丈夫だとは思うけど、目は通してね」


 見ると、オレの意識が途切れる寸前に見た量の半分くらいがあった。


「あんたが書きかけたのをまとめただけだから。そっちの目の前にあるのは、あたしじゃどうしようもないもの」


 半分くらいの量だった。


 上のほうのをざっと読んでみたけど、機械的にまとめてくれた、というレベルじゃなかった。


「すごく助かる……ん?」


 4分の1足す半分足す半分は?


 1と四分の1!


「ふ、増えてる!」


「ヒースが寝ている間に増えちゃって。でも、みんな静かに出入りしてはくれたんだよ」


 窓から外を見ると、すっかり暗くなっていた。


 いったいどれくらい寝てたんだ。考えるのが怖い。


 マリーは、仕事の手を休めないままで。


「こっちの仕事は何とか終わった。ザール伯も罪人と捕虜の送還の手配終わったって。それと、文官を送ってくれるように領地へ使者も出してくれた」


「……恩に着ます」


「あとは……逃げてった帝国軍と追跡したベローナ侯爵軍だけど。かなりひどい戦いだったらしい。街道は死体だらけだって。三分の二は帝国軍みたい。しかもほとんど正規軍の方。正規軍は全員、こちらに背を向けない姿勢で倒れてたって」


「そうなったか……」


 想像はつく。


 傭兵部隊は真っ先に逃げ散ったが、帝国正規兵達は第二皇子を守るために踏みとどまって戦った。


 だが、自分達が罪人となる恐怖と、手柄さえ立てればそこから外れるという希望で襲い掛かったベローナ侯爵軍が逆落としで突っ込んできた勢いは凄まじく、大量の戦死者を出したんだ。


「第二皇子と、その奥方は?」


「今のところ、死体は見つかってないみたい」


 元侯爵令嬢はどういう人間か知らないが、第二皇子の方は少し判る。


 こちらの繰り出す手に臨機応変に対応して来たし、初日の段階でベローナ侯爵軍を呼び寄せていた先読み。かなりの切れ者だ。


 少なくとも、婚約破棄して廃嫡になった元王太子殿下とはくらべものにならない。


 彼の失敗は、最初、側近ニコライの情報を信じてしまったことくらいだ。


「いちはやく脱出したのかも……」


「部下をおいて?」


「……そういうことが出来る人間だと思う」


 初日と二日目の午前。傭兵達を徹底的に使い潰していた。


 二日目の午後には、ニコライが最前線に出るのを止めもしなかった。


 雪辱出来ればよし、だが失敗してもそれはそれと考えていたのだろう。


 三日目にも、ベローナ侯爵を矢面に立たせて、自分達はその背後にいた。


 同じ立場だったとしても、オレには出来ない。


「ヒースは出来ない方の人間だね」


「だから小者なんだよ……」


 オレが自嘲気味に言うと、


「だから『高い城』のみんなは、あんたのために戦ってくれたんだよ」


「そうかな……?」


「そうだよ」


「だけど、指揮官としては間違っていないかも」


 マリーは顔をあげると、じっとオレを見た。


「あたしはあんたが指揮官だから、こうしているわけじゃないよ」


「………」


 たまたまうまく行ったから忘れそうになる。


 オレは別に指揮官の器じゃない。


 与えられた仕事を黙々と遺漏なくしつこくやるくらいしか取り柄がない人間だ。


 たまたまそういう立場になったから、指揮官っぽいことをしただけだ。


 それだって、周りに能力のある人がいたから何とかなっただけだ。


 生まれも育ちも立場も違う第二皇子と、比較してしまうこと自体が思い上がりだ。


「じゃあ、さっさと済ませてしまいましょう。今日はあたしたちの初夜なんだから」 


「そうだな……って初夜!?」


 オレは思わず顔をあげた。


 マリーは書類に目を向けたままだけど真っ赤になっていた。


「言ったとたんしまったと思った! しかもヒースさっと流してくれないしそういう人だし! わ、わかってるわよ。もうヒースはあたしの裸なんて何度も見てるしもう新鮮さとか全くないだろうし何度もそのしたしここのみんなだってそれ知ってるけど……だって……あんな素敵な結婚式をしてもらって初めての夜だから……でも、それって周りじゅうの人がみんなそう思ってるってことで……あたしたちが今夜初夜だって、あ、改めて考えると、す、すごく恥ずかしい」


