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【本編完結】高い城の男は、仕事をする。  作者: マンムート


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30 『高い城』攻防戦 二日目 午後 (4) 美しい恋物語の終わり


 バルガスが絶叫した。


「巻き込まれないように手を放せ! ロープから離れろ!」


 中央と右翼の境の扉。


 ロープを通すために開かれたままのそこからオレ達は見た。


 右翼の塔の下辺りから、崩壊が始まり、もうもうと砂埃があがるのを。


 300年以上不落を誇った石材の堆積が、あっけなく崩れてゆくのを。


 天井が回廊が、巨人の一撃をくらったように、轟音をあげて変形し、機能を持ったカタチを喪っていく。


 豪華絢爛な破壊の全てがひどく印象的で、妙にゆっくりと見えた。


 オレはそれを呆然と見ていて……ロープを離すのが遅れた。



 ぐっと引っ張られて「やばい」と思った時、オレの身体は前方へ強く引きずられていた。


 開いたままの扉が一気に迫る。


 ロープを結んだ石が下へ落ちるのに引っ張られているんだ!


「うわうわわわわ」


「若親分!」


 バルガスの叫びが背後へ飛び去り。


 手を離したが、勢いが止まらず、オレはなおも突き進んだ。


 あの大崩壊に巻き込まれたら、一瞬で死ぬ。


 死へ引きずり込まれる恐怖で目をつぶってしまった。


 石の濁流にすり潰される無残な最期なのか。


 だが、その瞬間は来なかった。


 背中から、やわらかくあたたかいものに、オレは包まれていた。


 恐る恐る目を開けると。


 オレの身体は扉の手前で辛うじて引き止められていた。


「あんたは昔っから……不意打ちに弱いんだから……ばか……」


 マリーだった。


 追いかけて来て抱き着いて、オレを止めてくれたのだ。


「面目ない……」


 首の後ろに彼女が頭をおしつける感触。


「ほんとうよ……あたしがいなかったらどうするつもりだったのよ」


 ふたつのふくらみのやわらかさとあたたかさ。


 それはマリーの心のようだった。


「だから、マリーさえよければ……ずっとそばにいて欲しい」


「あんたが嫌だって言ってもそうする」




 右翼の各所から、帝国軍兵士のものらしき悲鳴が聞こえる。


 オレ達の目の前で城壁の天井が陥没し、黒鉄の鎧を着た敵兵達が、崩壊する城壁に巻き込まれながら、すり潰され、ばらばらにされ、雪崩落ちていくのが見えた。




 帝国軍の兵士たちは見ただろう。


 右翼の塔が根元からくずおれて、彼らに襲い掛かるのを。


 帝国軍の兵士は感じただろう。


 自分達が占拠したと確信した瞬間、足元の城壁が崩れ落ちていくのを。



 右翼の塔の下辺りから破壊は広がり。


 たちまちにして右翼全てに広がり、300年不落だった城壁を石雪崩に変えていく。


 悲鳴すらも、無数の石達が奏でる壊音に飲み込まれていく。


 人体が潰され血が噴き出しても、それすら埃と石くれの巨大な渦に消えていく。



 オレ達は全員、声もなくそれを見ていた。



 崩落していく右翼の廊下を、誰かがこちらへ来るのが見えた。


 容赦なく降り注ぐ石に体中を打たれ、血を流し、よろめき、それでも近づいてくる。


 誰か撤収していなかったのか?


 そんなはずはない。ちゃんと確認した。



 じゃああれは誰だ?



 片足をひきずってそいつは近づいてくる。


 降り注ぐ石材に何度も何度も体を打たれ、血しぶきを飛び散らせても、近づいてくる。


 マリーが呟くのが聞こえた。


「ニコライ……」 


 美しい銀髪も端正な顔も血にまみれ、石雪崩に巻き込まれた時に剥ぎ取られたのか鎧も着ていない。


 右腕の肘から先もなかった。

 


 ヤツの目が、オレとマリーを見た。


「なぜ貴様が……平凡で愚劣でとるにたらない貴様が……あの素晴らしい人を侮辱した貴様が無傷で……なぜ、俺が……」


 幽鬼だ。


 すでに死んでいる人のようだ。


 憎悪の塊そのものの姿に気おされ、言葉が出ない。


 だがマリーはオレより気丈だった。


「確かにヒースは! あの人を貶める側にその場で流されて加担してしまった! それは認める! でも! あなただって正義と言いながら、ありもしないことをでっちあげて! 新聞を見たけど、でたらめばかりじゃない! あなたが、ああ書かせたんでしょう!」


