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【本編完結】高い城の男は、仕事をする。  作者: マンムート


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31 『高い城』攻防戦 二日目 夜 (1) 死ぬのも仕事だと思われてるらしい



 王都から派遣されて来た使者殿は、オレに告げた。


「ギュスタ―3世陛下の王命を伝える。傾聴せよ」

 

 ああ。王弟殿下が即位したんだ。王太子を飛び越えて即位か。


 そうなっても不思議はないか。


 現王家はあのアホボンボン王太子を野放しにして、国を危うくしたんだからな。


 こうなってみると、元王太子がやっちまって最大の利益を得たのは王弟殿下ってわけだ


 もしかしたら王弟殿下もアホボンボン王太子の愚行をこっそり後押ししていたりして?


「平民ヒース。貴様には様々な疑惑がある。官吏採用試験での愛人を使った不正疑惑。伯爵以上の者が当てられる筈のガブリアス関の城代に不正に任命された疑惑。男爵の地位を不正に入手した疑惑。城代の地位を利用しての奢侈、横領、密売、麻薬の製造、賭博場の開催。絵画や美術品の不正な収集。そして敵軍をここへ引き入れようとしているという疑惑だ……」


 居丈高に告げた割に、使者殿は、どこかビクビクしている。


 しかも最後のほうは、声まで勢いがなくなってちいさくなった。


 それはそうだよね。


 この司令官室を見れば、味も素っ気もなくて絵画も美術品も飾ってないし。


 オレの服装見れば、汚れ放題で奢侈とは真逆だし。


 それにオレの背後に立っているバルガス怖いし。特に顔が。



 使者殿を派遣した者たち、そして使者殿自身、こう考えていたんだろう。


 到着する以前に、『高い城』は陥落いや降伏していると。


 使者殿も『高い城』が降伏しているのを確認したら引き返し、報告するつもりだったのだろう。


 そして『高い城』陥落の責任は全部オレってことになる。


 陥落してなくて悪うござんしたね。


「……この関所に赴任してからの全ての会計記録、作戦計画、人事の仔細を王都の各所に送ってあります。それを調べていただければ、どれも根も葉もないと判っていただけるはずですが」


 抗弁しながらもむなしくなる。


 これも茶番だ。


 向こうは調査などする気がない。


 ニコライの捏造をそのまま使って、オレを罪人に仕立て上げる気なのだ。


 マリーが同席していてくれたら、法律面から何か言ってくれたかもしれない。


 いや、無駄だろうな……。


「まさか全て、ではなかろう。それほどの膨大な作業をここでこなすなど――」


「全てです。何一つ矛盾なく透明です。仕事ですから、王国の法が定めたところに準拠しております。この関所に控えもあります。隣室に整理してありますから、今からご覧になりますか?」


 使者殿は黙った。


 困った、という顔になる。


 オレの口調から、事実なんだと悟ってしまったのだろう。


 敵も味方も同じなのだ。


 ここはとるにたらない場所で、兵の士気は最低、歴代の城主は揃いも揃って横領犯(そりゃ使うあてもないのに予算はあるんだから)、戦闘施設としての機能は無に等しい。それが大前提なのだ。


