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【本編完結】高い城の男は、仕事をする。  作者: マンムート


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32 『高い城』攻防戦 二日目 夜 (2) 闇の中へ


 今日の報告書を書き上げてから、自分の部屋へひきあげる。


 暗い気分。


 オレが死ぬのはいい、いや、良くないけど、死にたくないけど。全然死にたくない。


「死にたくない、よな……」


 マリーと再会して、両想いだったと判って、結ばれて……。


 たった2日だけど、彼女のいいところを更にいっぱい知って。


 ますます好きになってしまって……。


「なのに……なのになぁ……」


 死ぬのか。ここで。


 覚悟をしていたつもりだったけど、それは単なるつもりだったんだな。


 逃げれば罪人。ゴミ箱のようにいろいろな罪がオレに放り込まれる。


 それ覚悟で逃げたとしても、ミリオンへは行けない。目の前に帝国軍がいる。


 かといって、王都の方へは行けない。罪人だもんな。


 しかも、財産は全て没収されている身だ。


 無一文で逃亡はできない。


 この関所にある金は公金だから持っていけない。


 持っていったら向こうは喜んで公金横領の罪で捕まえようとするだろう。


 この場合、冤罪じゃないし。


 だからオレは、よくないけど仕方がない。納得したくないけど……。


 兵隊さんたちも、この仕事が片付いたら、帝国軍撃退の功績を奏上して、兵役から解放できないか、とか考えていたのに。


 でも、彼らをこれ以上の罪人にするわけには……はぁぁ……。


 集団で逃げたら、目立って捕まるし、ばらばらに逃げても、大部分の人は捕まるだろう。


 ああ、いやだいやだ。オレと兵隊さんは死ぬしかないのか。


 降伏したってな……あれだけ損害を与えたら、オレは殺されるよな。


 そして兵隊さんたちは自分の国と戦わされるはめになる。


 先陣きらされるのまちがいなし。やっぱり死ぬ。


 マリーだけでも何とか逃がせないか。


 だめだ……使者殿の口ぶりだと、マリーはオレの愛人で不正の協力者ってことになってる。


 あの新聞に書かれた通りの運命に……。



 オレの部屋を警備してくれてる兵隊さんに挨拶して、部屋へ入ると。


「起きてたんだ……無理しなくてもいいのに」


「こんな時に、寝こけていられないでしょ」



 使者殿との会見にマリーを同席させなかったのは。


 オレと部屋でふたりになった途端。


「ちょっとだけ眠らせて、すぐ元気に――」と言ってベッドに倒れて眠ってしまったから。


 余程気を張っていたんだろうな。



 服装はさっきのままで、相変わらずひどい。


 でも、自分だけ新しい服に着替えたりするマリーじゃないよな……。


「?」


 なんだろ。


 ベッドに腰をかけて、無言でオレを手招きしている。


 まさか、こんな時に、その、あれをしようってことなのか。


 それとも、こんな時だからか……


 ちょっとドキドキしながら近づくと、もっと近づいて、という風に、自分の横を指さす。


 隣に座ると、そっと寄り添ってきて、オレの耳元にくちびるを寄せて、


「ヒース、黙って聞いて、反乱が起きる」


「反乱!? だ――」


 口を手で覆って抑えられる。


「しー。静かに、最後まで聞いて」


 オレが黙ってうなずくと、


「バルガスとその愉快な仲間達」


「ええっ。ありえ――もがもが」


「あんたとあたしを捕まえて縛り上げて、王都へ送るんだそうよ」


「!」


 信じられなかった。信じたくなかった。


 いや、でも、彼らだって死にたくないんだ。オレ達を差し出せば――


「そして、王都へ送る途中で、あたしたちは脱走して、行方不明になる」


「は?」


 なんでそれが決定事項みたいになってるの?


「逃走資金まで用意してくれるそう。みんなでカンパしてたって。あたしとあんたなら容姿は平凡だから、服さえ変えれば、人に溶け込めるだろうって」


 ようやく、口から手を離してくれる。


 カンパ? ヒトに溶け込める? 反乱とつながらない。


「ええと……何を言ってるか判らないんだが……」


「あんたとあたしを逃がすってこと」


 ようやく呑み込めてきた。


 オレは最後まで仕事をしてしまう。そして死ぬ。


 ならば、問答無用で仕事をやめさせて、逃がしてしまおうってことか。


「……どこでその情報を」


「さっき起きたらヒースがいないでしょ。見張りの人に聞いたら王都からの使者に会いにいったっていうから」


 あ。少し怒ってる。


「法律顧問として同席しなくちゃって司令官室へ行こうとしたら、補給班で一緒に働いてた人に呼び止められたの。伝令もやってたジョンソンさん。彼が教えてくれた。あたしたちを裏切れないって」