「お、おう、でででも見慣れてなんかないぞぉっ! ぜんぜんそのきれいでかわいくてそのすごいぞ」


 オレもなんか変な声が出てしまった。


 結婚式って、『これからふたりは誰憚る(はばかる)ことなくしまくりです』って宣言してるんだよな。


 うわうわうわうわぁぁぁぁぁ。


「……」


「……」

 

 気まずい。こそばゆい。でも、ちょっとうれしい。


「え、ええと……お仕事しようお仕事、オレ達には今、お仕事するしかない!」


「そ、そうね! 仕事」



 こそばゆさから気をそらすために、黙々と仕事をしていたんだが。


「あれ? マリー。恩赦関係の書類がないよ」


「あ、それ、書く必要がないから」


「いや、必要だろう。恩赦貰うにはひとりひとりに恩赦請願書類を作らないと」


「使者殿が持って来たでしょ。あれに、ここを守り切ればって書いてあったよ」


「……それでいいのか? 恩赦の書類は来てないけど」


 マリーは一年半査察係として『おっぱい部屋』で孤軍奮闘していたので、オレよりも法律全般に詳しい。


「今の時点でも、この『高い城』にいる人たちへの恩赦は法的に有効だと思う」


「こちらに書類が届いていないのに?」


「王命っていうのは、王が口に出した瞬間に有効になるのよね。法律概念的には。これは昔、王は神の代行者であり、その言葉は神の言葉である。と信じられていたかららしいよ。神の言葉は瞬時に届くから。だから文章を待つ必要はないわけ」


「……つまり、王命で条件付きながら恩赦をするって言ってきたわけだから……その条件を叶えた以上、兵隊さんにもオレにも有効ってことか。じゃあなんでいつもは書類が必要なんだ?」


「いくら王が口に出しても、その場に相手がいないこともある。神様じゃないからいない人には聞こえない。王でない誰かが口頭で伝えたら、それが本当に王の言った言葉かか判らないでしょ? だから正式な書類で伝達する必要が出て来るわけ」


「だけど。歴代王の即位したときのことを参照すれば、だいたい恩赦の範囲って判ってるわけだろ? なのに通達が来る前に恩赦が発効したなんて聞いたことないぞ」


「普通は事前に知ってるわけじゃないし、仮に今までの記録をもとにこの範囲で恩赦をするだろうって予測してても、それは単なる予測だから。実際、恩赦の範囲って狭くなることもあれば広くなることもあったし」


「確定するための正式な通達が必要なわけか……」


「でも、あんたと兵隊さんに関しては、すでに恩赦をするっていう正式な書類が来て、その条件もかなえたわけだから。帝国軍を撃退した時点で、恩赦は成立していることになる」


 じゃあ……オレがひぃひぃ書いていた恩赦請願書類はいったい……。


 だがこれで……センセイやバルガスは、この関所から解放される。


 もっとも、センセイのような冤罪だった人にとっては全面的に喜べないかもしれない。


 冤罪だったから、ではなくて、罪がとりけされたから、なんだけどね……。


 オレもこれ以上の捜査が停止されるだけ、だもんな……。


 それに、今更、解放されても帰るところがない人もいるし……。


 解放されてよかったね! さぁこれからは行きたいところへ行って!


 と無責任には言えない。


 オレがここの司令官なのは、あと丸一日。


 その間にどうにかしたいんだが……。


「手が止まってる」


「あ」


「なんかむつかしいこと考えているんでしょ」


「……考えないといけないことなんだ……すぐに答はでないけど」


「なら、今夜のところは飛ばしておきなさいな」


「いや、でも」


「こんな仕事が詰んでる状況で考えたって名案なんて出ないから。他のお仕事を片付けてから考えましょう」


「……!」


 マリーには昔にも同じようなことを言われた。


 官吏採用試験の過去問が全然解けなかったオレに、マリーは言ったんだ。


 とりあえず、判る設問から解けばいいって。


 そうすればオレの点数は、合格レベルになるって。


 目の前にある書類仕事は、いつも通りに考えて手を動かせばなんとかなる。


 だとしたら、まずそれから片付けよう。


「ありがとう……」


「どういたしまして」


 お互いいろいろあって、2年ぶりに再会して。


 もう男爵令息でも、子爵令嬢でもなくなっていても。


 単なる学生同士の同志や友人でなくなって、それ以上の深い仲になっても。


 やっぱりマリーはマリーで、オレはオレだった。


 それがうれしかった。



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