 オレがせっせと送った書類とか、目も通してないんだろうな……。


 サインをして、処理済みの分類にいれるだけ。そして後から不正が()()()()()()()()()()調査する。


 それでも平時であれば、オレの全て報告しました戦法は、ある程度効果があっただろう。


 査察部が第一から第三まであるように、複数のポストがあれば、その間の争いがある。


 オレが清廉潔白だと証明できれば、オレを陥れようとした人間のポストを脅かすことだってできる。


 だけど、今は非常時。そして『高い城』陥落の責を誰かに負わせたい。


 その重荷を背負わされるのがオレというわけだ。



 だが使者殿は見たはずだ。負傷しても意気軒高な兵士たちを。敵の捕虜を。


 隠しようもない激闘のあとを。


 そもそもここが力戦していなければ、とっくに陥落している筈なのだから。


 使者殿は目を泳がせ、口ごもり、再び口を開いた。


「……申し開きは、平民ヒースが王命を果たしたのち、王都に帰還してするがいい。私は王命を伝える使者である。調査の権限は与えられていない」


 使者殿は、前提と現実の懸隔を、形式で埋めることにしたようだ。


「平民ヒースよ。本来なら数々の疑惑の追及のため王都へ召喚するところであるが。今は緊急時。代わりの者を送る手続きをする余裕はない。よって温情あふれる陛下は平民ヒースに数々の疑惑を一気に雪ぐ機会をお与えになさったのだ。感謝するがよい」


 努めて感情をこめずに話しているのが丸わかりだ。


 仕事とはいえ、ここまでひどい茶番、


 しかも状況を見れば、疑惑は全てウソ、というのが判るんだもんな。


 だが小役人にすぎない使者殿としては、それを口に出すことも、オレに同情を示すこともできない。


 ちょっとだけ同情さえしてしまう。


 お互い下っ端はつらいよね。


 あんたは安全だけどな!


「このガブリアス関を最後まで死守するという功をあげれば、それらの不正を帳消しにするのに余りある功績である。功をあげた暁には、陛下の即位に伴う恩赦によって全ての疑惑の捜査を永久に停止するものとする。陛下の温情に報いるためにも存分に励むように」


 ありがたいね。


 疑惑は追及しないけど、存在はするままなのね。


 ありがたくて、あくびが出そうになる。


「ただし降伏か、撤退を選んだ場合は、罪を認めたとみなす。ガブリアス関に駐留している兵に関しても同様である。罪により兵役に服している者たち全員に恩赦を与え無罪とする。ただしこれも死守した場合のみとする」


「敵2000に対して200で? 死ねと仰る? 死ぬのが仕事だと?」


 使者殿は再び目を泳がせた。


 向こうからすれば『なんでさっさと降伏か陥落してないんだよ! 予定が狂うじゃないか!』


 ってことなんだろうなー。


 オレと兵隊さん達が死ねば、万事解決。なら死なせよう、ということ。


 中央にとってはいいことづくめ。


 時間は稼げるし。


『高い城』を長年放置していた怠慢もどさくさに紛れてうやむやに出来るし。


 死んでしまえば、安い勲章を与えるか(あ、死んでりゃそれすらいらないか)、石碑でも建てるだけで済んで安上がりだもんな。


「……勝てばいいのだ」


 さよですか。



 夜は危ないですから、一晩お泊りになればどうですか?


 というオレの親切な(ちょっと嫌味も入ってるけどな)申し出を断り。


 使者殿は逃げるように帰っていった。



「……ひでぇ話だ。お偉方ってぇのは、汚いからお偉方なんでしょうな」


 オレはバルガスが吐き捨てたセリフには直接答えず。


「……援軍はなしかぁ」


 日数は2日も稼いだ。


 援軍がここへぎりぎりつくだけの日数だ。


 まぁ正直、それほど期待はしていなかったさ。


 ここが陥落する前提なら、援軍を送って各個撃破されるのは避けるだろうから。 


「どうするんで?」


「……どうにもできないよ。今日までと同じようにやるだけだ。もしかしたら敵は撤退してくれるかもしれないしね……」


 普通に考えるなら、敵は撤退するはずだ。


 この『高い城』を攻めてすでに2日。


 軍勢が3000を切っているのは確実。もしかしたら2000強まで減っているかもしれない。


 しかも今日の午後の攻防で、帝国軍の精鋭を多く失っている。


 王都までは2日。


 すでに奇襲はなりたたない。


 王都には2000の軍勢がいる。


 2000だけでも、現時点の帝国軍とほぼ同数。


 オレ達が稼いだ時間で、更に増えていると考えるべきだろう。


 もしかしたら王都で内応する勢力がいる、のかもしれない。


 だが情勢は変わった。彼らは本当に内応するだろうか? 