 昨日と今日の戦闘で、マリーはすごく働いてくれた。


 特に補給班の人は、その仕事ぶりを間近で見てたものな。


「もしかして……ここに残った兵隊さん達は……」


「帝国軍を迎え撃って、残る左翼の城壁を壊して、その崩壊に巻き込まれてあたしとあんたは死んだことにするんだそうよ」


 死ぬ気なのか。


「だめだ! 止めない――もがもが」


 また口を押えられる。


「静かに、こっちが気づいたと知ったら、すぐにでも乗り込んでくるかもしれない」


「いつ来てもおかしくないってこと?」


 バルガスと腕っぷしの強い兵隊さんたち。オレを若親分と呼ぶ人達が企ての中心っぽい。


 でも、決行したら、大部分の兵隊さんは反対しないだろうな……。


「あんたに対して手荒なことは避けたいだろうから。あたしたちが、寝たか、その……とにかく抵抗できない時を狙うと、思う」


「じゃあ、一晩中起きていれば……」


「そうしたら強硬手段で来るでしょ。ちなみに向こうは説得とか聞く気ないよ。だって、あんたのためにすることなんだから」


「……」


 バルガスと愉快な仲間達を顔を思い浮かべる。


 うん、勝てない。


 腕力的に説得されて、ふたりして縛り上げられる未来しか浮かばない。


「あたしだけ逃がそうってのもムリ。あくまであたしはあんたのついでだからさ……状況は理解した?」


「理解した」


 ここにいたら捕まる。善意に。


 捕まれば、オレもマリーも助かる可能性はかなり高いが……いや、だめだ、やっぱり。


 オレの仕事は、この関所をきちんと維持管理すること。


 そのなかには、兵隊さんたちの心身の健康も含まれるわけで。


 かなりの高確率で死ぬと判っている場に、放り投げていくわけにはいかない。


 ならどうする? 


 向こうは腕力に訴えてでも、オレ達を逃がす気だ。


 捕まらないようにするしかない。


 まずはこの部屋から姿をくらませないと。


 だけど戸口には見張りが立っている。あいつってバルガスと近いヤツだよな。


 窓からか……。


 でもここって、主塔の中央だから下の歩廊まで高さは結構ある。


 平凡で凡庸なオレには、そんな軽業ムリ。っていうかマリーにも無理だ。


「そこ、おしりどけて」


「え、あ」


 マリーはテキパキと、ベッドからシーツを剥ぎとっていた。


「ひもとか結ぶの得意だったよね」


「あ、ああ」 


「結わえてつなげて。あたしこういうの得意じゃないから」


 窓から歩廊までの高さと、4枚の毛布とシーツを結わえて繋げた長さ。


 長さは足りる、長さだけは……。


「……だめだよ。オレひとりの重さも支えられないよ」


 マリーの重さだって無理だ。


 でも、女の人に重いっていうのは、はばかられる。


「だいじょうぶ。あたしの重さもムリだから。あたしに任せて」


 オレは突発事態に強いマリーに任せることにした。




「怖いっヒース! 無理よ! 高すぎるよこんなの! 窓から逃げるなんてムリ!」


「だいじょうぶだ。毛布もシーツも耐えられる。オレが確認した。しんぱいするな。オレにまかせろ(棒読み)」


「わ、わかった! あたしヒースを信じる!」


 窓はすでに開けてある。


 冬の夜の冷たい風が容赦なく吹き込んで来る。


 軍服の上着を着てても寒い。


 第三室の小さすぎる制服の上着を着ているマリーはもっと寒いだろう。


「さぁ逃げるぞ!(棒読み)」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「マリーぃぃぃぃ!(棒読み)」


 ただならぬマリーの悲鳴に、戸口を警備していた兵隊さんが駆け込んできた。


 先程の会話を聞いていたのか、慌てて窓へ駆け寄り、そこにぶらさがったシーツと毛布を結わえたのを見ている。


 その隙に、扉の脇に隠れていたオレ達は、廊下へ飛び出した。


 幸いなことに警備は彼ひとりしかいなかったみたいだ。



 マリーの手をひいて、ひたすら走る。階段を駆け下りる。


 角や壁に設置されたロウソクの光だけが、オレ達を導いてくれる。


 足の裏へ廊下と階段の冷たさがじんじんと伝わってくる。


 ここはほぼ全てが石造りだから、冬はどこもかしこも冷たい。


 それなのに足音を抑えるために裸足で走ってるんだから。



 主塔を一気に駆け下りる。


 ここが勝負だ。


 見張りさんが騒ぎ立てれば、バルガスたちが駆け付けて――


「!」


 マリーが階段に踏み込みかけていたオレの手をぎゅっと引いて、階段の脇の空っぽになった倉庫へ飛び込む。


 上から血相を変えた見張りの兵隊さんが、駆け下りていくのが見えた。


「ありがと……あぶなかった……」


 報せを聞いたのか、すぐにバルガスたちが駆けあがっていく。


「若親分が飛び降りただと! あの人がオレ達を置いてくわけがねぇだろ!」


「降りようとして、失敗したってことも」


「なぜ逃げる……くそ。どこかから漏れちまったか!」


 遠ざかっていく。


 幸いなことに、誰もオレ達に気づかなかった。


 マリーがオレの手を、ぐっと引いた。


 そのまま彼女が先に立って階段を駆け下りる、


 主塔からいろいろな方面への連絡階段があるフロアに出た。


 いつ誰が来るか判らない。あちこちから人の気配がする。足音も近づいてくる。


 今度はオレが先に立つ。


 フロアの隅にある黒い穴。灯りがついていない階段を駆け下りて。


 オレ達は暗闇に飛び込んだ。


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