「ちがう! でっちあげなものか! その男はああいう男なのだ! ()()()()()()()なんだ! あの素晴らしい人に『白い結婚』などと言い放つ救いようのない人間は、ああであるはずなんだ! 絵にかいたように平凡で凡庸なはずがない!」


 あの新聞の記事。


 あれは、この男が、書かせたのか。


 恐らく、オレがここで死ねば、あれがオレの真実になる。


 平凡で凡庸なしかも敗者であるオレのために『違う!』と言ってくれる人はいなかっただろう。



 頭に降り注ぐ石材の一つがニコライに直撃した。


 血を吐いて倒れ、その体に立て続けに石材が直撃し、骨が折れる嫌な音がした。


 なのに、幽鬼は目を憎悪で真っ赤に燃やしてこちらを睨みつけたまま這い近づいてくる。


「あの人はっやさしい! 初夜の場で貴様を責めたことを後悔していた! その穢れた女の存在を知れば、後悔も消えると思って報せたら!」


「マリーは! 穢れた女なんかじゃない! お前がそう決めつけてるだけで――」


「貴様の女は穢れた女なんだ! なのに、あの人はやさしすぎる! 知って彼女はどう反応したと思う? 自分の存在が貴様らを引き裂いたと、より一層後悔したんだ! あの人が貴様のことをおもんばかるなどおかしいじゃないか!」 


「だから……全て、オレだけでなくマリーの全てを……貶めたのか……」


「そうだ! 貴様は、貴様らはっあの人が後悔するのに値しない人間だ! 醜悪さと堕落に満ちた腐った不貞のオスとメス! ()()()()()()()()()()()んだ!」


 一日目。帝国軍が拙劣極まりない戦法をとったのは、こいつのお陰だったのか。


 奴にとって、オレ達が演じたことこそが、真実だったのだ。


 そうでなければならなかったんだ。



「ぜんぶ嘘だと知ったら! あなたのことを彼女がどう思うか――」


 奴は口から血をこぼしながら笑った。


「ははは。あの人は俺が知らないうちに自分で調べてしまった。単なる学友でしかなかった貴様らの関係も、貴様が彼女に保身のために律儀に送った手紙が紛失していることもな! だがそれは彼女の間違った罪の意識がみせた妄想! 妄想なんだよ! 貴様らに会って一度話したいだと! そんなことあってはならない! あの人が貴様に手紙なんか送ってはならないんだ!」


 這いずっている間に、石材がさらに直撃し、引きずっていた右足の膝から下がもぎ取られた。


 それでも近づいてくる。


「なのに彼女は俺も疑っている。ああ、なんてことだ! だから出て行ってしまった! アレックス殿下も俺に失望している! だが、貴様らのあるべき姿が真実になれば、殿下の信頼は戻り、あの人の後悔もなくなり! あの人は俺のところへ戻ってくるっ! 貴様らのことなど忘れて俺と彼女は一点の曇りもない幸せにつつまれる! 貴様らさえいなければ!」


 ニコライは、オレの目の前で左手で壁にしがみついて立ち上がった。


 肘から先がない右腕をふりあげた。剣をもっているかのように。


「ころしてや――」


 ひときわ激しい轟音が響いた。


 オレ達とニコライの間の廊下に裂け目が走った。


 剣をふりあげたような姿勢のまま、ニコライが後ろへ倒れていく。


 いや違う。


 ニコライの立っていた場所ごと、後ろへ傾いているんだ。


「なぜだぁぁぁ!? なぜだ! なぜなんだぁぁぁぁぁぁ――」



 その姿と声が崩落に飲み込まれ、消えた時。



 右翼の城壁はついに最後の時を迎えた。



 オレ達の前で『高い城』の半身が、力尽き崩れ落ちた。


 沸き上がった石の大津波は、『高い城』の土台を成していた急斜面を一気に駆け下りて、左翼や中央への攻撃を止め後退しつつあった帝国軍に襲い掛かり、一気に呑み込んだ。


 その勢いのまま、帝国軍の陣営へ襲い掛かり、土塁とその上の構築物をなぎ倒し、埋めてしまった。


 後に残ったのは、『高い城』の前に広がる無数の石で作られた巨大な傾斜と、それを照らす夕暮れだけだった。


 

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高い城「もうええやろ。付き合うことあらへん」
元気いいな。お花畑の肥料
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