 5000の筈が、2000強に激減したことは、生き残るための情報には目ざとい貴族たちのあいだで、すぐ広まる。


 日和見に転じた貴族も出てきているだろう。


 少なくとも、内応勢力が増えた、ということはない。



「撤退できますかね? ここは奴らにとって敵地のど真ん中ですぜ」


「集まった時の逆で、バラバラに散って逃げる手か……だけど、ベローナ侯爵が撤退を見逃したとしても……ミリオンは見逃さないよな」


 帝国からの使者団が、隣国の友好国を侵略しました。


 ミリオンが帝国と通じていたと見られかねない。


 ミリオンは、通じてなかったことを証明するためにも、全力で撤退を阻止するだろう。


 2000強の軍で、万単位で動員できるミリオンの国軍に対抗するのは……無理だ。


 バラバラに散ったとしても、第二皇子と側近達は、徹底的に追跡される。


 非常に困難な撤退となる。


 同じ困難なら、この関所を突破して、王国を我がものとする困難の方を選ぶかも。


 それに……。


「ベローナのお貴族様がどんな人かぁ知りませんがね。初動で抵抗しなかったってぇことで、後から罰を受けるんじゃぁねぇですか? そんならいっそ……」


 第二皇子に加勢する、というのもありなのだ。


 無傷のベローナ候2000が向こうにつけば……4000。


 まだ勝敗は判らない。



 明日、帝国軍が攻めてきたら。


 火壺は残り少ない。用意していたものは使い尽くし、調理班の人達が空の容器や、空にした容器で作ってくれたものも、もう残りわずかだ。


 兵力も200を切った。しかもその4分の1は軽傷とはいえ負傷している。


 しかも、2日に渡って矢を射続けた兵隊さんたちの中には、射ると腕や肘や肩に激痛を感じる人たちが結構いる。ひどい人は満足に弓を引けない。


 しかも、右翼はもうない。


 かつて右翼があった方面は、敵にとって射界に入らない安全地帯になってしまった。


 石だらけの上に不安定で足場は悪いが、残った城壁の構造上、そちらへ向けられる弓の数は少ない。


 それだけ接近が容易になったということだ。 


 今日と同じような苛烈な攻撃が行われたら……ここは陥落する。



 陥落したら、みな死ぬ。


 マリーも、バルガスも、兵隊さんたちはみんな。


 あれ?


「バルガス。今日、センセイって見かけた? まぁいても戦闘には向かなすぎるけど」


「え。若親分が密命を与えたって言って、出ていったって……知らなかったんで?」


 逃げたな。


「……ああ。そうだよ。なんでも近くの貴族に知り合いがいるそうだから。援軍を頼めないかってね」


 バルガスの顔にも『逃げたな』という表情が浮かんだが。


「……若親分はお優しい。まぁあの人は今のここには役立たずですからねぇ。あの計略も使えませんでしたし」


 昨夜。センセイは提案して来たのだ。


 ここまで敵に損害が出ている以上、傭兵団の構成員達は『こんなの聞いてねぇ!』と思ってるはず。


 その心理につけこむ。


 契約に入っていない行為をすることはない。契約違反で雇い主を訴えるべきだし、脱走しても法律的には問題ない。と宣伝し、脱走や離脱や反抗を扇動する……というものだった。


 だが、午後の敵の大半が帝国正規軍だったので、この計略は使えなくなった。


「ま。あの人が生きのこりゃ、我々の愛国心に満ちた美しくも勇敢な戦いっぷりを後世に書き残してくれるかもしれませんぜ。そしたら若親分も俺様もゴロツキどもも英雄ってわけだ」


「死んだ英雄だけどね」


 軽口のつもりだったけど。苦すぎた。


 

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― 新着の感想 ―
現国王の元王弟もろくでもなさそう。 戦争にかこつけて気に入らない貴族家を減らしたいとかで敵と話が通ってたり、しないよね? しかし安全な後方と現場との温度差で風邪ひきそうです。
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